第四十四話 コロッセオ
翌日、ホテルのビュッフェで朝飯を食っていると、本当にオリエンスが迎えに来やがった。
あいつ本当に暇なんだな……。
まあ、そればかりではなく、近々にダンタリオンという異世界からの来訪者を召喚した黒貴族でもあるわけで、彼らの中では俺のような存在に対して、最も理解がある奴なのだろう。
しかし、ラスベリアと言う都市国家は驚く事ばかりである。
当たり前のように、夜が明るい。
夜景を楽しめる街などというものは、この世界においてほとんどありえない存在だ。
ランプの明かりは弱々しく、灯りの油も安いものではない。一般家庭が夜間、灯火を照らす事などほとんど無いし、王宮や貴族の屋敷は大き過ぎて、ランプでは照らしきれない。
だから俺は、昨晩部屋の窓から見たラスベリアの光景に驚愕したのだ。
クリスとセレーネは気絶するように眠っており、ニナはカジノではしゃいだせいか、ゴーラムを抱きしめて夢の中だ。
隣でアイナが息を呑んだのが分かった。
視界に広がるラスベリアは、色とりどりの輝きに満ち、まるで昼間のように明るい。
魔術による輝きが、一般的に使われているのだ。
中心地を離れれば薄暗くなるものの、見渡す限りは光の奔流だった。
ラスベリアは眠らない。
真夜中ですら人々が行き交い、店が開き、声が聞こえてくる。
俺は現実世界の街を思い出した。
ホームシックは感じない。まあ、こっちのほうが人が少ない分ましだし、ネットは出来るし、友達だっているし、よく考えたら嫁までいるのでこっちのほうが遥かにいい。
何の話だったか。
ともかく、夜景でぐーっと盛り上がった俺達はその後、ベッドの上でも盛り上がり、そして今に至るわけである。
クリスとセレーネによる、アイナと抜け駆けした事への抗議を受け、今日はお詫び代わりにちょっと高い朝飯だった。
と言っても、真っ白なパンと、ボイルドエッグと、茹でた野菜のサラダと、スープである。
朝飯なのに四品もある、とちょっと感動する辺り、俺はこの世界に毒されてきた。
しかもこの辺りで採れる、紅茶に似たお茶がつく。お代わり自由だ。ハーブの香りがして、目が覚める気がする。
豪勢な朝食を、四人娘と感激しながら食っていたところだ。俺達の横の席に、でかい紳士がどっかと腰掛けた。
「おう、セブン! 今日は闘技場に案内してやろう! ベルゼブブの奴はまだ手が空きそうに無いからな!」
暇人オリエンスの誘いを断る言い訳は見つからなかった。
黒貴族ベルゼブブは、この都市国家の顔役のような存在でもあるらしい。
オリエンス曰く、ベルゼブブは趣味人であり、ラスベリアを栄えさせつつ、このように享楽を蔓延させる事もまた、彼の趣味であるらしい。
「人間と言う奴らは面白いからな。長く生きると、結局は貴様ら人間に構うのが一番だという結論になるのである」
オリエンスは紅茶だけを優雅に飲み、喉に食事が通らなくなった俺達を見て、食事が終わったと判断したらしい。
「よし、行くのであるぞ!」
ラスベリアでの二日目が始まった。
闘技場は、以前ネットで見たローマのコロッセオに形が近い。
多くの観客を入れた上で、どの席からでも試合の様子を見る事が出来る形となると、最終的には似通っていくのだろう。
ちょっと違うのは、この国の賭博は合法であり、競馬場形式でその日のプログラムを全て見ることが出来る。
その上で、試合結果を予想してチケットを買うのだ。
大金が動くが、オリエンスに言わせると、闘技場はベルゼブブのボランティアのようなものらしい。どっちが勝つかに賭けるだけのシンプルなものだから、儲けなど微々たるものなのだそうだ。
