13 ノエの工房①
昼食のあとは、ぶらぶらと街を見ながら歩いてコマドリ亭まで帰った。結構な距離を歩いたと思うけれど、交通機関が辻馬車しかないこの世界では、このくらいは歩いて当たり前なのかもしれない。
歩きながらユーゴさんが街について色々と説明してくれた。南門と北門を繋ぐ大きな道が南北大通りで、東門と西門を繋ぐ道が東西大通りというらしい。さっき乗ったのは、南北大通りを行ったり来たりしている辻馬車だそうな。東西大通りにも同じように辻馬車が走っているそうだ。
南北大通りと東西大通り、この二本の通りが交わるところがさっき妖精王の像があった中央広場で、中央広場付近と大通り沿いに商店が並んでいる。
私がこの街に入った時にくぐったのが西門だから、最初に歩いたあの道は東西大通りだ。ノエさんのお店やギルさんのお店は、東西大通り沿いってことだね。
大通りなら女の子が一人で歩いても危なくないそうだから、ぜひとも一人でぶらぶらしたいと思う。ナンパにだけは気をつけてと言われたよ、この世界にナンパって言葉があることにびっくりだ。
魔力晶を売りたいからと言って、ユーゴさんとはノエさんのお店の前で別れた。今日は本当にありがとうございましたとお礼を言ったらユーゴさんは、俺も楽しかったからまた行こうなと言ってくれた。
この優しさ、ユーゴさんクオリティ。
兵士の制服に着替えるため、一度コマドリ亭に帰るユーゴさんに手を振ってから私は、『マドウグ ゴルドノミセ』の扉を開けた。カウンターにノエさんの姿がなかったから、奥に向かってノエさーんと呼んでみる。
「パンジーか?」
「はい、パンジーです」
「悪い、手が離せないから奥まで来てくれ」
奥というのは、カウンターの向こうの扉の奥ということかな? 部外者なのに入っていいのかなと思うんだけど、来てくれって言われたんだからいいってことだよね。
「お邪魔します」
小さな声で断りを入れてから扉を開けると、そこは物置かと思うくらいに物があふれた部屋だった。決して狭くない、いや広いと言っていいだろう部屋なのに物が多すぎて狭く感じる。
入ってすぐ、右手に階段がある。二人並んでのぼれるくらいの幅がある階段だ。階段下には扉があるから、物置か何かになっているのかもしれない。
左手の壁は一面、棚になっていた。大小のビンや、さっき雑貨屋さんで見たような、だけどあんなにカラフルではない木の箱がびっしりと並んでいる。
その棚の前あたりに応接セットらしき長椅子とローテーブルがあるけど、物に埋もれているから本来の役目は果たしていなさそうだ。床の上にも物がたくさん置かれていて、いくつも山を築いていた。
「ノエさぁーん」
「待っててくれ」
部屋の一番奥、窓際に置かれた大きな机に向かって、ノエさんが何か作業をしていた。こちらには背を向けて、私が近づいて行っても振り向いてくれない。
多分、ここがユーゴさんが言っていたノエさんの工房なんだろうな。ということは、あの窓の向こうはコマドリ亭の庭なのかな。
待てと言われたから、黙って待つことにする。お仕事の邪魔をしちゃ悪いものね。
しかしこの部屋、置いてある物は全然違うけどなんだか、学校の体育用具倉庫を思い出す。窓から光が入るから決して暗くはないのに、物が多すぎて薄暗い気がするんだよね。物の影が多すぎて、というべきかな。
それに、空気中に何かが舞っているのも似ているよ。体育用具倉庫に舞っていたのは埃で、この部屋に舞っているのは、もしかして魔素なのかな? 銀色にキラキラ光っている、多分これが作業で漏れたノエさんの魔力なんだ。
カチッと小さな音がしたかと思うと、ノエさんが何かを掲げて見ていた。あれは、剣だね。そんなに長くないみたいだから、短剣とかかな。魔道具師が作る剣なら、もしかして魔剣とかだろうか。
「それって、魔剣なんですか?」
お仕事の邪魔をしてはいけないと思っていたのに、つい聞いてしまった。だけどちょうど終わったタイミングだったのかノエさんは、鞘に収めた剣を机に置いてからようやく振り向いてくれた。
「ああ、炎の魔剣だ。コマドリ亭に炎の剣が泊ってるだろ? 整備を頼まれたんだ」
『炎の剣』って、今朝コマドリ亭の食堂にいたあの冒険者パーティーだ。炎の剣が炎の魔剣を使うんだ、じゃなくて逆なのかも。炎の魔剣を使うから、パーティー名が炎の剣になったとか?
