こうなったきっかけ
寒い
戸締りの確認を終え、薄手のパジャマを着て、冷たい廊下を裸足で歩く。
部屋の扉を空け、窓のカーテンを閉めた。
聖の部屋は年頃の少年にしては物が少なく、ベッドに本棚、机など必要最低限の物しか置いていない。
ゲームやサッカーボールなど無い、殺風景な部屋。
ただ一つ、机に置かれた写真立てがあったがその写真立ては伏せられており、中におさめられた写真は見えない。
聖はその伏せられた写真立てを見つめ、手を伸ばし、それを立てようと少し動かしたが、途中で止まり、あと少し動かせば写真が見える状態で止まっている。
しかし、聖は写真を見ることなく、再びそれを伏せて置いた。
小さな体を布団の中へ滑り込ませ、ゆっくり目を閉じる。
何枚も毛布を重ねたというのに、少しも暖かく感じなかった。
体が、心が、冷えきっていた。
チリン
意識が沈んでいく直前、鈴の音が聞こえたのような気がした
ふと、目が覚め、朝なのかと思って窓を見たが、外はまだ暗い。
時計も確認すると、針はまだ2時を指している。
普段ならこんな時間に目を覚ますことはないのだが、妙にはっきり目が覚めてしまったのだ。
もう一度寝なおそうと寝返りをうつと、目の前に見覚えのない赤い袋が置いてあった。
「え…?」
その赤い袋には緑のリボンが結ばれている。
起き上がってその袋を手に取った。
こんな物を置いた覚えは全くない。
寝る前にだって無かった。
まさか、
と思って頭をよぎった、あの寒い部屋のなかで、沈黙のまま座り込んでいた女性。
しかし、聖はすぐにあり得ないと首を振った。
今日は帰らないと言っていた
そもそもプレゼントなんてあの日から一度も
では、一体だれが?
すると窓の外からチリンと音がしたような気がして、驚き慌てて窓の方へ駆け寄り、カーテンを思いっきり空ける。
誰も居なかった
けれど、聖は驚いたように目を見開き、あるものから目を離さない。
マンション7階のベランダ。
そこにあるはずのないものがあった。
ベランダに積もった雪の上
足跡と、ソリの様な物が通った跡
聖は窓を空け、穏やかに雪が降る夜空を見上げた。
チリン
雪が降る夜空を駆けていく、赤いソリ。
それに乗るのは、暖かそうな赤い服をきて、真っ白な髭が生えた、眉毛も真っ白な老人。
一人町を歩く聖を見つけた、あの老人だった。
「泣かないで、いとしい子達」
冷たく寒い世界で生きる、こどもたちへ
「わたしには、君達の闇を取り除く事は出来ない。冷たく凍った氷を全て溶かすことはできない」
理解する事さえ、できないのかもしれない
「嫌いだと思ってくれて構わない、偽善だと言ってくれて構わない」
後はもう
「わたし一人にできることはこれだけなんだ。たったこれだけだ」
祈る、ことしか
「けれどそれでも、たったこれだけでも、君達が、」
でも、本心だから
心から思っているから
「今日だけでも、笑ってくれるなら」
どうか
「わたしは何処にでも行くよ」
笑って、
聖は抱えていた袋のリボンを解く。
リボンを落とさないように手に巻いて、恐る恐る袋を空ける。
中にあったのは、白いマフラーと白い手袋
そして、一枚のカード
『メリークリスマス、いとしい子 そしてどうか、諦めないで』
袋の中からマフラーと手袋を取り出し、首に巻き、手にはめる。
薄手のパジャマにマフラーと手袋。
変な格好をした自分に、聖が小さく吹いた。
寒い
寒かった、日
「…あったかい…」
笑って、いとしい子
わらって、
机に置かれていた写真立ては、ちゃんと立てられ、そこには優しい顔で笑う男女と
その真ん中で、満面の笑顔で笑う小さな少年が写っていた。
そして写真立ての前に、もう一つのカードが
『手を伸ばすことを諦めないで、この世に変わらないものは無いんだよ』
小さく微笑みながら空を見上げる聖が、それに気付くのは、もう少し後のこと
偽善過ぎ、夢見過ぎ、分かってます。
それでもわたしが思うサンタクロース。
本物は、孤独な子の所に来てくれる。




