第四十二話 享楽の都
聖王国から馬車に乗って、街道を走る事一週間。
見えてくるのが都市国家ラスベリアである。”享楽都市”なんていうろくでもない俗称がつけられており、多分この異世界ガーデンでもとびきりいかがわしい国である。
人間だけでなく、悪魔までもこの国を利用しており、先月俺がこの世界に来たばかりの頃、聖王国とラスベリアを繋げた会談が行われた。
俺はそこで黒貴族アスタロトと話す機会があり、コミュ障のあまり会話をゆっくりアプリに頼った結果、奴を煽る結果になった。そしてダンジョンに放り込まれる羽目になり……。
ああ、ろくな印象が無いぞ、ラスベリアには!
一見すると、それは城壁が存在しないため、どこからがラスベリアなのかは分からなかった。
御者のラシムが言うには、最初の家が見えた時点でそこからがラスベリアなのだという。
賭博、闘技場、薬物、風俗産業。ガーデンに存在する、ありとあらゆる快楽と享楽を詰め込んだこの都は、表向きの顔は各国の裕福な旅人を受け入れる、遊園地。その本当の顔は、人身売買から合法、非合法な殺人まで横行し、悪魔を飼う人間までいるような、混沌の都である。
俺達はそんな恐ろしいところに来て、しかもこの国の顔役である、黒貴族ベルゼブブに、先日の聖王国で起きたダンタリオンによる事件の苦情を入れねばならない。
正気か。
俺達の戦闘力はゼロに限りなく近いぞ!
俺もアイナもニナもセレーネもクリスも、皆口数が少ない。
馬車の揺れが気持ち悪いというのではなく、ラスベリアが近づくほどに、緊張で気持ち悪くなってくるのだ。
「せ、セブン様、おなかが痛いです」
「胃がキリキリしますう……」
「旦那あ、空気が臭いよぅ」
「わ、私の知識ではラスベリアは大変危険で……」
うるさいぞ、そんなことァわかっとる。
第一何故俺は、こうしてホイホイ聖王女に顎で使われているんだろう。
良く考えればこの世界で根無し草の俺が、国家権力に従う理由など無いのでは無かろうか。
……と思って、俺自身が根無し草の暮らしで野垂れ死ぬ以外の結末が想像できない事に気づいて愕然。
そうか、俺はコミュ障だから自活できないや!
自活と言うのは、野山に入って一人で暮らすことではなく、人間社会の中で自分ひとりで生活を成立させる事である。そこには当然、生活するうえで必要な人との関わりが発生するし、仕事をしなければお金も無く、生きてはいけない。
野山で野人のように暮らせるのは凄まじいバイタリティと覚悟がいると俺は思っている。俺にはとてもできない。
それに、うちの子たちはほとんどが、聖王国にしがらみがある娘ばかりなので、俺がお国の命令を聞かなければ彼女達の家が立場が悪くなるのだ。どんな家だろうと、生家に迷惑が掛かって楽しい人間など少なかろう。
そう考えると俺には逃げ場など無かった。
既に雁字搦めだったのだ!
そうか、これが所帯を持つということなのかっ!!
