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種馬ズ  作者: 雪だるま
おまけ編

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54 カウントダウンライブ

大晦日、二十三時四十分。巨大アリーナの中は、もう冬の寒さなどどこにも残っていなかった。天井近くまで埋まった客席、ステージを囲むように揺れるペンライト、巨大モニターに映る【種馬ズ COUNTDOWN LIVE】の文字。外では除夜の鐘が近づいている時間だというのに、会場内だけは夏フェスみたいな熱気だった。


年末特番地獄をどうにか生き延びた種馬ズ四人は、そのまま年越しライブへ放り込まれていた。スタッフたちは「今年最後の大仕事です!」と笑顔で言ったが、四人からすれば今年最後どころか来年最初まで働かされる地獄である。


ステージ裏、黒崎は椅子に座り、静かに水を飲んでいた。目元には疲労が残っているが、衣装は完璧に整っている。神谷は壁際で目を閉じていた。寝ているようにも見えるが、おそらくただ省エネしているだけである。ハルはバナナを食べながら「年越しって何食べるんだっけ?」とスタッフに聞いていた。そしてレイは、床に転がっていた。


「のだぁ……吾輩はもう今年を越せないかもしれないのだぁ……」


田村が無言でレイの足を軽く蹴った。


「起きろ。あと五分」


「のだぁ……五分後に年越しなのだぁ?」


「ライブ開始だ」


「まだ働くのだぁ……?」


「働く」


「人類は残酷なのだぁ……」


そう言いながらも、レイはゆっくり起き上がった。白と金を基調にした年越し仕様の衣装。肩には馬蹄型の飾り、胸元には細いリボン、背中にはなぜか小さく【放牧中】と刺繍されている。本人はさっきまで文句を言っていたくせに、鏡を見ると少しだけニヤッとした。


「のだっ♡」


田村はその顔を見てため息をついた。


「お前、ステージ出たら元気になるんだよな」


「飼い主の前では可愛い吾輩でいる義務があるのだぁ♡」


「その義務だけは果たすのか」


「あと餌代を徴収する義務もあるのだぁ♡」


「それはない」


その時、客席から地鳴りみたいな歓声が聞こえてきた。開演前映像が始まったのだ。巨大モニターに、今年の種馬ズの軌跡が映る。ドームツアー、ドラマ、映画、競馬CM、音楽番組、レイの意味不明な発言、黒崎の謝罪、神谷の無言、ハルの笑顔。笑いと歓声が混じって会場が揺れる。


黒崎が静かに立ち上がった。


「行くか」


神谷も目を開ける。


「……うん」


ハルはバナナの皮をスタッフに渡しながら笑った。


「年越しライブ楽しみ!」


レイは両手を上げた。


「のだぁ!!飼い主たちから今年最後の餌代を回収するのだぁ!!」


「言い方」


黒崎が苦笑する。だがもう止めない。これも種馬ズの文化になってしまった。


二十三時四十五分。暗転。


会場が一瞬、静まり返った。次の瞬間、馬の蹄のような重低音が響き、ステージ中央から炎が上がる。巨大モニターにカウントが表示される。


【10】


【9】


【8】


まだ年越しではない。ライブ開始のカウントだ。それでも飼い主たちは全力で叫んだ。


【3】


【2】


【1】


爆音。照明。歓声。種馬ズ四人がセンターステージに現れた瞬間、アリーナは崩壊した。


「キャアアアアアアアア!!」


「レイーーー!!」


「黒崎くーーん!!」


「神谷ーーー!!」


「ハルーーー!!」


レイは最初から全開だった。さっきまで床に転がっていた男とは思えない勢いで花道を走り、マイクを握りしめて叫ぶ。


「飼い主たちぃいいい!!」


歓声がさらに大きくなる。


「今年最後まで吾輩たちを養う準備はできてますのだぁ!?」


「できてるーーー!!」


「よろしいのだぁ♡」


一曲目は『勝ち馬が憎い』だった。年越しライブの一曲目に振られた男の恨み節を持ってくるのが種馬ズである。だがイントロが流れた瞬間、会場の温度が上がった。


黒崎の低い歌い出しに歓声が乗り、神谷の静かなパートでペンライトの揺れが少し落ち着き、ハルが笑顔で「幸せになってねなんて、まだ言えるほど大人じゃない」と歌うと客席から悲鳴が上がる。そしてレイのパート。


