16
「うん!」
取り柄もない無だと思っていた自分が、必要とされ、感謝の言葉を受ける。
その言葉は生まれてきたなかで一番嬉しかった。
「…と、これ以上話してると野宿になっちまうな」
取り繕った様子で視線を外し、会話を切り替える。
名残惜しさをいつまでも感じているままでは、いつまで経っても足は動かない。
「やっぱり…行っちゃうんだよね…」
「ああ。もう少しのんびりしていたかったんだが、生憎仕事が入ったようなモンでな」
影を落としたような沈んだ表情を浮かべ、明らかな落胆という二文字が、垂れ下がった肩から伺えた。
そんな顔はやはり見たくないのか、アシェスは目蓋を降ろし、視線を遮断した。
「世話になった。お前も頑張…れよ」
アシェスはゆっくりと背を向けて、関所の方角へと歩を進める。
しかし、ぴたり、と一旦足を止め、首だけを捻るようにして背後を向く。
俯いて沈んだ佇まいを映すスフィアを横目に、アシェス思い出したようにズボンのポケットに手を突っ込む。
その中にはひんやりとした小さな塊があった。
それを掴む。
「そうそう、スフィア。これやるよ」
「…え?」
呼ばれたことで我に返ったような惚けた顔を見せるスフィア。
アシェスは手の中にあった物を、そんな彼女に向けて投げ放った。
小さな金属の欠片が宙を舞い、スフィアの手のひらに納まった。
「え…これ…」
受け取ったのは海の色を放つブローチだった。
想定外の出来事だったのか、慌てふためいた様子でアシェスとブローチを交互に見ている。
そんなスフィアに一言、
「心配すんな、もう呪いなんざ掛かっちゃいねぇからよ」
と、くだらない冗談を含めたことを言った。
「えぇっ!のののの…呪いって…?うひゃぁ~!」
真に受けたのか、噛んだような言葉を発しながら驚く彼女の姿を眺め、アシェスはおかしくて笑った。
「はははっ。またな、スフィア」
片手を大きく天に向けて掲げ、何度も振った。
スフィアはゆっくりと離れてゆく背中を眺めながら、優しげに満ちた表情を浮かべ言葉を返す。
「うん…また…ね!」
もう泣くことはない。
スフィアはその大きな背中が見えなくなるまで、その場でずっと見つめていた。