うちには食べ盛りの子供もいるしな、と思いながらニナを見る。
「旦那、今なんか失礼な事考えただろ! いけ、ゴーラム!」
『ま”』
「うわああ!? ニナ、馬車の中でゴーラムをけしかけるんじゃなーい!? っていうかなんでアプリも使わずにゴーラムに命令できるんだ!」
俺がゴーラムにアイアンクロー(超手加減)を喰らってのた打ち回っている横で、女子達が集まってラスベリアでの動き方を相談している。
「とりあえず、ゴーラムちゃんがいるから大丈夫ですよね。よっぽど危険な事がなければ」
「そのよっぽどがありそうで怖いんですけどぉ……」
「ゴーラムさんの戦闘力を考えれば、人間による被害は無いと考えます。聖王女様が取った宿も、ラスベリアでは名高いハイルトンホテルですから、警備も万全かと。悪魔に襲われたらその時点で終わりなのはいつもと同じです」
「でもこの国って悪魔が平気で町を闊歩してるって話じゃん!」
ニナの言葉で、すっと女子達の空気が冷えた。
四人とも肩を落として、おなかを押さえている。あの日じゃなければ、みんな胃が痛いんだろう。
「帰りたい」
アイナがぽつっと漏らしたのは、恐らく俺も含めたここにいる人間の総意だっただろう。
「だめだぞ」
俺達を置いて聖王国へ帰還するラシムが冷徹に告げた。
ひどい。
ということで、俺達はラスベリアに降り立ったのである。
最初の家が見えてから、徐々に建物が増えていき、大きな建物が増えてきたあたりで大きな門があった。
ここから先が、本来のラスベリアと言う事なんだろうか。
非常に規模の大きなロータリーがあって、ここに馬車が止められて俺達を降ろした。
「なんだか、不思議な臭いがする街ですねえ」
アイナが鼻をこすって顔をしかめた。
確かに、街のあちこちにピンク色のもやがかかり、妙に薬臭かったり、煙かったりする。
ドラッグをやる人も非常に多いというから、そういう臭いなんだろうか。
ちなみに麻薬の類は、ガーデンでも流石にいい顔はされないらしい。
ラスベリアのみ、そういうものはオープンに扱われていて、道端でラリッてもいいらしいのだが、その代わりどんな目に遭っても文句言うなよ、という完全自己責任型社会なのだという。
俺がきょろきょろしながら歩くと、すぐ後ろにごちゃっと固まって女の子達がくっついてくる。
歩きにくい。
だが、不安なのは分かる。
団子になってメインストリートを歩く事になった。
一見した印象は、とても栄えている街だな、というものだった。
とにかく、活気がある。
流石に現代世界の東京なんかとは比べ物にならないが、大通りから細い路地まで、目を向ければ必ず人がいる。
無数の店が軒を連ねており、屋台だって多い。
屋台と店は競合しないように、出店地域を厳密に分けられているようだ。
途中の屋台で、芋虫みたいなのに衣を付けてカラッと油で揚げていたので人数分買った。
クリスとセレーネが嫌そうな顔をしたが、何だ、これってこの世界のメジャーなおやつなんじゃないのか?
ニナは嬉しそうに食べている。
なんと、この国では砂糖がある。
この揚げ物は砂糖が塗されているのだ。
すっかりこういう料理に慣れていた俺は、ニナとアイナと並んでイモフライ(俺命名)を齧った。
外はカリッと、中はジューシー。意外とみっしり詰まっていて食べ応えがある。
大きさはカブトムシの幼虫くらいと言うと分かってもらえるだろうか。
味わいは以外にも、トリモツのような感じで歯ごたえもあり、噛み締めると肉汁が出てくる。すごいぞ、きちんと絶食させて糞を出させてるんだ。臭みやえぐみがない。
もしかすると、飼料で与えているのが野菜や香草なのかもしれない。
観光地価格なのかそれなりの値段がしたが、満足である。
クリスとセレーネも、目をつぶって食べていた。
そうかー、こういうの苦手かー。ごめんなー。
そんな風に、ハイルトンホテルを目指して寄り道しながら歩いていると、
「おう、そこを行くのはセブンでは無いか! 我輩が奢ってやるぞ! 飯を食って行け!」
何だか見覚えのあるでかいおじさまが手を振っていた。
誰だろう。
「わああああ、肉だああああ」
ニナがゴーラムを抱っこしてダッシュしてしまった。
仕方ないので後を追う。
「うむ、お忍びで来たのはいいが、一人で飯を食うのは我輩には合わんな!」
ダークブラウンのスーツを着た大柄な紳士は、ダンディな髭を撫でている。
どこかで見た事あるんだよな、この人……。
「あわ、あわわわわわわ」
「ひえええええええ」
「あひいいいいいいい」
アイナとクリスとセレーネが腰を抜かして、おじさまの席の椅子にへたり込んでいる。
「え、知り合い?」
「く、黒貴族オリエンスです」
「えっ」
俺達はどういうわけか、オリエンスに奢られて飯を食う事になってしまったのである。




