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種馬ズ  作者: 雪だるま
第一章

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4/57

4

種馬ズ全国ツアー『暴れ馬たちの夜』。


名前からして終わっている。


だが。


チケットは即完売。


物販列は地獄。


転売価格は高騰。


会場周辺には警備員が増員されていた。


そして今。


都内ライブハウス――本来なら800人規模の箱でしかなかった場所に、異常な熱気が渦巻いていた。


「キャアアアアア!!」


「レイーーー!!」


「種馬ズーーー!!」


「のだぁあああ!!」


観客も何故か叫んでいる。


ステージ裏。


レイは鏡を見ながら髪をいじっていた。


193cm。


スタイルが良い。


顔も良い。


だが今日の衣装はかなり酷かった。


ラメ入り白スーツ。


胸元ガバガバ。


無駄に薔薇。


しかも背中には金文字で『絶倫』。


「レイ」


「のだぁ?」


田村が死んだ目で言う。


「なんで背中に絶倫って書いてある」


「世界観なのだぁ!」


「何の?」


「種馬ズなのだぁ!」


「最低だな」


だがレイは聞いていなかった。


何故なら。


最近人気になったばかりの男特有の、

妙な万能感に満ち溢れていたからである。


「のだぁ……」


ステージの歓声を聞く。


「吾輩、スターなのだぁ……」


「調子乗るなよ」


「もう遅いのだぁ♡」


そして。


ステージ袖。


イントロが始まる。


ギター。


安っぽいシンセ。


妙に昭和臭いメロディ。


会場がどよめいた。


「きた!!」


「代表曲!!」


「うわあああ!!」


曲名――


『種馬も辛い』


何故そんなタイトルでGOサインが出たのかは誰も分からない。


しかも歌詞が妙に生々しい。


作詞したのは社長である。


酒を飲みながら三十分で書いた。


なのに何故か刺さる。


照明が落ちる。


スポットライト。


その中央へ。


レイがゆっくり歩いていく。


「キャアアアアア!!」


歓声。


ペンライト。


スマホ。


熱狂。


レイはマイクを持った。


そして。


妙に気だるそうな顔で歌い始めた。


「のだだぁ〜〜♩」


低い声。


意外と甘い。


少し掠れている。


「種馬も辛いのだぁ〜〜♩」


会場が揺れた。


「今夜は寝かせてなのだぁ〜〜♩」


「キャアアアアアア!!」


何故か大歓声。


歌詞は意味不明である。


完全に疲れた中高年夫婦の会話みたいな内容だった。


『お小遣い制は悲しいのだぁ〜〜♩』


『湿布を貼ってほしいのだぁ〜〜♩』


『愛とは腰痛との戦いなのだぁ〜〜♩』


しかも妙に哀愁がある。


バラード調。


謎に昭和歌謡っぽい。


ステージ中央でレイは切なそうに歌っていた。


「冷蔵庫にプリンがないのだぁ〜〜♩」


客席。


泣いてる女がいた。


「なんでぇ!?!?」


友人が困惑している。


「わかんない……でもなんか刺さる……!」


「どこが!?」


「疲れた感じがリアルでぇ……!」


レイはさらに歌う。


「妻が冷たいのだぁ〜〜♩」


「昨日も断られたのだぁ〜〜♩」


「でも家族サービス頑張るのだぁ〜〜♩」


会場、


大盛り上がり。


もう意味が分からない。


だが。


妙に共感性が高いのである。


種馬ズの他メンバーたちも後ろで踊っていた。


ただし振付がかなり酷い。


腰を押さえる動き。


湿布を貼る動き。


小遣いを数える動き。


完全に中年サラリーマーである。


なのに客は狂喜乱舞していた。


「レイーーー!!」


「働きすぎないでーーー!!」


「プリン買ってあげるーーー!!」


「のだぁあああ!!」


レイは汗だくだった。


だが。


今の彼は完全にライブに酔っていた。


「のだぁ……」


眩しいライト。


歓声。


自分を見つめる大量の視線。


数ヶ月前までは想像もできなかった光景。


だからか。


いつもより少しだけ、

歌声に感情が乗っていた。


「たまには褒めてほしいのだぁ〜〜♩」


「種馬も傷つくのだぁ〜〜♩」


客席から、


「かわいいーーーー!!」


という悲鳴。


レイは即調子に乗った。


「のだっ♡」


指ハート。


会場爆発。


「ギャアアアアア!!」


田村は袖で頭を抱えていた。


「なんでこれ売れてんだよ……」


スタッフも困惑していた。


「歌詞終わってますよね」


「終わってる」


「でも客めっちゃ盛り上がってません?」


「盛り上がってる」


「なんでです?」


「知らん……」


だが。


分かる人間もいた。


この曲。


バカみたいなタイトル。


意味不明な歌詞。


ふざけた世界観。


なのに。


“妙に生活感がある”。


そこが妙に刺さっていた。


夢を見せるタイプではない。


キラキラ王子様でもない。


むしろ疲れてる。


くたびれてる。


情けない。


だが妙に人間臭い。


そしてレイ本人も、

実はそういう空気を持っていた。


調子乗り。


小物。


俗っぽい。


金にうるさい。


だが変に隠さない。


だから妙にリアルなのだ。


曲が終盤に入る。


照明が赤く変わる。


レイがマイクを握りしめる。


そして。


最後のサビ。


「のだぁああああ!!!」


絶叫。


「愛とは我慢なのだぁあああ!!!」


「うおおおおおお!!!」


「湿布貼ってくれるだけで幸せなのだぁあああ!!!」


会場が揺れる。


なんなんだこのライブは。


そしてラスト。


静かに。


レイが呟く。


「……明日も仕事なのだぁ〜〜♩」


暗転。


数秒の静寂。


その後。


爆発みたいな歓声が起きた。


「レイーーーーー!!」


「種馬ズーーーー!!」


「最高ーーーー!!」


レイは息を切らしながら、

呆然と客席を見ていた。


ペンライトの海。


泣いてる客。


笑ってる客。


叫んでる客。


全部、自分たちを見ている。


「のだぁ……」


レイはぽつりと呟いた。


「……売れたのだぁ」


その声だけは。


少しだけ本当に実感が滲んでいた。

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