第六十七話 八柱の一角が崩れると……?
俺の呼びかけに答えて、アイナのすぐ真横の空間が砕けた。
のっそりと、何やら懐かしい雰囲気を纏った男が姿を現す。
「おう……久々の娑婆の空気じゃあ……!」
そいつは、ボロボロになった、道着に似た衣装の、黒髪の男だった。
背は俺よりは高いが、とても大きいと言うわけではない。
だが、腕が、足が、胸板が、分厚かった。
ジャスティーンを、西洋彫刻のような磨きぬかれた肉体とするなら、こいつは肉の戦車だ。
明らかに適当に刈ったぼさぼさの髪と、その下には太い眉。
ぎょろりとした目が周囲を見回し、すぐに俺を見つけたようだ。
「うおー……!」
そいつ……テンマ・トーゴーは瞬きして、相好を崩した。
「ほんまに日本人じゃのう!! わしゃ、こっちに来てから、ワレみとぉな日本人に会えるなんてなあ!」
うおっ、広島弁だ!!
俺は慌てて、スマホをいじった。残りのバッテリーは少ないが、これくらいはいけるだろう。
広島弁アプリ!
以降、テンマの会話は広島弁アプリで翻訳していると思って欲しい。
「あ、あの、ありがとうございます!」
俺は立ち上がってアイナを支えていた。
彼女は、テンマに向かって頭を下げる。
テンマは笑った。
「気にすんな! わしゃ、思うがままにやっとるだけじゃからのう! さて……ほいじゃぁ、お礼参りと行くかのう!」
テンマが勇者達の中にのしのしと入っていった。
「おお!! お前がテンマか! よろしくな! 俺はジャスティーンだ!!」
「ほほー! ワレが新しい時代の勇者か! よろしゅうな! わしゃテンマじゃ! おお、マリー! あんたも元気そうじゃね!」
談笑しながら、放たれて圧縮渦潮ランチャーを、回し受け。
口と身体は別と言うことだ。このカラテマン、既に臨戦態勢だ。
この隙に、エドガーも複合弓を用意し終えている。
『テンマァ……!! 貴様までが蘇るなど、どこまでもっ……どこまでも忌々しい!! お前はッ……世界を壊す存在だ! 分かっているのか、セブンッ……!!』
知らんがな。
俺としては、もうアイナを殺されかけた時点で怒り心頭だ。
人見知りだとか、対人恐怖症だなんて言ってられねえ。
俺は万感の思いをこめて、言った。
「圧倒的だな、我が軍は……!」
テンマが身構える。
ジャスティーンが槍を振り回し、石突きで高らかに床を叩いた。
マリーはどこから取り出したのか、新しい衣装に身を包んで、ロッドに先に波紋を浮かべている。
エドガーは複合弓に矢を構え、いつでも放てる姿勢。
四人の勇者だ。
歴史上、勇者が揃った記録は無い。
あったとしても、マリーとテンマが共闘した程度の事である。
だから、これは前代未聞の出来事。
『セブン!! 貴様はァァァァァァァッ!!』
アリトンが叫ぶ。
俺はツブヤキッターで一言、『やぁっておしまい!』と入力した。
「おうよ!!」
「任せろ!!」
「ははっ、賑やかだねえ……!」
「やれやれね……!」
「だりゃあああっ!!」
テンマが走った。
受け止めるアリトンの巨大な腕を、飛び足刀で跳ね上げる。
着地ざまに肘打ちでもう片腕を打ち据え、腕ごと正中線へ、見事な正拳付きの連打。
『がっふっ!?』
アリトンの巨体が、浮く!
そこへ、
「”死殺技サンダーボルト”!!」
雷撃の威力を持つ矢が突き刺さり、爆発した。
アリトンの翼の二つが砕け散る。
落下するアリトンを、空中に展開した光の波動が跳ね上げる。
上、下、右、左、前、後、全方向を包み込み、
「”波動、共鳴爆叉”!」
アリトンの巨体が光の中で激しく振動する。焼け焦げていく肉体。
黒貴族は絶叫を上げながら、全身から魔力をこめた渦潮を発生させ、光の波紋を砕く。
衝撃が城にも伝わったのか、徐々に、アリトンの城砦は崩れ始めていた。
ゆっくり、城の高度が下がっていくのが分かる。
「ふんぬっ!!」
ジャスティーンが槍を突き出した。
穂先が三つ……いや、四つに分かれる。
同時の四点突き。一撃一撃が必殺の勢いに満ちた攻撃が、黒貴族の体に風穴を空ける。
『人間風情があああああ!!』
アリトンが放ったのは糸である。より合わせられた糸が、残る二対の翼から、一対の五指全てから放たれる、併せて十四方向からの不可避の斬撃!