「時折、カジノで破産する馬鹿者が出るからのう。奴らは我が身を闘士として、闘技場で戦って作ってしまった借金を返すのよ。もっとも、ほとんどが試合の中で死ぬがな。それでも奴らが生きようと足掻く様はなかなかに感動的であるぞ」
悪趣味な。
「あっ、セブン様、出てきましたよ!」
選手入場口を指差すアイナ。
そちらからは、なんだか頼りなさそうなおじさん達が登場していた。
対する相手は……厳しい外見の巨人である。
画像検索で調べると、亜人と呼ばれる少数民族の一つらしい。オーガと呼ばれているそうな。
この世界の亜人は本当に少数民族で、限られた土地にしか住んでいない。
こいつらは悪魔達が種を保護していて、その見返りとして、時々こういう場に一族で最も屈強なものを借り出してくるらしい。
悪魔が保護とか意外すぎる。
おじさん達は、手にした剣や槍を構えた。へっぴり腰だが、とにかく数だけはいる。
あれがカジノで破産した連中なんだろう。
形相は必死だ。
試合に勝ったら借金はチャラとか言われてるんだろうか。
「これって、勝負にならないんじゃあ……」
「で、でも、数だけはいるじゃないですか。旧来から、弱者が強者を倒した例など枚挙に暇がないですよ」
セレーネがチケットを握り締めている。
おじさん達に賭けたな。
「うへー、なんかすっごい盛り上がってるー!」
ニナは最前列できょろきょろ。
彼女の周りには、チケットを握り締めて声援を送るおっさんやおばさん達。
みんなこの娯楽を楽しんでいるのだなあ。血生臭い娯楽だ。
ジャアーンと銅鑼みたいなものが鳴らされ、試合が始まった。
会場の興奮が抑えきれないほど高まる。
オーガが咆哮をあげた。
おじさん達は正直びびっているようだが、それでも退路は無い。全員でわーっと声をあげて、オーガに群がった。
槍がオーガの表皮をつんつんつつくものの、皮を破れても肉までは届かない。
そのうちに槍をつかまれて引き寄せられ、オーガが手にした棍棒で頭をかち割られてしまった。
剣を手にして近づいたおじさんも、棍棒を剣で受けたもののよろめき、そこを蹴られて転がってしまう。
うーむ、分かっちゃいたが、おじさん達が弱い。
まあ素人なんだし、才能があるわけでも無いようなんでこんなものだろう。
結局、オーガの一方的な虐殺になった。
おじさん達は一人残らず殺されてしまったのだ。
観客達は、オーガが客席に向けてアピールする度に、殺せ、殺せ、とコールする。
オーガもあれだなあ。仕事だからやってるんだろう。
いやあ、悪趣味だが、コレもビジネスなんだな。
「うえー」
気分悪そうな顔をしてニナが戻ってきた。
「何が面白いんだよこれー」
「これはあくまで前座なのである。本番はこれからぞ」
オリエンスは清掃が終わった闘技場を指し示す。
そこには、今度は巨大な檻が引き摺られてくる。中には大きな獣が納まっている。
あれは魔物だな。画像検索すると……いや、するまでもないか。あれはサーベルタイガーだ。
まだあんなん生きてるのか、この世界は。
対するのは人間の戦士。
盾と槍、腰に剣を佩いたムキムキの男性で、上半身裸である。
「こ、今度こそは! あの強大な獣の前では、人間など無力ですから!」
セレーネの目の色が違う。
「ほ、ほどほどにな」
「大丈夫です! 私の知識だと、あんな怪物に一人で抗うのは難しいはずなんで!」
「そうかなあ……」
俺が思い起こすのは、ジャスティーンとか、エドガーとかアイオンとか。あいつら間違いなく、サーベルタイガーレベルなら一撃で倒すよな。
「じゃあ、私は男の人にい……」
クリス、お前もか。
アイナとニナは、席の間を歩く売り子のお姉ちゃんから、揚げ菓子を買って二人で食べているし、オリエンスは酒を買い求めてラッパ飲みである。
