第39話 知風ノ殿
特別授業が始まって7日目、オレたちは未だに情報収集を行っていた。
途中、図書館だけでは限界を感じ、他に情報収集の手段が無いか考えた。
そこで至った結論は、『知風ノ殿』を攻略した実績を持つ上級生がいないか探した。
結論から言うと今の学園にはいなかった。
この間にも早々に挑戦する事を選択したクレハさん、カレンさん、エマさんのチーム、タキオンくん、グルドくん、リユウくんのチームは着々と進んでいる。
クレハさんたちは攻略に必要な祈祷文も既に幾つか見つけている。
ガイドくん、ダインくん、ミューラさんのチームも昨日からダンジョンに挑戦していた。
つまり、まだ挑戦していないのはオレたちだけだった。
完全に出遅れてしまった。
他のダンジョンに挑戦しているチームは全て何かしらの成果を挙げている。
出遅れた実感と焦りは、日に日に重くのしかかってきた。
そして、オレたちも今日から『知風ノ殿』へ挑戦することにした。
ダンジョンゲートを潜って中に入ると石版が行く手を阻んでいた。
この先に行くならこれを読んでから行けと言わんばかりに。
『∴Ka’rel voc-thar = yen’dal sa'hir. 』
「キューイ?キュイキュイ……?」
石版に書かれている文字を読もうとしたブランの頭がショートした。
ぱっと見は英語っぽいけど、全然違う。
どこからどこまでが一つの単語なのかすらわからない。
「石版は古代文字が刻まれているわね。シエル、読んでもらえる?」
「これかなり古い文字だよ。ちょっと読むのに時間もらうね」
「っ!?シエルが直ぐに読めない!?そんなに古いのね……」
頭がショートした子をなでなでするのに一苦労。
ルナとシエルが何か話してた気がするけど、今は古代文字の解読中だろうし、静かにしてよう。
「――――ここが罠とか咎かな?それならここは発動?」
待つこと数分。
シエルが石版に刻まれた古代文字の解読に成功した。
「わかった……これ、"この先で文字を声に出して読んだら罠が発動する"って書いてある」
「……つまり、ここからは石版の文字を口に出すと危ないってことか」
「うん。私たちは読めないから大丈夫だけど、シエルは読むとき心の中だけで、ね」
そうしてオレたちは石版の裏に隠れていた階段を下った。
他に道らしきものは無かったし、ブランが何も反応を示していなかったから恐らく、これで合ってる。
階段を下った先には再び、見慣れない文字が刻まれた石版があった。
これも恐らくは古代文字。
『∴Vel’ar dena-kuth ∇ tel’ez sil’var = yen’del ∵』
どれだけ見ても読める気がしない。
シエルはどうやってこれを解読してるのかな?
先ほどよりも解読に難航していた様子だったけど、シエルの様子から終わったと思う。
ただ、階段を下る前にあった文言で口に出して共有できない。
どうしたらいいか頭を悩ませるシエル。
そして何か閃いた感を出したシエルがスマホを取り出し、何か始めた。
スマホが軽く音を鳴らした。“ピコン”――その音に、静かな緊張が走った。
「あ、なるほど。これなら声に出さず石版に書かれている内容を共有できるね」
声に出してはいけない。
制約はそれだけ。つまり、文字にして伝えたら問題ない。
その結論に至ったシエルがオレとルナにメッセージを送ってきた。
それによると石版に書かれている古代文字は「この先にある四つの石版を正しい順番に触れると道が開ける」だとわかった。
ただ、問題が一つ。
正しい順番が何かを示す問題やヒントがここに存在しない。
つまり、それを探す所から始めないといけない。
これは想像以上に大変だな。
古代文字が刻まれた石版を探そうと進むと直ぐに見つかった。
さっき想像以上に大変とか思った手前、オレはこの状況に気が緩んでいた。
シエルが石版に向かう途中、ネメシスは何かに気づいた様子で剣に手をかけた。
すると石版から足が生え、空中を跳ねてネメシスの剣を回避した。
「主様、申し訳ございません。気づかれました」
「え、いや、それよりもよく気づいたね。全然わからなかったよ」
オレたちを嘲笑うかのように空中をぴょんぴょん跳ねている。
モンスターの名前は碑虫。
確か図書館で調べた情報の中に名前だけ出て来たモンスター。
空中をぴょんぴょん跳ねているので、物理攻撃はネメシスの『飛閃』以外だと届かない。
そうなるとフィアの『ウインドカッター』や『ウインドボール』頼みになる。
これから何度も戦うであろうモンスター。
今のうちに他の戦い方も模索しておきたい。
「主様、ここは任せていただけますか?」
「えっと、できたらだけど、『飛閃』を使わずに戦えたりするかな?」
「当然です。最初からこの程度のモンスター相手に使うつもりはありません」
す、す、すごく頼りになる!!
なんだかネメシスがこう断言してくれると本当に『飛閃』を使わず戦えそうって思える。
でも、普通に剣を振っても届かない。
まして、ジャンプしても無理。
一体、どうやって戦うんだろう?
オレが心の中で呟いたこの疑問に対するネメシスの答えは力業だった。
両側の壁を軽やかに蹴り上がり、ネメシスは風を切る音を残して宙を駆けた。煌めく双剣が弧を描き、空を跳ねていた碑虫を寸分違わず斬り伏せる。
二振りの剣から繰り出される猛攻に為す術も無く、碑虫は散った。
態度はデカいけど、それだけだった。
碑虫をネメシスが一蹴し、先に進むと再び石版を見つけた。
しかも石版が置かれている場所の先には四つの分かれ道がある。
一瞬、また石版に化けた碑虫かと身構えたけど、ネメシスが「大丈夫です」と一言。どうやら本物の石版らしい。
そうしてオレたちは石版に刻まれている文章を確認する。
『∴ Ena’vir lun’ar. Vey’ka thar, fira’el doran, lun’eth var’nai, aqua’ten shal’nar.』
うん、全く読めない。
これはシエルに任せるしかないね。
今回は今までのよりも長文だったこともあり、シエルの解読には30分ほど掛かった。
そしてへとへとになりながらもスマホに送ってくれた文章がこれ。
『命は巡る。風が呼び、火が目覚め、月が見守り、水がすべてを還す』
うっ、これは……!? もしや謎解き! ……オレ、苦手なんだよな。
次回、『風の理を侵す』に続く