18 隠れ家②
「ねえ、リュシオン。もし私が家族に手紙を届けて欲しいって言ったら、可能?」
リュシオンのミスでこの世界に来ることになってしまった私だけど、このちょっとおとぼけな神様をもう恨んではいない。恨んではいないけれど、家族や友達と突然別れることになったことだけは、できることならどうにかしたいのだ。
もしも私が異世界で元気にしていることを知れば、少しは悲しみが薄れるのではないかと思うのだけれど。
「ごめんなさい。僕は、師匠の世界に介入できません。覗き見ることは許されていますが、そよ風ひとつ起こすこともできないんです」
なんとなくだけど、無理なような気はしていた。大切な人たちが泣いている姿が目に浮かぶけれど私は、軽く頭を左右に振っただけで諦めた。
「そっか」
「本当にごめんなさい」
「うん、わかった」
本当は、脅してでも手紙を届けさせたいと思っていた。だけど、不思議ともういいやと思えたのだ。
うん、もういいね。
お父さん、お母さん。おじいちゃんおばあちゃん、それと春。
今は悲しいだろうけれど、だけどまた立ち上がってね。立ち上がって、自分の人生を生きて。
頑張らなくていい、普通でいいの。
本当は笑って欲しいけど、でも悲しいままでもいいよ。
私を忘れて生きてなんて言わないよ。私のことを思い出して悲しくなったら泣いて、それでも生きてください。
生きてさえいれば、またいつか笑えると思うから。
「菫香さん……あの、僕……」
「大丈夫、もう謝らなくていいよ」
少しだけ、会ったことのないクラーラさんの気持ちがわかった気がした。残される方も悲しいけれど、残して去る方も悲しいね。
悲しいけれど、それが生きるってことなんだろうね。
「覗き見ることはできるからリュシオンは、マジパンのアニメが観られたんだ?」
「はい、そうです。僕には、家の壁とかは障害になりませんから。あちこちのご家庭のテレビをこっそり見させていただきました」
「そういうことかぁ」
「そういうことです」
リュシオンがどこかの家に忍び込んでいたのではなくて、よかったよ。いや、覗き見もよくない? でも、忍び込むよりはまだいいよね。もしかしたら、小さい私が見ていたテレビをリュシオンも見ていたかもしれないね。
「えっと、他に聞きたいこと……そうだ、リュシオン。神託料理って何」
これも聞きたいと思っていた、神託料理。昼間にユーゴさんが言ってたの、わかってるふりしたけど意味不明だったんだよね。
「僕が神託として教えたレシピで作られた料理、でしょうか」
「どういうこと?」
「菫香さん、せっかくだからカーペットの上に座りませんか」
「あ、そうだね」
床の上に向かい合って座っていたのをカーペットの上に移動した。手触りがいい、ふかふかなカーペットだ。靴を脱いでから上がると、すごく気持ちいい。
「いいね、寝転んだらすぐに寝ちゃいそう」
「じゃあ、こういうのも必要ですかね」
またもやリュシオンが指を振ると、何やら大きな物が二つ出現した。カーテンと同じギンガムチェックなそれは、もしかしたら。
「人をダメにするタイプのやつ!?」
「もちふわにしておきました」
「リュシオン、グッジョブ!」
さっそく座ったら、ふわぁっと体全体が包まれる。いい……寝そう……おやすみ……。
「いや、寝たらアカン」
「関西弁?」
「幼馴染のお母さんが関西人だったから、たまに出ちゃうのよ」
「なるほどです」
あー、でも本当に気持ちいい。この世界に来てから私、ずっと緊張してたもんなぁ。
「それで、何だったっけ?」
「神託料理ですよね」
「ああ、それそれ」
リュシオンもクッションに座って、二人してリラックスモードだ。クッションにめり込んでいる美少年、これはこれで眼福だね。
「師匠の世界……菫香さんが住んでいた世界ですけど、本当にすごいんですよ。知的生命体は人族しかいないし、超常の力……魔法とか超能力とかのことですが、それもないのに文明が発達するんです。最初はなかなか発展がなくて周りから馬鹿にされて笑われていたのに、いつの間にかすごい世界になっていたんですよ。僕も弟子入りした頃には、こんな師匠の下で大丈夫なのかと思ったものですけれど、本当にいつの間にかです。師匠の世界は管理者仲間の間でも、奇跡の世界と呼ばれています」
「へえ、よくわからないけど、そうなんだ」
「で、師匠の世界では新しい料理が次々と生み出されています。本当に次々と、です。もう出尽くしただろう、もうこれ以上はないだろうと思うのに、それでも生まれ続けている」
「まあ、確かにね。新しい料理なんて、別にめずらしくないよね」
「そう、そこなんです!」
「どこ?」
「菫香さんにとっては、新しい料理が生まれても驚くようなことではないでしょう? でも、僕の世界では違うんです。新しい料理なんて、ほとんど生まれない。全然生まれないわけではないのですけど、ほんの少しです。僕の世界は、知的生命体が誕生してそろそろ九千年ほど経ちますが……」
「九千年! え、実習で作った世界なんだよね?」
「はい、確かに実習で作りましたが、うまく運用できたらそのまま本稼働に移れるんですよ。知的生命体が発生してから一万年間、滅ぶことなく、ある程度の発展が見られたら合格で、僕は晴れて見習いを卒業できるんです」