「お前が昨日持って来た魔力晶が早速、役に立った。あの大きさの在庫はなかったから、助かった」
「お役に立てたなら、よかったです」
【魔道具とは、魔力晶や魔力塊にためられた魔力を元に、少ない魔力で魔法を使うことができる道具である。
灯りの魔道具や、火や水の魔道具などの生活魔道具。武具としての魔道具、多くの物を収納することができるマジカルバッグなど。多種多様な物がある。】
『魔道具』って何と思いながらマジカルディクショナリーのページを開いたら、こんなことが書かれていた。それってつまり、誰でも簡単便利に魔法が使える道具ってことだよね。
【魔力塊とは、魔物が体内で自身の魔力を固めて作る魔力の塊である。強い魔物ほど大きくて強力な魔力塊を体内で作っており、弱い魔物の魔力塊はそれよりも劣るが、それでも魔力晶より強い魔力をためることができる。
魔力晶は、ためられた魔力を使いきれば消えるが、魔力塊は、魔物の中にある時は魔物自身から、外に出れば空気中の魔素から減った分の魔力を吸収して補う性質があり、それでも足りない場合は装着者から魔力を奪うので、魔力の少ない者が魔力塊の魔道具を装備するのはお勧めしない。】
魔道具の説明の中に出てきた『魔力塊』って何と思いながら次のページをめくったら、こんなことが書かれていた。異世界ものでよく出て来る魔石に似ている、あれも魔物を倒したらとれるんだよね。魔力をためたり、大きいものなら結界を張れたりで、ファンタジーの世界ではとても便利な代物だった。剣の柄に魔石が埋め込まれてるのもよくあるよね、あとは魔法使いの杖とか。
私が作った魔力晶を使ったってことは、あの魔剣は魔力塊の武具ではないのかな? うーん、よくわからない。
よくわからないけれどそれよりも、今はもっと気になっていることがある。
「ノエさん、その窓から外を見てもいいですか?」
「いいけど、どうしてだ?」
「コマドリ亭の庭が見えるかと思って」
「庭って言っても、ほぼ畑だぞ。前は、花が植えられてたんだけどな」
畑なんて見ても面白くないぞと言いつつもノエさんは、立ち上がって窓を開けてくれた。風が入ると、部屋の中をゆっくりと浮遊していたキラキラの動きが急に早くなる。
あー、『魔素』も調べておけばよかった。調べようと思っていたのに、忘れていたよ。魔力が空気中に放たれると魔素と呼ばれるという解釈で、合ってるのかな?
この世界に来て二日目だけど、バタバタするばかりでゆっくりと調べ物をする時間が取れてないんだよね。疲れて寝ちゃった、というのもあるし。
「あ、本当に畑だ」
ノエさんが開けてくれた窓から外を見ると、L字型のコマドリ亭の建物と表通りに面しているお店との間の空間には、まさに畑としか呼びようのない景色が広がっていた。今はまだ寒い季節なのに、そんなの関係ないとばかりに緑があふれている。
そして、緑の間に見えるアレが『実』なのだろうか。目の錯覚かなと思うほど大きい、ラグビーボールみたいな形の物がボコボコと実っているのはいいのだけれど、あの色は何だろう。茶色い実はいい、普通に実って感じする。緑や白もまだ許せるけど、あの赤いのとか青いのとか黄色いのとかは何の実なんだろう。あ、紫もある。あの黒いやつは、腐ってるわけじゃないんだよね?
「花が植えられてた頃にはあそこにベンチが置かれていて、泊り客がよく座ってたんだけどな。いつの間にか畑になってた」
「ノエさんの魔素のおかげで何を植えてもよく育つってユーゴさんが言ってましたよ」
「だろうな」
「魔道具を作ると、魔素が漏れるんですか?」
「魔道具の作り方、知らないのか?」
「知らないです」
「魔道具によって作り方は色々だが、素材に魔力を通して作る物が多い。その時に余分な魔力が漏れて、魔素になる」
「そうなんだ」
いや、よくはわかってないけど、なんとなくならわかる。つまり、ノエさんがこの窓際で魔力を使って魔道具を作っているから魔素がコマドリ亭の庭まで漏れて、その魔素を肥料替わりにして実がなるってことだね。つまり『実』は、魔素で育つってことだ。
「ノエさんの魔力は、多いんですか」
「かなり多いな」
「だったら魔力晶、自分で作れるんじゃ?」
「作れるし、必要な時には作るけど、出来たら魔道具作りのために魔力は温存しておきたい」
「そっか」
魔力が枯渇したら死ぬこともあるんだもんね、出来たら温存しておきたいというのは当たり前のことだ。
「ノエさんは、魔力枯渇で倒れたことがあるんですもんね」
「ユーゴに聞いたのか?」
「はい」
余計なこと言いやがってと呟くノエさんは、ちょっときまりが悪そうな顔をしていた。ノエさんってあまり表情が変わらないから、この顔はレアなのかも。
うん、今日も美人さんですね!
「二歳の時だからな、それに作った魔力晶も昨日パンジーが作って来たのよりずっとデカかったからな」
そう言ってノアさんが両手の指を使って作った円は、テニスボールより大きいくらいだった。りんごサイズかな? アップルデニッシュに使う紅玉りんごより大きい、ジョナゴールドくらいの大きさだ。
「その魔力晶、いくらで売れたんですか」
「売ってない、薬と交換してもらった」
「薬?」
「本当はエリクサーが欲しかったんだがさすがに手に入らなかったそうだから、エルフの秘薬と交換したんだ」
エリクサー、あるんだ!?
