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第七十一話 浅草寺の戦い~空手家VS殺戮天使~

 というわけで、嫁達+1名を引き連れて浅草寺に行った。

 俺は東京生まれの東京育ちだが、よく考えたら実家の付近に引きこもるばかりの人生である。

 生まれて三十一年間、浅草寺なる場所に行った事が無いことに気付いたのである。

 上野の動物園は行った気がするな。

 ムースが怖くて泣いた記憶がある。


 電車に乗るとき、通勤ラッシュに巻き込まれた。

 阿鼻叫喚である。

 俺はある程度耐性はあったが、テンマすら、


「な、なんじゃこれはあああ!? 民族大移動かあああ!?」


 と驚愕していたので仕方あるまい。

 嫁達は絶対押し流されてしまうと思ったので、頑張って俺の腕の中に確保である。

 四人いると大変だ……!


 上野で下車し、駅を出たが、既に嫁達はボロボロであった。


「だ、旦那……あたいもうだめだ……。この世界は厳し過ぎるよ……」

「あんなに人がぁ……人ごみ怖いですぅ……!」

「これだけの、人が、いるとは……きょ、興味、深いです……ぐふっ」

「あ、セレーネさんが倒れた……」

「セレーネーッ!」


 というわけで、手近な喫茶店に入った。

 人数が多いが、なんとか椅子を増やしてもらって収まる。

 申し訳ないが、テンマは外のベンチである。

 彼はでか過ぎて、テンマまで一緒のテーブルにつこうとすると、何時間待つか分からないのだ。


「気にするな! わしは風に当たって茶でも飲んでおるわい!」


 すっかりお気に入りのペットボトル茶を買い、テンマは駅のコンビニで購入したせんべいをぱく付いている。

 流石は勇者、タフである。

 もう満員電車のダメージが無い。

 俺はというと、隣に座らせたと言うか、椅子に載せたセレーネを介抱しつつ、アイナとニナ、クリスの体力の具合もチェックせねばならなかった。

 もっとも、ニナとクリスは、チョコレートパフェで体力、精神ともに回復したわけであるが。


「本当に、七郎さんの暮らしている世界は凄いのですね」


 こちらの世界では、俺を七郎と呼ぶことにしたアイナ。

 適応力が高い。というか、そういう使い分けがきちんとできる辺り、ポイントが高い気がする。


「あれを毎朝毎晩乗るわけだよ。割と疲れるけど、慣れるよ」

「ひえええええ」

「毎朝!? 毎晩!? あたいなら死んじゃうよ!」


 クリスとニナが目を丸くする。

 アイナは困った顔で笑いながら、紅茶をすすった。

 いまいち、ストローがついてくるアイスティーなんかは苦手らしい。冷たいお茶というのに慣れていないのだ。ストローで吸い込むのも得意ではないようだ。

 紅茶にはビスケットがついてくるので、アイナはこれを美味しそうに食べていた。

 セレーネには元気をつけさせる意味合いで、コーラフロートを頼んである。

 まずは甘いものとカフェイン、そして冷たいものを食べてリフレッシュするのだ。

 ぐったりしているので、俺がアイスを掬って口に入れてやった。


「ほらセレーネ、あーんしろ」

「あ、あーん」


 口にアイスを放り込む。

 効果は劇的だった。

 魂が抜けたようなセレーネの顔に黒目が戻り、


「ひゅっ、ひゅめたいっ! な、なんれふかこれはーっ!!」


 俺からスプーンを受け取ると、猛烈に食べ、飲み始めた。


「ふう……神の食べ物……!!」


 すっかり氷だけになったグラスを置いて、セレーネは呟いた。額に汗が浮いている。

 冷たいものを食ったのに汗をかくほどがっつかなくていいだろうに。

 クリスはまだ、パフェのフレークをサクサク食べている。

 ニナは食べ終わったようで満足げだ。


「凄い世界だなあ、ここ。何を食べても変わった味がするし、こんなに冷たくて甘い食べものがあるし!」


 甘さだけなら蜂蜜がけのセミフライも負けちゃいなかったがな。

 みんなで冷たいものの話をするので、アイナは大層気になったらしい。

 俺の裾を引っ張る。


「あのう、私も同じものを」


 お腹がたぷたぷになるといけないので、普通にバニラアイスを頼んでやった。

 届いたアイスを口にして、アイナの顔が蕩けたものになる。


「ああー、しあわせです……」


 異世界でも、女の子はスイーツ大好きなのである。