「のだぁ〜〜♩勝ち馬ばっか選びやがってぇ〜〜♩」


五万人規模の会場で、情けない男の感情が大合唱される。普通ならおかしい。だが種馬ズなら成立する。レイは汗を飛ばしながら叫んだ。


「吾輩の三年返せなのだぁ〜〜♩」


客席から笑いと悲鳴が同時に上がった。


続く『愛しの人参』では空気が一変した。タイトルはふざけているのに、曲は貧しいカップルの生活感あるラブソング。黒崎が穏やかに歌い、神谷が静かに目線を落とし、ハルが優しく笑い、レイが少しだけ真面目な顔で歌う。


「高い指輪はないけれどぉ〜〜♩君の好きな人参くらいぃ〜〜♩毎日ちゃんと買うのだぁ〜〜♩」


客席の一部では普通に泣いている飼い主もいた。笑いに来たはずなのに泣かされる。かっこいいと思ったら餌代を要求される。感動した直後に台無しにされる。それが種馬ズだった。


二十三時五十五分。カウントダウン前のMC。


四人はメインステージへ戻り、汗だくのまま客席を見渡した。黒崎が最初にマイクを持つ。


「今日は来てくれて本当にありがとうございます。今年は、正直言って自分たちでも追いつけないくらい色々ありました。ドームも、ドラマも、映画も、曲も……全部、応援してくれたみんなのおかげです」