ファンタジーでお馴染みの万能薬だよね、腕が生えるシーンをアニメで見たことあるよ。エルフの秘薬とやらも気になるけど、エリクサーの方が気になる。この世界に実在してるのかな、ノエさんは手に入れられなかったみたいだけど。
「まあ、二歳だったから実はあまり覚えてないんだけどな」
「どなたかが病気だったんですか」
「おかみさんがな」
「おかみさん?」
「親方の奥さん」
そういえばこのお店って、『ゴルドノミセ』だった。まだゴルドさんに会ったことがないから、ノエさんのお店のような気になっていたよ。
そうか、ゴルドさんの奥さんのために二歳のノエさんは無茶をしたんだね。三日も意識が戻らなかったって言ってたよね。魔力って成長と共に増えるらしいから、いくらハーフエルフでも二歳ならそんなに魔力はなかったよね。きっとちびっこノエさんは、魔力を振り絞って魔力晶を作ったんだろうなぁ。
……絶対に可愛かったであろうちびっこノエさんを見たかったなんて思ってませんよ、ちょっとしか。
「それで、魔力晶は作って来たのか?」
おっと、話し込んじゃって肝心なことを忘れるところだった。魔力晶を売りに来たんだよ、お金の残りが少ないからね。
スカートのポケットから五ミリサイズの魔力晶を十個だしてノエさんに渡した。ギルさんのお店でブラックウォッチのパンツから着替えた時に、ちゃんとスカートのポケットに移しておいたのだ。
ノエさんは、ちょっと待ってろと言ってお店の方へ行ってしまった。でも、すぐに戻って来て銀貨を三枚くれた。
「一つ三千エン、十個で三万エンな」
「はい、ありがとうございます」
「礼を言うのはこちらだ、在庫がなかったから助かる」
「在庫、昨日はいっぱいあったみたいですけど」
五ミリサイズのは確か、駄菓子屋さんに置いてあるような大きなガラスのビンにたくさん入っていたよね。
「トマス商会が根こそぎ買って行った」
「トマス商会さんが?」
「ああ」
そういえば昨日、魔力晶は王都で売ったらエシャールで売る十倍の値段ってノエさんが言ってたね。つまりトマス商会さんは、この街で魔力晶を仕入れたってことかな。
「どうして王都だと、そんなに魔力晶が高いんですか?」
「そりゃあ、需要が供給を上回ってるからだろ」
「王都には、人が多いから魔力晶もたくさんいるってこと?」
「それもあるが……」
ノエさんが長椅子の上の物をどけて場所を作ってくれたので、座れという意味かなと思って腰掛けさせてもらった。ノエさん自身は、元々座っていた作業机の前の椅子を長椅子の方に向けてから座った。
「エシャールは、エルフの郷があるシステア山脈に近いせいで空気中の魔素が異常に濃い街ってことは知ってるな?」
「はい」
いや、知らんけど。この世界の常識っぽいから、ここでも知ってるふりをするよ。
「人族でも、魔素が濃いエシャールで生まれ育つと高い魔力を持つことになる。小さい魔力晶くらいなら子供でも作れるくらいにな」
子供が小遣い稼ぎに魔力晶を作って、売りに来るって言ってたね。
「ハーフエルフやクォーターエルフも住んでるし、エルフ村も近い」
エルフ村? エルフ村って、エルフの郷とは違うんだろうか。聞きたいけど、これも常識かもしれないからあとで調べることにしよう。
「エシャールは、魔力晶を作れるやつが多い。つまり、供給が需要を上回ってるんだ」
「そっか、だから安いんだ」
経済学なんて勉強したことないけれど、これくらいならわかる。野菜でも果物でも、豊作だと安くなるもんね。
「商人さんたちは、魔力晶を仕入れにエシャールに来るんですね」
「魔力晶だけじゃないけどな、このあたりでしか育たない実も多いし」
『実』が魔素を栄養に育つなら、魔素が濃いこのあたりでしか育たないというのも納得だ。ユーゴさんも言ってたね、お米は手に入りにくいって。お米の実……ものすごく違和感あるけど、お米は実で生るそうだからお米の実であってるんだろうな……は、エシャールなら育つみたいなことを言ってた。
「うちに売ってくれるのは助かるんだけど、魔力晶はトマス商会に直接売った方がパンジーは儲かるぞ」
「あー、なるほど」
「さっきの魔力晶、返そうか?」
「いえ、いいです」
「欲がないな」
「欲は、それなりにあるんですけどね」
でも、魔力晶ならいくらでも作れるしなー。あんな一瞬でボコボコ作れる物をそんなに高く買ってもらったら、何だか悪いことしてるような気がするよね。
「魔力晶は、ノエさんに売ります」
「それは、助かるが」
「なので、これも買ってください」
「お前、それ……」
そして、私がマジカルバッグから取り出したのは、ビー玉サイズの魔力晶だった。