城を砕きながらの攻撃で、エドガーは次々に短弓から爆発式クォレルを放って、一本を迎撃するが、かわしきれずに背中を大きく切り裂かれる。
マリーは相変わらず切断されているが、元に戻る。だが、顔に余裕が無い。当たり所が悪ければ、再生の余地無くデッドエンドということかもしれない。
対して、むさい男二人は背中合わせ。
テンマは俺に向けて親指を立てた。
「任せい! おりゃああああっ!」
怪鳥音と言うのか。裂帛の気合を込めて、テンマが宙に舞い上がった。手刀、足刀が空を切り裂く。
鋼すら切断する糸が、その手足に打たれるや否や、ばらばらに解けた。
そして、ジャスティーンに糸が触れようとした瞬間、神速の石突きが糸の発生源、アリトンを打つ。
超高速の先制カウンター。
フールフール戦で見せたあれだが、それよりも明らかに速い。
この男、恐らくあの時より成長している。
「守りは任せたぞ、テンマ!!」
「おう!! 一発決めちゃれや!!」
「うむっ!!」
ジャスティーンが一歩を踏み出す……と見えた瞬間、姿が消えた。
いや、目にも留まらぬ速度で動いたのだ。
それを察知したのか、アリトンが翼を使って空に舞い上がろうとして……飛来した渦巻く矢が、翼の二つを持っていく。
「”死殺技メイルシュトローム”……! 油断大敵ってな……!」
エドガーの傷は、既にマリーの手で癒えていえる。
逃げ場を失ったアリトンの目の前に、ジャスティーンが出現した。
「おおおおおおっ!!」
ゼロ距離からの、ビームを纏った槍での一撃!
俺が最初に見た、ジャスティーンの技だ。相変わらず出鱈目な威力である。
アリトンの肉体を、易々と貫いて破壊する。
だが、倒しきれない! 恐るべき生命力で耐えたアリトンが、反撃に出ようと……そこで、全く予備動作なしの同じ一撃!
本当にめちゃくちゃだ。格闘ゲームで、技の挙動後の隙を打ち消して新しい技を放つ、キャンセルというシステムがあるが、あれを肉弾戦でやってのけた。ジャスティーンは必殺技の隙を必殺技でキャンセルしたのである。
動き出そうとしたアリトンに、これは完全なカウンターとして決まった。
剥き出しになった胸の青い石に穂先が突き立ち、一瞬の均衡の後、粉々に砕け散る。
『ああ……あああ……ああああああああああああああああああっ……!! オレが……! 黒貴族と呼ばれた、このオレが…………!!』
アリトンは天を仰いだ。
赤く燃え上がる双眸が、徐々に輝きを失っていく。
『何処だ。何処でオレ達の計画に狂いが生じていた!? これでは、ガーデンは持たん……! 笑っているか天使ども!! オレの姿は、未来の貴様らの姿だぞ……!!』
空に向かって叫んだのは、意味不明な呪詛だった。
そして、突如として、地の底から赤い輝きが吹き上がり、この光に解けるようにして、黒貴族アリトンは消滅した。
ガーデンの歴史が始まってから、初めて人類は黒貴族を滅ぼしたのである。
「終わったあ……!」
俺はため息をついて倒れこんだ。
ちょうどいいところに膝がある。アイナだ。
「お疲れ様です、セブン様!」
見てただけだけどね!
セレーネは目を潤ませている。人類の歴史の一ページが、とか呟いている。
クリスはぴょーんと飛んできて、俺にのしかかった。
「セブン様ああああああ、ダメかと思いましたああああ」
重い! 重い重い!!
