第13話「聖騎士と魔族将軍、サウナで友情を育む件」
夢幻都市に温泉施設が完成したのは、最初の大量来訪から五日後のことだった。
「露天風呂と、サウナと、休憩室か」
ゼルが設計図を眺めながら言った。
「温泉がいいって言ったのはゼルだろ」
「露天風呂は頼んだ覚えがない」
「おまけだよ。せっかくだから」
「サウナというのは何だ」
「高温の部屋に入って、汗をかいて、水に飛び込んで——を繰り返す入浴法。頭が真っ白になるくらい気持ちいいやつ」
「頭が真っ白に?」
「前世の日本人の八割くらいは好きだったと思う」
「前世の話を出されても確認のしようがないな」
「とりあえず入ってみて。絶対気に入る」
ゼルが半信半疑の顔をした。
完成した温泉施設は、石造りの重厚な外観と、内側の木の温かみが共存する空間に仕上がった。
大浴場。露天風呂。そして…サウナ棟。
「では、試してみます」
一番乗りで来たのは、二日前に来訪した聖騎士のロックだった。大柄な体を豪快に洗い、露天風呂にどっぷりと浸かって、「極楽だな!」と声を上げた。
二番目に来たのは、アバター体を使った、やや細身の男だった。
見た目は二十代前半。黒い髪に、少し吊り上がった目。雰囲気はどこか静かで鋭い。
俺は温泉施設の受付で簡単な案内をしながら、その男を見た。
魔族の将軍クラスの魔力波長。リラがそう言っていた人物だ。
「どうぞ、ゆっくりしていってください」
「この施設は、全て夢で作ったものか?」
「そうです」
「驚いた」と男は短く言って、中に入っていった。
しばらくして。
サウナ棟の中で、ロックと、その細身の男が並んで座っていた。
俺はサウナ棟の外の廊下で別の作業をしながら、扉越しに二人の会話が聞こえてきた。
「はじめてだったか、サウナ?」
ロックの声。
「ああ。こんなものがあるとは知らなかった」
細身の男の声。
「俺もだ。マスターに勧められてな。最初は意味がわからなかったが、慣れると手放せん」
「……確かに。頭が空になる」
「そうだろう! 俺は毎晩来てる。職業柄、頭がうるさくなりがちでな」
「職業柄、か」
「言える範囲で言うと、多くの人間に判断を求められる立場だ。疲れる」
「……同じだ」
しばらく沈黙が続いた後、細身の男が言った。
「おまえの名は?」
「ロック。ここでは本名でいい。おまえは?」
「ヴォル、とだけ」
「ヴォル。いい名だな。何をしてる人間だ?」
「人間…まあ、そういうことにしておこう。多くのものを束ねる立場だ」
「なんだ、似たようなものだな」
ロックが豪快に笑った。
「では飯仲間になれるな。ここの料理、食ったか? 絶品だぞ」
「まだ食っていない」
「それは損だ! 今夜は俺と一緒に食いに行こう。マスターのラーメンは…」
「ラーメン?」
「麺料理だ。とにかく食ってみろ。話はそれからだ」
「わかった」
サウナから出る音がして、二人の会話が遠のいた。
俺は廊下で、小さく吹き出した。
聖騎士と魔族の将軍が、サウナで意気投合している。
前世のゲームの中そのものだ。
現実では殺し合いをしているのに、夢の中では一緒にサウナに入っている。
この光景を見ているだけで——俺はすでに、十分に満足だった。
▽ ▽ ▽
その夜の喫茶店。
ロックと「ヴォル」と名乗った男が、並んでラーメンを食べていた。
「うまい」
ヴォルが一口食べて、静かに言った。
「だろう!」
ロックが得意げに頷いた。「俺は最初に食ったとき、こんな料理が世界に存在するとは思わなかった」
「スープが……複雑だ。いくつの素材が使われている?」
「知らんが、マスターに聞いてみろ」
ヴォルが俺を見た。
「このスープは?」
「出汁ベースに、七種類のスパイスを加えてる。あとは企業秘密」
「企業秘密?」
「料理人の秘密ってこと」
ヴォルが少し考えた後、頷いた。「わかった。教えなくていい」
「でも美味しかった?」
「……ああ」
素直に答える姿が、なんとなくゼルに似ていると思った。
俺はそれをあえて口にせずに、おかわりのコーヒーを準備した。
ロックが「ヴォル、こいつは飲んだか? コーヒーというやつで——」と説明を始めて、ヴォルが無言で聞いている。
シルが窓際の席からその様子をちらちら見て、微笑んでいる。
ゼルはカウンターで二人を一瞥して、素知らぬ顔でコーヒーを飲んでいる。
リラが精霊回廊から帰ってきて、静かに端のテーブルに座った。
「今日は賑やかですね」
「これが普通になってきた」
「よいことです」
俺は頷いて、次の注文を取りに行った。
▽ ▽ ▽
翌日・現実世界
「——ロック副団長! 本日の魔力測定結果を——」
「見た。また上がってるな」
ロック・バルディアス——聖騎士団第七師団副団長——は、報告書を流し見しながら言った。
「は、はい。連日の上昇が続いており、本日は先週比で二倍以上に——いったい何をされているんですか?」
「良質な睡眠だ」
「睡眠で?」
「文句あるか? 数値は上がってる。体は動く。それでいいだろ」
部下が口を開けた。
ロックは鼻歌を歌いながら訓練場に向かった。
体が、信じられないほど動く。
昨日よりも今日の方が、確実に強い。
「今夜もあの店に行こう」
ロックは青空を見上げながら、にやりと笑った。
▽ ▽ ▽
同日・魔族領某所
「ヴォーガル将軍! 起床からすでに四時間が経過しましたが、本日は訓練をされないのですか?」
「今からする」
ヴォーガル・クロスは、魔族軍の中でも屈指の猛将として知られていた。
しかし今朝は、珍しく机に向かって何かを書いていた。
「何をされているんですか?」
「食べた料理のメモだ」
「食べた料理の??」
「昨夜夢の中で食ったラーメンというやつのレシピを思い出せる範囲で書いている。あの複雑なスープの構成が、どうしても気になる」
部下が完全に思考停止した。
ヴォーガルはメモを書き終えて立ち上がった。
「訓練を始める。ついてこい」
「は、はい! でも将軍、昨日から魔力が突然倍増したとの報告が…」
「知っている。良質な睡眠の効果だ」
「睡眠で?魔力が倍に?!」
「細かいことを気にするな。それより今日の訓練のメニューを…」
「あっあの将軍! 昨夜、何か夢を見られたんですか?」
ヴォーガルが少し足を止めた。
「夢の話は、しない」
「は?」
「しない、と言った。行くぞ」
ヴォーガルは足早に訓練場に向かいながら、ほんの少し口の端を上げた。
今夜もあの店に行く。
ロックとかいう大柄の男と、次はサウナではなく「カレー」というやつを食べると約束した。
「カレー、か」
呟いて、ヴォーガルは空を見上げた。




