第10話
次の日……
「はいはい、授業始めますよ」
1限のチャイムが鳴ると同時に、小柄なおじいちゃん先生が入って来た。
身長は160センチ足らず。
優しそうな雰囲気の先生だな。
でも二言目には、
「君たちにはこの一年で、開錠技術の基礎を学んでもらいます。大丈夫!心配しなくても1年後には、ダイヤル式の金庫破りが出来るようになりますから」
満面の笑みで、全く平和じゃない言葉が出てきた。
最早、教師のセリフではない。
ただ、中等部からの生徒もこんな(特殊な)授業は高等部で初めて受けるらしい。
中等部までは、普通の授業だったそう。
だから、生徒は興味津々で見つめている。
「スタート地点はみんな一緒。だから授業内容については心配しないでいいよ」
そうリンが教えてくれた。
「じゃあ早速始めましょう。質問です。目の前に錠の掛かったドアがあります。みなさんはどうやって開けますか?はい、そこのあなた!」
指名された男子生徒は、
「えっと。壊します」
「方法は?」
「ん……素手?」
さらっと言い切った。
素手でカギを壊すという選択肢があたしの中にはない。
「そこのあなたは?」
次に指名されたのは女の子。
彼女は笑顔で言い切る。
「ドアごと魔力で燃やします」
また荒っぽい回答!
先生は苦笑い。
「みなさんはここが何のための学校か覚えていますか?潜入は気づかれないことが絶対条件です。出来れば、侵入したことが発覚するのも遅い方がいいですね。よって、錠及び周囲の破壊は正しい行動とはいえません。ピッキングが一番よい方法だと思います」
そう言うと、先生は何かを配り始めた。
「1つ取ったら、後ろに回してください」
配られたものは……ダイヤル錠だ。
3桁の数字を暗証番号に揃えるタイプ。
「これは、ダイヤル式金庫を開ける技術の基礎になります。手の感覚を研ぎ澄ます訓練です。数字の所をゆっくりと回してみてください。正しい数字が印の所まで来た時だけ、感触が変わります。」
試しに百の位の数字を回してみる。
0からゆっくり一周回す……が手応えがない。
周りの生徒も同じ状況のよう。
ダイヤルをくるくる回しては、首を傾げている。
「最初は出来なくて当たり前ですよ」
そういった先生が手元の錠の数字をちょいっと弄ると、すぐに外れた。
「ポイントを押さえつつ、頑張っていきましょう」
あっという間の50分だった。
結果として開錠に成功したのは半分くらい。
あたしは当然出来なかった。
「どうだった?」
リンに聞いてみる。
「時間ギリギリだけど出来たよ。華音は?」
「全然ダメ。さっぱり分かんない」
そう言いながら、練習のためにそのまま貰えたダイヤル錠を手で弄った。
「あー、仕方がないよ。あたしも手の感触じゃなくて音で開錠したし」
「音?」
「うん、音。正しい数字の所だけ、ほんの少し音が違うんだ。ほら、うちネコだし。今日成功した人の多くは、獣だから」
種族の特性も授業に影響するんだ。
あたしの能力は何に使えるんだろう?
2限は国語だったので、普通の授業だった。
みんなの様子が気になって、先生が板書している隙に振り返ってみた。
真面目に板書を写す人、夢の中の人、何やら他ごとに夢中になっている人など、こういう点は普通の生徒と変わらないんだなぁ……と思う。
ぱっと視線が神白君とあった。
あたしはさっと前を向く。
彼がどんな表情をしていたか見る余裕なんてない。
そして3限の変装と潜入。
「チーッス」
今日も紺野先生はダルそうだ。
先生は、白いTシャツに、長ズボン、黒の上着というシンプルな格好。
「この授業で扱うのは、お前たちが最も身につけなきゃならない技術の1つだ。なぜ必要か。それは潜入のとき、特に内偵調査では別人になる必要があるからだ。内偵は命懸けの任務になる。ということで、死にたくなかったら心して受けるように」
と、ダルそうな口調で、物騒な話をした。
命懸け。
この言葉で、とんでもない世界に足を踏み入れたんだと感じた。
先生はふわぁ~と大きな欠伸をひとつすると
「じゃ、暫く俺の事をよく見ていろ」
と言い、次の瞬間……
先生はスーツ姿で黒髪ロングの女性になっていた。
20代後半のOL風。
顔は鼻がすっと通った美人。
生徒は見とれて声も出ない。
紺野先生は、
「……とまあ、妖狐だったらこうして簡単に化けることができるんだがな」
と女性の声で言った。
「他の種族じゃ、ムリだろう」
気付くと紺野先生は元のダルそうな姿に戻っている。
なんだか狐に化かされた気分。
実際にそうなんだけどね。
「という訳で、今度は術を使わずに別人になろうか」
紺野先生は、髪をかき分けつつ喋る。
「こうして、髪型を変えるだけでも印象はかわるものです」
あたしたちの目の前に立っているのはもう紺野先生ではない。
いかにも礼儀正しそうな青年。
「喋り方も重要かなぁ?声のトーンも関わってくると思うよ」
一瞬でチャラそうな大学生になった。
「視線にも気を付けた方がいい」
途端に怪しい雰囲気のイケメンに変わる。
「癖をつけると、よりリアルになると思います、はい」
落ち着きのない小心者の若者がおどおどしている。
「と、いうわけだ。術なし、道具なしでもここまで変われる」
いつの間にか元のダルそうな先生が目の前にいる。
「じゃあ、やるか」
紺野先生、実はすごい人だったんだ。
驚いているのは、あたしだけじゃないだろう……多分。




