第四十七話 オーナー登場、ていうかベルゼブブ
「おかしいな……全く魔力を検知できない」
カジノ裏側にある、そういう人達を隔離する部屋に俺は連れてこられ、スマホを徹底的に調べられていた。
どうやらスマホ、俺が許可した人間以外が触れても、只の板になってしまうようである。
怖いお兄さん達は魔術を使い、スマホから魔力を察知しようとしていたが、何も感じないようで戸惑っていた。
かと言って、俺が魔術を使えないことは証明済みである。
俺自身からも魔力が感じられないそうなのだ。
身体検査をしても一切魔術道具の類は出てこない。
「お客様、何も隠してませんよね……? だよなあ。ここに連れて来る時、何もやってなかったしなあ……」
怖いお兄さん、悩ましげに頭を抱える。
「あー参ったなあ……オーナーになんて説明しようか……!」
「あ、あ、あの、つつつ、通訳ない、とお、俺あまりしゃべ」
「ん? んんー?」
怖いお兄さん、俺の言葉を聞き取れずに首を傾げる。
この人、外見は怖いが仕事熱心な人なのだな。
「通訳っていうとどなたですかね」
「アアアア、アイナっていう、赤毛の、クラッカー食べてる」
そこで、お兄さんは部下に指示を出す。
少しすると、アイナがドタバタ走ってきた。
「セブン様ー!! セブン様セブン様! セブン様ああああ!! ご無事でしたかあああ」
駆け寄りざま、俺にダイビング。
「グエー」
俺は椅子ごと倒れた。
アイナも転倒のショックで、ひいひい言いながら俺の上でバタバタする。
そんなにダメージを受けるなら飛びつくなよ!?
「大丈夫?」
お兄さんが俺達を起こしてくれた。
やだ、この人優しい。
ここからアイナによる通訳無双。
「実は俺が持っているスマホっていう機械が勝手に動くことがあるんです。トークンは全部お返ししますし、ゲーム中はスマホを預かってもらってもいいですよ、とセブン様は仰っておられます」
「ふむ……しかし、他のお客様への示しがありますからね。それでも魔力を使ったという証拠は発見されなかったわけですし」
「私達は聖王国の使いという立場ですので、あれはスロットの誤作動ということでどうでしょうか。私達もうスロットマシーンで遊びませんので」
アイナは俺の言葉も交えて、上手いことアドリブで話してくれる。
有能な子だ。この通訳に関してのみ、アイナは非常に有能だな。他はダメな子だけど。
「ふむ、そこまで仰るなら、入り口受付でこの板はお預かりして、カジノから出るときにお返しするという形で」
「それでお願いします」
話がついた。
受付嬢らしいお姉さんがやってきて、布でスマホを大切にくるみ、箱に保管する。
と、そこで慌ただしい足音。
黒服の人達が入ってきて、お兄さんに耳打ちした。
お兄さんの表情が変わる。
「何、オーナーがもう!? 予定よりも早いな……!」
カジノの会場以外には、それぞれ時間を指し示す時計のようなものが存在している。
これも魔力で動いているようだ。
この世界はまだ、機械仕掛けの時計を作るほどの技術が発達してないということなのだろう。現代世界でも、1600年になるまで、機械式の時計は発明されなかったそうだしな。
なので、こっちの時計は一見するとデジタル時計に見える。
さて、どうやらそのオーナーとやらがやって来たようだ。
思ったよりも軽い足音が響き、カジノ側とは逆の扉が開く。
「やあ、面白い男が捕まったと聞いてやってきたよ」
響いたのはまだ声変わりしていない少年の声だった。
そちらに目を向けると、銀髪の美少年が立っているではないか。
「こ、これはこれは、オーナー!」
お兄さんが頭を下げた。
周りの人達もみんな一斉に礼をする。
そうか、これがオーナーかあ。
……って、カジノのオーナーってあいつだろ。黒貴族、ベルゼブブ。
黒貴族筆頭にして、何度も歴史に登場する悪魔。俺だって名前を知ってる、現代世界でも有名な奴だ。
グレートホーリーで読んだ歴史書では、こいつが明らかに黒幕だろっていう事件が無数にあった。
そんな悪魔が、この男の子?
オリエンスに感じたような圧迫感など微塵も無い。
「頭を上げてよ。結局どうなったの?」
「はい、スマホなる魔導板なのですが、一切魔力を使っておらず。ご本人様も、ゲーム中は受付に預け、ゲームマシンの類にも手を出さないようにする、トークンも返すと仰っていまして」
「ああ、良いよ別に。そのスマホっていうのはゲーム中は預かるけど、トークンは換金してもらっていいし、どのゲームを遊んでもらっても良い」
えっ、本当ですか! ベルゼブブさん超太っ腹じゃないすか!
