4
種馬ズ全国ツアー『暴れ馬たちの夜』。
名前からして終わっている。
だが。
チケットは即完売。
物販列は地獄。
転売価格は高騰。
会場周辺には警備員が増員されていた。
そして今。
都内ライブハウス――本来なら800人規模の箱でしかなかった場所に、異常な熱気が渦巻いていた。
「キャアアアアア!!」
「レイーーー!!」
「種馬ズーーー!!」
「のだぁあああ!!」
観客も何故か叫んでいる。
ステージ裏。
レイは鏡を見ながら髪をいじっていた。
193cm。
スタイルが良い。
顔も良い。
だが今日の衣装はかなり酷かった。
ラメ入り白スーツ。
胸元ガバガバ。
無駄に薔薇。
しかも背中には金文字で『絶倫』。
「レイ」
「のだぁ?」
田村が死んだ目で言う。
「なんで背中に絶倫って書いてある」
「世界観なのだぁ!」
「何の?」
「種馬ズなのだぁ!」
「最低だな」
だがレイは聞いていなかった。
何故なら。
最近人気になったばかりの男特有の、
妙な万能感に満ち溢れていたからである。
「のだぁ……」
ステージの歓声を聞く。
「吾輩、スターなのだぁ……」
「調子乗るなよ」
「もう遅いのだぁ♡」
そして。
ステージ袖。
イントロが始まる。
ギター。
安っぽいシンセ。
妙に昭和臭いメロディ。
会場がどよめいた。
「きた!!」
「代表曲!!」
「うわあああ!!」
曲名――
『種馬も辛い』
何故そんなタイトルでGOサインが出たのかは誰も分からない。
しかも歌詞が妙に生々しい。
作詞したのは社長である。
酒を飲みながら三十分で書いた。
なのに何故か刺さる。
照明が落ちる。
スポットライト。
その中央へ。
レイがゆっくり歩いていく。
「キャアアアアア!!」
歓声。
ペンライト。
スマホ。
熱狂。
レイはマイクを持った。
そして。
妙に気だるそうな顔で歌い始めた。
「のだだぁ〜〜♩」
低い声。
意外と甘い。
少し掠れている。
「種馬も辛いのだぁ〜〜♩」
会場が揺れた。
「今夜は寝かせてなのだぁ〜〜♩」
「キャアアアアアア!!」
何故か大歓声。
歌詞は意味不明である。
完全に疲れた中高年夫婦の会話みたいな内容だった。
『お小遣い制は悲しいのだぁ〜〜♩』
『湿布を貼ってほしいのだぁ〜〜♩』
『愛とは腰痛との戦いなのだぁ〜〜♩』
しかも妙に哀愁がある。
バラード調。
謎に昭和歌謡っぽい。
ステージ中央でレイは切なそうに歌っていた。
「冷蔵庫にプリンがないのだぁ〜〜♩」
客席。
泣いてる女がいた。
「なんでぇ!?!?」
友人が困惑している。
「わかんない……でもなんか刺さる……!」
「どこが!?」
「疲れた感じがリアルでぇ……!」
レイはさらに歌う。
「妻が冷たいのだぁ〜〜♩」
「昨日も断られたのだぁ〜〜♩」
「でも家族サービス頑張るのだぁ〜〜♩」
会場、
大盛り上がり。
もう意味が分からない。
だが。
妙に共感性が高いのである。
種馬ズの他メンバーたちも後ろで踊っていた。
ただし振付がかなり酷い。
腰を押さえる動き。
湿布を貼る動き。
小遣いを数える動き。
完全に中年サラリーマーである。
なのに客は狂喜乱舞していた。
「レイーーー!!」
「働きすぎないでーーー!!」
「プリン買ってあげるーーー!!」
「のだぁあああ!!」
レイは汗だくだった。
だが。
今の彼は完全にライブに酔っていた。
「のだぁ……」
眩しいライト。
歓声。
自分を見つめる大量の視線。
数ヶ月前までは想像もできなかった光景。
だからか。
いつもより少しだけ、
歌声に感情が乗っていた。
「たまには褒めてほしいのだぁ〜〜♩」
「種馬も傷つくのだぁ〜〜♩」
客席から、
「かわいいーーーー!!」
という悲鳴。
レイは即調子に乗った。
「のだっ♡」
指ハート。
会場爆発。
「ギャアアアアア!!」
田村は袖で頭を抱えていた。
「なんでこれ売れてんだよ……」
スタッフも困惑していた。
「歌詞終わってますよね」
「終わってる」
「でも客めっちゃ盛り上がってません?」
「盛り上がってる」
「なんでです?」
「知らん……」
だが。
分かる人間もいた。
この曲。
バカみたいなタイトル。
意味不明な歌詞。
ふざけた世界観。
なのに。
“妙に生活感がある”。
そこが妙に刺さっていた。
夢を見せるタイプではない。
キラキラ王子様でもない。
むしろ疲れてる。
くたびれてる。
情けない。
だが妙に人間臭い。
そしてレイ本人も、
実はそういう空気を持っていた。
調子乗り。
小物。
俗っぽい。
金にうるさい。
だが変に隠さない。
だから妙にリアルなのだ。
曲が終盤に入る。
照明が赤く変わる。
レイがマイクを握りしめる。
そして。
最後のサビ。
「のだぁああああ!!!」
絶叫。
「愛とは我慢なのだぁあああ!!!」
「うおおおおおお!!!」
「湿布貼ってくれるだけで幸せなのだぁあああ!!!」
会場が揺れる。
なんなんだこのライブは。
そしてラスト。
静かに。
レイが呟く。
「……明日も仕事なのだぁ〜〜♩」
暗転。
数秒の静寂。
その後。
爆発みたいな歓声が起きた。
「レイーーーーー!!」
「種馬ズーーーー!!」
「最高ーーーー!!」
レイは息を切らしながら、
呆然と客席を見ていた。
ペンライトの海。
泣いてる客。
笑ってる客。
叫んでる客。
全部、自分たちを見ている。
「のだぁ……」
レイはぽつりと呟いた。
「……売れたのだぁ」
その声だけは。
少しだけ本当に実感が滲んでいた。