 テンマと合流して浅草寺に向かった。

 現実世界で使える金は、ウェブマネーしかない。

 なので、俺の講座にある金を引き落とすことにした。

 家にあった通帳で金を引き出し、軍資金を確保。


 雷門のでかい提灯を見て、俺もテンマも嫁たちも、ポカーンと口をあけた。


「これが、七郎さんの世界の教会なんですねえ」

「正確にはお寺っていうんだけどな。テンプル」

「テンプルですかあ」


 上を見上げながら会話すると、なんとも間の抜けた絵になるわけである。

 セレーネとニナは金剛力士に夢中であり、クリスは寺社へ続く仲見世に連なった店の数々に、既に気もそぞろ。

 テンマだけが、ちょっと嬉しそうな顔をしていた。


「これぞ日本と言う感じじゃのう。それらしいところに来れて、わしは満足じゃ!」

「ああ、喜んでくれたんならよかった。来た甲斐があったよ」


 門をくぐる。

 様々な店が並んでいて、それぞれ覗くだけでも結構時間がかかりそうだ。

 嫁達に言わせると、こういうお店を冷やかすだけでも楽しいのだそうで。

 ガーデンではお祭りやバザーでも無いと、これだけの店がずらりと並ぶ事は無い。

 物珍しいのだろう。

 人形焼や駄菓子やら、それっぽいのを幾つか買いつつ、もう一つの大きい門を見上げた。

 宝蔵門である。

 なんというかもう、立派なものだ。

 ガーデンで見てきた西洋建築も凄みがあったが、それらも何のその、日本の寺だって負けてないじゃないか。

 それに、和洋折衷と言うんだろうか。

 屋根には天使の彫刻が乗っている。

 浅草寺は先進的なのだなあ。


「おい、なんだあれ」

「変なのが乗ってる」

「天使? テレビでやってた奴?」


 おや? どうやらあの天使めいたものは、ほんらいこの浅草寺にあるべきものでは無いらしい。

 俺はもう一度、屋根上の天使を見上げた。

 奴らはこちらを見返してくる。

 わあ、生きてる!

 肌は彫刻のように真っ白で、生気など無い。

 髪は髪の毛というよりは、そう言う形に削られた大理石のような質感。背中には一対の翼を生やして、腰にのみ布を巻きつけて肉体美をあらわにしている。

 そんなのが和風の赤い門の上にいるのだ。

 多分異様な光景なんだろう。

 ガーデンで変な光景は見慣れたからなあ。


 なんて思ってのほほんとしていたら、スマホ久々のお仕事である。

 ぶいーっ! ぶいーっ! とサイレンが鳴った。

 俺はもうこの音に対応するのが脊椎反射にまでなっていて、アイナを脇に抱きかかえ、クリスの首根っこを掴み、セレーネを体で押しやり、その勢いでニナを押し込んでテンマの背後に移動した。

 間違いなく、テンマの背後が、ここで一番の安全地帯だ。

 その直後、予感は的中した。

 天使たちは互いに屈みあわせで立つと、手と手を伸ばして握り合う。そして、強烈な光が炸裂した。

 宝蔵門の上に、二人の天使が合体したのか、巨大なマヨネーズのマスコットキャラめいた、三頭身の怪物が出現したのだ。

 バイオレンスな外見で羽の生えた、ジャイアント赤ちゃんとでも言おうか。

 これが乗っかっても崩れない宝蔵門は頑丈だなあ、なんて呑気に思う。

 度重なる悪魔の襲撃で慣れたのか、アイナ達も落ち着いた風で、俺の近くに体を寄せて隠れている。


「七郎さん、あれはテレビとやらでやっていた、天使というものでしょうか」

「だろうなあ。アイナ、見覚えが無いか?」

「あります。ラスベリアでベルゼブブが見せた……。あの時は、幻だとばかり思っていたんですけど」

「あいつは多分何もかも分かってた。で、あいつら悪魔が戦っている相手が、この天使なんだ」


 悲鳴が上がった。

 巨大な赤ちゃんが目玉をぐるぐる回し名がら、宝蔵門にて参拝客、観光客を睥睨する。

 外人の観光客も多かったから、それぞれ違ったパニックを起こし、周囲の状況がカオスになる。

 ばたばたとめいめいに、浅草寺を逃げ出そうとする人々。

 そこへ、赤ちゃん天使の目玉がぎらりん、と比喩でなく輝いた。

 あれ、知ってる。アニメで昔見た奴だ。

 目玉から出た光線が、地面を焼きながら雷門まで一直線に走る。

 そして、大提灯に炸裂して、そいつを吹き飛ばした。

 一拍遅れ、光線の直線状にいた人間達が、音を立てて崩れ落ちた。

 うげ、塩のカタマリになっとる!