「ほ」
「本当ですか! じゃあ早速遊んできますね!」
アイナが俺の言葉を即座に通訳する。そしてそこに秘められた、俺が職務を投げ出してすぐここから立ち去りたいという気持ちも。
だが、そんなものはこの、海千山千の黒貴族にはお見通しだったらしい。
「いやいや。僕に言いたいことがあって来たんでしょ。ちゃんと伝えて行きなよ」
彼が指先を動かすと、部屋の端にあった椅子がふわりと浮いてやって来た。ベルゼブブは背もたれに腕を乗せて、こちらを覗きこむように座る。
うおー、目でけー。すげえ美少年。
「そ、それじゃあ」
「それでは、先日の聖王国にやってきたダンタリオンの件についての抗議なんですけど……」
「ああ、その件ね。僕の国の名前を勝手に使われちゃ、困るよね。第一この国、貴族なんていないし」
この国は、言うなれば商人達の国なのだそうだ。
表の商人も、裏の商人も、彼らの代表がより効率的に金を稼げるよう、合議によって運営していくのがラスベリアの姿ということだ。
ベルゼブブは彼らの執政方針に口出ししていないらしい。
万一、ラスベリアの方向性が、彼の望まない方向に行った場合のみ介入すると言う事だった。
「正直その辺は、あの暇人に言ってくれよとは思うけど……一応、僕が黒貴族の代表だしね。聖王女殿下にはごめんねって言っといてくれよ」
実に軽い口調だったが、一応謝罪の言葉は受け取った!
大義名分は果たしたぞ!
帰るよ!!
「それでねえ、セブン、君本人に直接言いたいことがあるんだけど」
ヒギイ。
引き止められてしまった。
「まあ、君は遠からぬ内に、また僕達黒貴族とぶつかることになるね。これは予想ではなく予言だよ。君はそういう宿命を背負ってる。勇者達は君の下にどんどん集まってくるし、彼らは僕達を許せないはずだからね。それは別に、それでいい」
彼は笑いながら、今まで抑えていたものを開放したようだった。
突然、部屋の空気が重くなる。
お兄さんは額からだらだら汗を流して、小刻みに震えている。
俺とアイナはと言うと、そりゃもう失神寸前よ。
強烈な圧迫感が部屋を支配したのだ。オリエンスだって、これと比べたら子供みたいなもんだ。
「僕達はとある大きな目的のために動いている。君達は目的を果たすための駒なんだ。だから強くなってもらわねば困る。しかし、勇者達はバラバラと個別に現れるばかりで、力を合わせようとはしなかった」
ベルゼブブが手のひらを掲げる。
そこに、どこからか丸い球状の物が現れた。
俺はハッとする。
あれは、地球だ。
「おや、お分かりのようだね。いかにも、これは地球。このガーデンが今まで同化していた大地さ。だけども、千二百年前に、ガーデンは地球から分かたれて、こうして空に浮かんだ」
ベルゼブブが指を鳴らした。
途端、俺達の周囲の光景が変わる。
そこは……空の上だった。
宙に浮かぶ巨大な大地。陸も山も湖も川も、そして海や砂漠も飲み込んで、ちょうどヨーロッパから中東、アフリカの赤道付近までが丸くえぐり取られるようにして、浮遊する大陸となっていた。
ガーデンに光は満ち、輝いている。
だが、ガーデンを切り離した地球は、暗く淀んでいる。
「あれが、僕らの”敵”の世界だ」
ベルゼブブは笑っていた。
暗く淀んだ地球の側から、何かが飛んで来るのが分かる。
それは、何対かの白い翼を持った、禍々しい生命体だ。
天使、というイメージが俺の脳裏に過ぎった。冗談じゃない、天使がこんな化物なはずがない。
「もちろん、これは僕が見せた幻かもしれない。信じるか信じないかは君次第だよ、セブン」
世界が元の形を取り戻した。
浮遊感が失われ、俺とアイナは椅子の上にいる。
いつの間にか、アイナは俺の膝の上で、お姫様抱っこの姿勢になっていた。
「だが覚えていて欲しい。君はどちらにせよ、勇者達を集めることになる。そして、僕らとの戦いも避け得ない。だが、それは終わりじゃ無い、始まりでしか無いんだ」
ベルゼブブは立ち上がり、その美しい顔に笑顔を貼り付けた。
途端に圧迫感が消える。
「では、存分にカジノを楽しんでいって欲しいな。もちろん、ラスベリアの醍醐味も、隅から隅まで味わって行って欲しい。それと……」
ベルゼブブが目配せすると、受付のお姉さんが恭しくそれを捧げ持って、俺達の傍に立った。
「替えのパンツを用意しておいたから」
気付かれていたか……!




