14 ノエの工房②
ビー玉サイズの魔力晶を一つだけだして、手のひらの上にのせてノエさんに見せた。昨日、六万円で買い取ってもらったのと同じやつだ。
「小さいのちまちま作ってたら、面倒になっちゃって」
「それで、それか」
「平気そうなら大きいのを作ってもいいって、言いましたよね」
「言ったな」
だって、五ミリサイズだと十個売っても三万円にしかならないんだよ。明日には、宿代の延長分を払わないとだし、食事代もそろそろ清算した方がいいと思うし。三日くらいずつ延長してもいいんだけど、リタかあさんも手間だろうから出来たら一気に十日分くらい延長したい。カフェオレのアイデア料を貰える予定だけど、いつになるのかわからないしね。
「めまいがしたり、吐き気がしたりもなかったんだな?」
「ないです」
「魔力、相当多いな」
「そうみたいですね」
ノエさんは立ち上がって、私からビー玉サイズの魔力晶を受け取った。
「在庫、ないんですよね?」
「ああ」
ビー玉サイズの魔力晶は、昨日と同じ六万円で買ってもらえた。さっきの三万円と足して、今日の稼ぎは九万円だ。一日で九万円って、ちょっとすごいよね。私一人の生活費なら十分だと思うけど、この世界って物の値段が高いしなー。
高いと言えば、昨日ノエさんが見せてくれた雷の腕輪は高かった。あれって多分、魔力塊で出来てるんだよね? もしかして、材料費が高いのかな。
「ノエさんは、雷の腕輪を持っているんですか?」
六枚の銀貨をマジカルバッグに入れながら、気になっていたことを聞いてみた。唐突な質問だったからか、ノエさんが不思議そうな顔をする。
「雷の腕輪? 持ってないぞ」
「でも昨日、あのグレーの髪の人がいきなり気絶したのって、雷の魔法じゃないんですか?」
昨日はわからなかったけれれど、何度か魔法を使ってみたから気づいたことがある。あれは、まるでスタンガンを押し当てられたような気絶の仕方だった。スタンガンってことは電流、ということは雷の魔法かなと思ったんだよね。
「雷の魔法は、合ってる。でも、腕輪は使ってない。直接、魔法を使ったんだ」
なんとなく、そんな気はしていた。ノエさんは、ハーフエルフだから人族より魔力が多い。魔力が多いから、発動時に魔力がたくさん必要な魔法でも魔力枯渇を心配せずに使える。魔道具に頼らなくても、雷の魔法が使えるんだね。
だったら多分、私にも出来る。雷だから、きっと呪文は……。
「サンダー」
親指と人差し指の間に、一瞬だけ弱い電流と念じながら呪文を唱えたら、バチバチッと、青紫の電流が走る。それとほぼ同時に、ノエさんが弾かれたように私の手を掴んだ。
「おまっ、大丈夫か!?」
「なんともないです」
「指、火傷してないのか」
「大丈夫ですって」
ノエさんは私の手首をつかんだままで、指に火傷がないか確認している。なんともないなと呟いてから、ようやく放してくれた。
「魔力晶といい、今の魔法といい、お前はちょっと無鉄砲だな」
「私、魔力が多いです」
「ああ、よくわかったよ」
「だから、そんなに心配しなくても大丈夫ですよ」
多分、私に魔道具は必要ない。コマドリ亭にあるような灯りの魔道具みたいな生活に必要な物は欲しいけど、戦いに使うようなのはきっと不要だ。
魔力無限大。
リュシオンがくれるって言うから気軽に貰っちゃったけど、とんでもない力だったかもしれない。
「お前には、雷の腕輪は必要なさそうだな」
私と同じことを思ったのか、ノエさんが呟くようにそう言った。
「やっぱり雷の腕輪って、こんなバチバチって感じなんですね」
「安いのは、そうだな。パチパチって言うより、バチって感じだけどな」
そっか、さっきの私の雷の魔法よりもうちょっと強力なんだね。ごく弱い電流って、念じたしね。
「高い腕輪になると、魔物の上に雷を落とせたりする」
「え、すごい」
「そんなの持っているのは、狩人か冒険者だけどな。あとは、街道を行き来する商人が護身用に持っているかだ」
「街中で使うなら安いのでいいっていう意味がわかりました」
暴漢の上に雷を落としたりしたら、きっと死んじゃうよね。スタンガン程度の威力でちょうどいいんだ。
「お前は、色々と知らなすぎる」
「山を下りたのは、生まれて初めてなんです」
「祖父と暮らしてたんだったか、ずっと二人暮らしだったのか?」
「そうです」
「親は?」
「知らなくて」
「おじいさんに聞いたこともないのか?」
「ないですね、親はいなくて当たり前だったので」
「まあ、物心ついた頃からそうなら、そうなるか。しかし……」
平気なふりして答えているけれど、実のところ冷や汗ダラダラである。リュシオーン、もっと細かい設定プリーズ。
おじいさんの名前は? 職業は、狩人でOK? アスカム山のどのあたりに住んでたの?