俺はなんだかなあ、なんて思いつつ、スマホをつるつるいじっていた。
かくして試合が始まる。
銅鑼の音と共にサーベルタイガーは解放された。
「あいつはこれまで、三人の剣闘士を食い殺してきた怪物だぞ! 流石にラキウスでも無理だろう!」
事情通っぽいおっさんが後ろでがなりたてている。なるほど、あのムキムキはラキウスって言うのか。
スマホの望遠アプリを使ってみてみると、なかなか強そうだ。
よし、俺もいっちょ、予想ってのをしてみようか。
俺がやるのはズルなんだけどな。
俺はラプラスの魔錠を起動する。
すると、スマホの右上に、緑色のゲージが登場した。
酒を飲んでいたオリエンスが一瞬目を丸くし、液晶に見入る。
「貴様、なんだ、これは」
「あ、まあ俺の」
「俺の能力と言う奴です。ダンタリオンと一緒ですよ」
すかさずアイナがカバーしてくれた。助かるのう。
ラキウスは、剣と盾を巧みに使い、サーベルタイガーを牽制する。
サーベルタイガーが間合いを詰めようとすると、切っ先を向ける。突然伸びたリーチに、一瞬怪物が間を外すと、すかさず盾を構えてラキウスが踏み込む。
飛び下がろうとするサーベルタイガー目掛けて、剣を一閃。僅かだが、その表皮を削る。
あの戦士は強いな。
俺が知る勇者達のような化け物ではないが、人間としては相当強い部類だと思う。
サーベルタイガーの猫パンチを盾を寝かせて滑らせながら、前足を切りつける。
一撃当てられてしまえば、ラキウスが普通の人間であるならそれで戦闘不能だろう。戦闘不能にならないのはジャスティーンみたいな怪人だけだ。
戦い方は慎重だったが、それでも静から動に移った時のアクションは見栄えがする。
足を痛めつけられたサーベルタイガーが、苛立たしげに低く身構えた瞬間、ラキウスは地面を蹴った。
迎え撃とうと、怪物も地面を蹴る。
ここで、俺のスマホのラプラスが動いた。
闘技場に存在する全ての元素の動きを読み取り、三秒先の未来を予知する。
そこでは、ラキウスが空中を蹴り、サーベルタイガーの攻撃をいなしていた。その剣は、切っ先で怪物の首を深く抉っている。
まさにその通りに、目の前の世界が展開した。
飛び上がったサーベルタイガーの目の前で、ラキウスが空中を蹴って横に飛ぶ。
空を切った怪物の首に、ラキウスの剣が深く突き込まれた。
勝負ありだ。
あの空中を蹴る技が、ラキウスの取っておきなのだろう。ここぞと言うところで使ったわけだ。
「あああー!」
セレーネがチケットを二つに裂きながら嘆いた。
「私のデータがあああ」
「セレーネさん、だ、大丈夫ですよう! 次はきっとお」
次もやるのか。
会場は大興奮である。
倒れたサーベルタイガー。剣を高らかに突き上げるラキウスに、誰もが興奮して床を踏み鳴らし、色々なものが会場を飛び交う。
賭けに勝ったもの、負けたもの、色々だ。
その時、俺の手の中で、ラプラスが勝手に動いた。
俺はその結果を見て、さりげなくアイナとニナを抱き寄せた。
「ふわっ!?」
「みゅ!?」
口に揚げ菓子を詰めた二人はびっくりし、目を白黒。
次の瞬間、二人がいたところに、酒が入ったままの瓶が投げつけられてきた。
瓶は砕けて酒を撒き散らす。
誰かが興奮して酒を投げたのだろう。
「貴様、今のを読んでおったな? 気配を察するよりも明らかに早く、しかも確信的な動きだったな」
オリエンスは気付いたようだ。
俺は、酒瓶がその場に飛んでくる未来が見えた。
その未来では、俺が二人を抱き寄せていたから、同じようにしたというわけだ。
ラプラスはバッテリーを食うが、なかなか有用だぜ。
「その力、貴様が思うよりもとんでもないものかもしれんぞ」
面白そうに、黒貴族は笑っていた。