「さっすが旦那だぜ! それに、エドガーさんもみんなもすっげえ! やったぜ!」
ニナがガッツポーズを取ると、エドガーが振り返り、笑いながらサムズアップを返してきた。
ひとまずは黒貴族撃退。
やれやれ、これで一休みだ……。
そう思っていたのが間違いでしたわ。
多分、そいつは幻だった。
銀色の髪をした貴族のような格好の子供が、アリトンが消滅した場所に現れたのだ。
勇者達が緊張した。
「楽にして欲しい。僕は君たちと戦うつもりは無い」
俺はそいつとほぼサシで話をした事がある。
ベルゼブブ。
黒貴族を統べる奴だ。
「いやはや……大変な事をしてくれたね、セブン」
そいつの目は、俺に向けられている。
「た、た」
「大変な事ってなんだって、セブン様が」
「うん、相変わらずいい仕事をするねアイナ。そうだね、大変な事というのは、アリトンを滅ぼした事だ。倒すまでなら許容できたんだけど……まさか黒貴族を滅ぼしてしまえる人間が現れるなんて計算外だよ」
ベルゼブブは薄く笑みを浮かべていたが、目は全く笑ってなんかいなかった。
「いいかい。ガーデンは、八柱の黒貴族がそのまま支えとなって管理している世界だ。今、唐突にその一つが失われた。これはどういうことか分かるかな?」
「セブン様はちっとも分からないそうです!」
「正直でよろしい。では教えてあげよう。ガーデンは、レヴィアタンの魔力を使い、それを僕達黒貴族が増幅して循環し、世界全てを結界によって覆った存在だ。”地球”にいる連中は、この結界を乗り越えることを目的として千年の間活動してきた。守ろうとする力と、攻めようとする力。これらは拮抗していたんだ。だが、今唐突に、そのバランスが崩れた。結界は破れ、千年間増幅され、循環しながら溜め込まれてきたガーデンのエネルギーが溢れ出す。これが攻撃側の力と干渉を起こせば……」
「ど、どうなるんだ」
「分からないね。だが、面白くない結果になることは目に見えている。セブン、君は大変な事をしてくれたよ」
最後のベルゼブブは、笑ってなどいなかった。
俺を見つめる目にあったのは、敵意だ。
そして奴は消えた。
場を包んでいた緊張感が薄れ……。
不意に、俺達を振動が襲った。
地震か!? いや、俺達がいるのは、アリトンの空中城砦。
主であるアリトンを失った今、城砦は空を飛ぶ事ができなくなり、落下しようとしているのかもしれない。
「み、みんな!!」
俺は嫁達を集めて、腕の中に抱き込んだ。彼女たちも俺にしがみつく。
足元には亀裂が入り始めていた。
ばりばりと音を立てて、割れ目が広がり、城砦が、幾つもの欠片に分かれていく。
「こぉりゃいかん!」
テンマは見た目に似合わぬ身軽さで、ひょいひょいと割れた城砦を飛びながらこちらへやってきた。
そして、俺達の頭上に迫っていた巨大な瓦礫を、
「おりゃあっ!!」
天空に向けた正拳一発で粉砕する。
「これはどうやら……不味い状況だね。セブン! 一端この状況を凌いだら合流しよう!」
「ああ、もう、一難去ってまた一難ね。少しも休ませてくれないわ」
エドガーとマリーの声が聞こえた。
ジャスティーンは……。
「あ、ジャスティーンなら足場が崩れて真っ先に落ちたよ」
おい!
なんて期待を裏切らない奴だ。
でも大丈夫だろう、ジャスティーンだから。
俺達が乗る城砦の欠片は、エドガーの欠片、マリーの欠片とは別の方向に落ち始める。
衝撃が来る事を予測して、俺は嫁達を抱きしめる。
「セブン様……!」
アイナが小さく、俺の名を呼んだ。
「何じゃ……? 懐かしいにおいがするのう」
ふと、テンマが呟いた。
浮遊感。
……。
……。
……。
ややあって、衝撃。
それは、思ったよりも小さな衝撃で、俺達がお尻を痛める程度で済んだ。尾てい骨は無事だ。
「おお」
真っ先に立ち上がったのはテンマ。
彼は周囲を見回して、ほおー、と間の抜けた声をあげた。
「わしが封じられとる間に、ガーデンも進んだんじゃのう! まるで未来の街じゃ!!」
未来の街?
その言葉に俺は違和感を覚える。
ゆっくり立ち上がった。
周囲には瓦礫が散乱している。
そして、ガーデンではついぞ嗅いだ事の無い懐かしいにおいがした。
街のにおいだ。
俺が立ち上がると、アイナも、クリスも立ち上がった。
セレーネは腰が抜けているようだ。ニナが腰をさすってあげている。
「これは、どうした事でしょう……?」
「セブン様あ……ここは、何処なんですか?」
俺は答えられないでいた。
いや、答えなんか分かってるのだ。
離れたところに見える、あの真っ赤な鉄骨の尖塔は、見間違うわけが無い。
ざわざわと、日本語の声が聞こえた。
そう。
ここは、東京だ。
これにてイリアーノ編が終わりです。