 赤ちゃん天使はあばば、あぶぶ、とご機嫌で笑うと、その巨体……4mはあるそれを、仲見世に躍らせた。

 轟音を立てて着地する。

 幸い、人々が逃げたせいで、そこに人間はいない。

 だが、赤ちゃん天使の目の前でへたり込んでいるのは、親とはぐれたと思しき幼い女の子だ。


「ひい……」


 かすれた声をあげて、女の子は赤ちゃん天使を見上げた。

 赤ちゃんは、まさに天使の微笑を浮かべつつ、そのぷにっとした巨大な手を振り上げ、躊躇無く振り下ろし……というところで、駆け寄ったクリスが女の子を抱いて、転がった。

 そして、振り下ろされた腕をテンマが弾く。

 うむ、質量とかを無視して、弾いた。

 俺達は慌てて走る。クリスを回収に行くのだ。

 泣き出した女の子を抱きしめてあやしつつ、クリスは俺達に向けて微笑んだ。

 彼女も震えていた。

 だが、ナイスだ。


「セブン、ワレの嫁は、いい女じゃのう! 大切にしてやれ! それからな、ちょいとばかり離れとれ。派手にやるからのう。どうやら戻ってきても、わしの力に蓋はされとらんようじゃ!」


 俺は頷きながら、女の子を抱いたクリスを引っ張った。

 かくして、赤ちゃん天使……いや、殺戮天使と、空手家の異種格闘技戦が始まるのである。


 画像にて検索、”以後、殺戮天使と呼称”データがずらずらと現れる。

 俺が名付けた名称で確定したようだ。


 俺達が見守る中、殺戮天使が再び、テンマ目掛けてビームを放つ。必殺の塩柱光線だ。当たった相手を塩の柱に変えて殺す。分かり易い。

 ただし、それは相手が普通の人間だった場合だ。

 テンマはそいつを、事も無げに回し受けで弾いた。

 光線が地面に叩きつけられて消滅する。

 殺戮天使が怒り、あばあ、と声をあげた。巨体に比べて冗談みたいに小さな翼をはためかせ、舞い上がる。

 上空から体重でテンマを押しつぶす気だ。

 だが、テンマもまた地面を蹴った。空を飛ぶ天使と同じ高さまで跳ね上がる。

 そしてテンマが撒いたのは、天使が降りたときに剥がれ落ちたらしい、宝蔵門の瓦である。

 これが落下する前に足場として活用することで、この男、なんと空を走る。


 あぶぶ、と天使は巨大な腕を振り回した。

 テンマに向けてぶち込まれた巨大なラリアット。


「なんじゃ、まるで童の喧嘩じゃのう!! わしはガキの頃の喧嘩も負け知らずじゃぞ!」


 そいつに、テンマが肘を叩き込んだ。空中にあるはずの瓦が、テンマが肘を放った反発のエネルギーを受けて爆発する。

 その爆発と同じか、それ以上のエネルギーを叩き込まれ、放ったはずの天使のラリアットが弾け飛んだ。

 あばあっ!? と殺戮天使が目を剥く。

 明らかに隙だった。

 勇者テンマを前にして、天使は一瞬、あり得ざる今の状況に思考を停止してしまったのだ。

 テンマが飛んでいた。

 懐から放った瓦を足場に、天使の頭の上まで。

 高らかに振り上げた足が放つのは、浴びせ蹴り。

 辺り一体の空気が震動するほどの衝撃を持って、打撃は打ち込まれた。

 天使が空から、地べたへと叩きつけられる。


 悠然と、テンマは着地してきた。

 殺戮天使が起き上がると、人々から恐怖の悲鳴や絶叫が聞こえる。

 天使の頭は半分が潰れ、目玉が飛び出している。

 だが、殺戮天使は尋常な生き物ではなかった。

 それでもなお動きを緩めず、テンマ目掛けて塩柱光線を放とうと……。


「往生際が……悪いのうっ!!」


 テンマが踏み込んだ。

 地面が爆発を起こした。

 クレーターでも作るつもりか? という踏み込み。

 膝から、腰、上体、肩、肘とエネルギーは移動し、理想的なフォームで叩き込まれるのは、正拳突き。

 ぱん、という軽い音がした。

 天使の全身が破裂したのだ。

 天使を構成していた肉や血、骨と言った組織は、飛び散りながら、即座に光の粒となって消えて行った。

 後には何も残らない。

 仲見世に出来た、戦いの跡だけだ。


 いや。

 俺のスマホは動画の撮影を続けていた。

 他にも、これを撮っていた者がいるだろう。

 天使は人を襲う。

 この情報は恐らくネットを駆け巡る。

 そして俺達がすることは一つ。


 一刻も早くこの女の子の親御さんを見つけ、さっさとこの場を離れる事だった。

 死ぬほど面倒な事になりそうなんだけど……!?

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