客席が温かい拍手に包まれる。


神谷が少しだけ前へ出た。


「……今年、たくさん見てもらえて嬉しかったです。来年も、無理しない範囲で見てください」


「無理するーーー!!」


客席から叫び声が飛ぶ。神谷は少し困ったように笑った。


ハルは両手を振った。


「今年ほんと楽しかった!でも忙しかった!来年はみんなもちゃんと寝てね!」


「ハルも寝てーーー!!」


「寝るーーー!!」


会場が笑う。


そして最後にレイが前へ出た。巨大モニターに、汗で少し乱れた髪と妙に綺麗な顔が映る。会場の悲鳴が大きくなる。


「のだぁ……」


レイは少しだけ目を細めた。


「今年はぁ、吾輩たちめちゃくちゃ働いたのだぁ」


歓声。


「ドラマも映画もライブも番宣も雑誌もCMもぉ、なんかもう途中から日付が分からなかったのだぁ」


笑い。


「でもぉ……」


レイは会場をゆっくり見渡した。


「こうやって飼い主たちが集まってくれるとぉ、まあ働いてもいいかなって少し思うのだぁ」


歓声が爆発した。


黒崎が横で小さく笑う。神谷は静かに客席を見ている。ハルはもう目が潤んでいた。


レイは少し照れたように鼻を鳴らした。


「だからぁ……」


そして次の瞬間、いつもの顔になった。


「飼い主たちぃい!!吾輩たちに来年も餌代を払うのだぁ♡」


会場が揺れた。


「払うーーー!!」


「養うーーー!!」


「レイーーー!!」


黒崎が思わず笑いながら言う。


「最後までそれかよ」


「大事なのだぁ♡」


二十三時五十九分。巨大モニターに本当のカウントダウンが映る。


【60】


客席全体がざわめく。ペンライトが一斉に上がる。四人はステージ中央で並んだ。黒崎が左、神谷が静かにその隣、ハルが落ち着きなく手を振り、レイが中央で胸を張る。


【30】


会場全体が声を合わせる。


「さんじゅう!」


「にじゅうきゅう!」


「にじゅうはち!」


レイがニヤニヤしながら黒崎を見る。


「黒崎ぃ、来年も謝罪よろしくなのだぁ♡」


「嫌だよ」


神谷に向かって言う。


「神谷ぃ、来年はもっと喋るのだぁ♡」


「……努力します」


ハルに向かって言う。


「ハルぅ、来年も肉いっぱい食うのだぁ♡」


「食べるー!」


【10】


会場の声がさらに大きくなる。


「じゅう!」


「きゅう!」


「はち!」


レイはマイクを握りしめた。


「飼い主たちぃ!!」


【3】


「来年もぉ!!」


【2】


「吾輩たちはぁ!!」


【1】


「可愛いのだぁあああ!!!」


年明け。


爆音。銀テープ。花火。歓声。巨大モニターに【HAPPY NEW YEAR】の文字が浮かび、会場全体が叫んだ。


「あけましておめでとうーーー!!」


レイは銀テープを浴びながら両手を広げた。


「あけおめなのだぁあああ!!今年も吾輩たちを養うのだぁあああ!!」


黒崎がすぐ横で頭を下げる。


「今年もよろしくお願いします!」


神谷も小さく会釈する。


「……よろしくお願いします」


ハルはぴょんぴょん跳ねている。


「あけましておめでとーーー!!」


そのまま新年一曲目。『種馬も辛い』。


年明け最初の曲が「今夜は寝かせて」から始まるのはどう考えてもおかしい。だが、年末特番地獄を越えてきた種馬ズには妙に合っていた。会場中が笑いながら歌う。


「種馬も辛いのだぁ〜〜♩今夜は寝かせてなのだぁ〜〜♩」


レイは歌いながら、本当に少しだけ笑っていた。


今年もどうせ忙しい。


上層部はまた続編を増やす。映画化も来る。スピンオフも来る。スポンサー挨拶もある。番宣もある。ライブもある。グッズも増える。本人は嫌がるだろう。逃げたいと言うだろう。だが、この景色を見ると、結局ステージへ戻ってきてしまう。


曲が終わる頃、レイは息を切らしながらマイクを握った。


「のだぁ……」


会場が静かになる。


「今年もぉ……」


少しだけ間。


「働きたくないのだぁ……」


爆笑。


「でもぉ……」


レイは顔を上げた。


「飼い主たちが呼ぶならぁ、少しだけ働いてやるのだぁ♡」


悲鳴みたいな歓声。


黒崎は笑っていた。神谷も少しだけ口元を緩めている。ハルは「レイ君かっこいいー!」と普通に言っていた。


その後、ライブはさらに続いた。新年早々、四人は歌い、踊り、走り、煽り、笑い、また疲れ果てた。午前一時過ぎ、最後の挨拶を終えてステージ裏へ戻った時、四人はほぼ同時に崩れ落ちた。


「……疲れた」


黒崎が床に座り込む。


神谷は壁にもたれたまま目を閉じる。


ハルは「年越したねぇ……」と謎に感動している。


レイはソファへ倒れ込み、天井を見上げながら呟いた。


「のだぁ……」


田村が水を渡す。


「お疲れ。良かったぞ」


レイは水を飲んで、少しだけ黙った。


「……楽しかったのだぁ」


珍しく素直だった。


田村が少し笑う。


「そうか」


しかし次の瞬間、レイはスマホを見て目を光らせた。


「のだっ!?カウントダウン限定グッズ、もう高騰してるのだぁ!!」


黒崎が目を閉じたまま言った。


「新年早々それか」


神谷も小さく呟く。


「……今年も変わらないね」


ハルは笑った。


「種馬ズっぽい!」


レイはソファの上でニヤニヤしていた。


「今年も市場が熱いのだぁ♡」


こうして、種馬ズの新しい一年は始まった。


歓声と銀テープと餌代と、相変わらず俗っぽいレイの笑い声と共に。

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