私がハーフエルフってことは、両親のどちらかがエルフでどちらかが人族ってことだけど、どっちがどっちさ。
あー、お願いノエさん、もうこれ以上は何も聞かないで。
「あ、そう言えば」
「何?」
「祖父は狩人だったのですけど、ユーゴさんが昔気質の狩人なんだなって言ってて、それってどういう意味なのかなーと、思ってて」
「それのどこが疑問なんだ?」
「昔気質の狩人と今時の狩人の違いがわかりません」
「そこからか」
「そこからです」
これ以上聞かれたくなかったら、こっちから質問した方がいいよね。少なくとも、私の心臓が穏やかになる。
ノエさんは、また作業用に椅子に座った。説明してくれるんだね、やっぱり優しい。
「昔の狩人っていうのは、山に住んで狩りをするのが普通だった。獣を狩る狩人や、薬草採取が専門の狩人、魔鉱石を採って来る狩人など、狩人にも色々いるが、大抵は山に小屋を建てて住んでいたんだ。だけど最近では、街や村に住んで、そこから山に入って狩りをする者が増えたんだ。いや、増えたというよりほとんどがそうなってるだろうな」
「家は街にあって、そこから山に行って狩りをするの?」
「そうだ」
「そっか、そういう違いなんだ」
「エシャールにも狩人は、たくさん住んでるぞ。魔鉱石狩人も多い」
「そうなんだー」
魔鉱石って、何ぞ……。
いや、いい。あとでマジカルディクショナリーで調べるよ。
「それよりお前、魔力が多いことをあまり人に言うなよ」
「狙われちゃったりしますか?」
「エシャールなら大丈夫だと思うが、用心するにに越したことはない」
「わかりました」
そういうの、物語の世界ではよくあるよね。何か特別な能力がある人とかを閉じ込めて、悪い人が私腹を肥やす的なやつ。
「腕輪、つけておいた方がいいかもな」
「腕輪って、雷の腕輪?」
「雷でも何でもいい、攻撃の魔道具を身に着けていた方がいい」
「でもさっき、私には必要ないって」
「腕輪をしているってだけで襲われにくくなるんだよ。お前は世間知らずで、あまりに危なっかしい」
「あ、そっか。腕輪をしていると、攻撃手段がありますよーって、悪い人がわかるってことか」
「そういうことだ」
ダミーでも防犯カメラをつけてたら空き巣に入られにくくなる的なやつだね。でも、そのために十五万もする雷の腕輪を買うのもどうなのかな。
「要は、雷の腕輪に見えればいいんだよな」
そう言うとノエさんは、壁際の棚から箱を一つ取って来てローテーブルに置いた。中に入っていたのは、色とりどりのガラスの欠片みたいなのだった。
「これ、ガラスですか?」
「魔砂から作られたガラスだ」
「まずな……」
って、何ぞ?
いや待て、これまでの経験から『ま』は、『魔』だと思う。『ずな』は、『砂』かな? ガラスって、砂から作られるんだよね。
ノエさんは、箱の中から鮮やかな紫色のを一つ取って立ち上がった。私が座っている長椅子から少し離れてから、手のひらの上にガラスの欠片をのせてうつむく。
「これって……」
部屋の中に漂っていた銀色のキラキラがノエさんを中心にして渦巻くように動き出した。いや、違う。ノエさんから吹き出しているんだ。
すごい、きれい。これって、ノエさんが魔法を使っているんだよね?
床に魔法陣が広がる。私の魔法陣は紫色だったけれど、ノエさんは銀色。魔法陣の色って、人それぞれに違うんだね。
「……シェイプ」
小さく呟かれた呪文は、『SHAPE』かな? 形作る、くらいの意味だよね。
呪文と共に、魔法陣の輝きが強くなる。同時に、渦巻く魔素の輝きも増す。なんてきれいなの……キラキラ、キラキラと、ノエさんの銀色の魔力。
「腕輪?」
輝きがおさまったあと、ノエさんの手のひらにのっていたのは紫色の輪だった。腕輪だよね、多分ガラスの腕輪。
「エルフ文字を刻んだ方が、らしく見えるか」
らしく見えるって、どういうことだろう?
ノエさんは作業机の上から何か銀色の棒みたいなものを取ると、立ったままで腕輪に何かを書き始めた。また銀色のキラキラの動きが速くなったから、魔力を使っているんだよね。
そういえば昨日、雷の腕輪を見せてもらった時に何か文字が刻んであるなと思ったんだった。エルフ文字は英語だから、雷ならやっぱり『THUNDER』なのかな?
「ほら」
そうして出来上がった腕輪をノエさんは、ほいって感じで私にくれた。紫色の透き通った、きれいな腕輪だ。刻まれた銀色の文字は、『PANSY』。
「これ……おいくらですか」
「こんなただのガラスで金は取らない」
「でも、魔力いっぱい使ってました」
「たいしたことない」
あれでたいしたことないの? ものすごくきれいだったのに。
「ただのガラスと言っても魔砂ガラスだから、普通のガラスより頑丈だぞ。簡単には割れないから、いつも着けてろ」
着けてろと言われたから、着けてみた。左の手首にガラスの硬質な冷たさを感じる。
もうどうでもいいんだけど、やっぱり紫色なんだね。多分、パンジーの瞳の色が紫だからなんだろうな。
「ありがとうございます」
「いや」
「何かお礼をさせてください」
「これからも魔力晶を売りに来てくれ」
「それだけでいいんですか?」
「ああ」
「ノエさん、格好いい」
「褒めても他には何も出ないからな」
「ゴマすりじゃないです、本心です」
「そういうことは、ユーゴに言ってやれ」
「ユーゴさん?」
確かにユーゴさんはさわやかイケメンだけど、どうして今ここで出てくるのかなと首を傾げた時、扉が開く音がした。お店の扉が開いた音だよね? お客さんかなと思ったけど、ドカドカという足音に続いてこの部屋の扉も開く。
「親方」
ノエさんが親方と呼んだその人は、びっくりするくらい背が低くて、びっくりするくらい横方向にがっしりした体型の人だった。ううん、人じゃないんだ。もしかして、ドワーフ?
「ノ……」
「の?」
「ノエが……」
「ノエさんが?」
「ノエが、女の子を連れ込んどるーーーっ!」
ゴルド親方の絶叫は多分、お店の外まで響いたと思う。