「そういうシステムなんだ?」
「ですです」
びっくりして私は、クッションにめり込んでいた体を起こした。眠かったのに、目もばっちり覚めたよ。
「じゃあ、あと千年?」
「そうなんですよ、もう少しなんです」
いや、千年は少しじゃないと思うけど。
「そうだ、これも聞きたいと思ってたんだよね」
「何です?」
「どうしてあんなに色々な種族を作ったの? お師匠さんの世界みたいに人間だけにしておけば、さっき言ってたみたいな戦争も起こらなかったじゃないの」
「師匠の世界は、本当に奇跡なんですって。一種族しか知的生命体がいない世界なんて、普通はすぐに滅んじゃうんですよ」
「そうなの?」
「もっとも、菫香さんが言う通りに僕の世界は種族間の争いで一度滅びかけちゃったわけですから、一種族にしておいた方がよかったのかもしれないと今は思っています」
「難しいんだね」
私は単純に、色々な種族がいるから寿命の差が残酷だと思ったけれど、そんなに簡単な問題じゃないみたい。
「それで、話を戻しますけど、料理です」
「うん、料理ね」
「師匠の世界は、本当においしそうな料理が次々と生み出されていて、あんなにおいしそうなものなら食べてみたいじゃないですか」
「ん?」
「でも僕たち管理者は、捧げられたものしか口にできないんです。師匠は、自分の世界で管理者の存在を隠しているので、例え捧げられても食べるわけにはいかなくて」
「ちょっと待って、わからなくなってきた。リュシオンたちは、捧げられたものしか食べられないって、神社とかにお供えする、あれ?」
「ですです」
「お供えなんてしても消えないけど、それは師匠さんが食べないからだったの?」
「そうなんですよ、師匠は絶対に食べないんです」
「もし食べたら、消える?」
「はい、食べたらなくなりますね」
「そうだったんだ!」
いやぁ、これは本当にびっくりだよね。管理者の存在ってつまり、神様の存在ってことだよね。師匠さんが存在を隠しているから、あの世界では神様が勝手にたくさん生まれちゃったんだ。日本なんて、八百万の神様がいるなんて言われちゃってるよ。
「あ、わかったかも。リュシオンは、師匠さんの世界の料理を食べてみたいから、自分の世界で神託としてレシピを教えて、それで捧げてもらってるってこと?」
「ですです」
「ハンバーガーやピザ、クレープとか」
「おいしかったです」
「牛丼、豚丼、照り焼き丼にも心当たりが?」
「おいしいですよねぇ」
「ベネディクトさんは、知ってる?」
「彼は、いいエルフです」
「エルフなんだ……」
謎は全て解けた、照り焼き丼の謎だけど。
「じゃあ、実って何? あの、ラグビーボールみたいなやつ」
「料理を作るには、材料がいるじゃないですか。でも植物とか、一から育てたんじゃ時間がかかりますから、簡単に育てられるように実というものを創造しました」
「お米の実とか、コーヒーの実とか?」
「ですです」
「あれって、魔素を栄養にして育つんだよね」
「そうなんです、そういう風に作りました。どこででもいくらでも育てられたら食物連鎖が崩れて滅びに繋がりますからね」
「エシャールは、魔素が濃いから実が育つけど、他はそうじゃないの?」
「そうです。卵の実くらいならたいした魔素は必要ないのでどこででも育ちますが、魔素が多く必要な実は育たないです」
「卵も実なのか……」
「魔素が少ない土地では、普通の作物が育てられています」
「普通の作物もあるんだ?」
「ありますよ。エシャールだって、野菜なんかは普通に育てられていますし」
「そうだったんだ」
私は、ノエさんの工房の窓からコマドリ亭の畑をちょっと見ただけだもんね。普通に作物を育てているところも、できたら見に行きたいな。
「でもさ、リュシオン」
「何です?」
「そういうところだと思うよ」
「何が、そういうところなんですか?」
「リュシオンがレシピを教えてあげたり、実をくれたりするから料理が発展しないんだよ。この世界の人にとって、レシピは自分たちで開発するものではなくて、リュシオンから授かるものになっちゃってるんだよ」
カフェオレさえ驚かれる世界だよ、コーヒーとミルクを混ぜるだけなのに。チャレンジ精神っていうか、こんなことやってみたらどうなるかなーっていうのが足りない気がする。
それなのにレモンメレンゲパイなんて、作るのにすごく手間暇かかるものがある。私も作ったことがあるけどあれ、結構むずかしいんだよね。まず、パイ生地をおいしくサクサクに作るのが難しいし。
「だから、誰も創意工夫をしないんじゃない?」
何というか、この世界は発展の仕方がちぐはぐな気がする。それってつまり、リュシオンが手を加え過ぎてるってことなんじゃないのかな。
「え、そんな、まさか……」
「いや、そのまさかだって」
「そんなぁー」
リュシオンががっくりとうなだれてしまったので私は、立ち上がってその白い髪をよしよしと撫でた。この白い髪、すっごいフワフワだわ。いつだったか、友達が飼っていたペルシャ猫を撫でさせてもらったのを思い出す。
「リュシオンたちって、食べ物を食べる必要ってあるの?」
「ないですね」
「うん、そんな気はしてた!」
本気で落ち込んでいるリュシオンには悪いけれど私は、しょんぼりしているリュシオンも可愛いな、なんて思っていた。




