第百二十五話「補給」
(もう一度しゃがみ込み!)
アンネはさっきの打球感を思い出しながら面の角度を調整する。
勢いを出来るだけ殺し、フォア側へ短く落とした。
流石にここで攻められず、真珠は長めにツッツいた。
(攻めさせないわ。攻める前に、決める!)
アンネはバックドライブの構えに入る。
しっかりと膝を使い、力をボールに伝える。
基本に忠実で無駄の無い動きだ。
「スリー、ワン」
真珠のラケットのすぐ内を狙い、打ち抜いた。
打ちづらい位置だったので、無理に追わなかった。
(ちゃんと実践出来てるな)
真珠は克磨からある事を意識するように言われていた。
「やっぱり課題はスタミナだな」
「はぁ、はぁ、そうだね」
真珠は肩を上下させながら言う。
深く集中した時のパフォーマンスは圧倒的だが、体力を消耗が激しいため長続きしない。
自動車程度しか燃料が入らないジェット機のようなものだ。
平均レベルのスタミナでは真珠の強みは活かせない。
「基礎体力はすぐに向上するものじゃない。地道に鍛え続けよう」
「でも、今のままじゃ地区大会に間に合わないんじゃない?」
地区大会には全国クラスの選手も出てくる。
瞬殺出来る相手ばかりでない以上、スタミナ問題はどうにかしなくてはならない。
「そこでだ、体力の総量を増やすだけじゃなくて、使い方を工夫する」
「使い方?」
真珠は首を傾げる。
「常に全力を出すんじゃなくて、必要な時に必要なだけ体力を使うんだ。これなら無駄な消耗を減らせるはずだ」
「それはそうだけど、具体的にどうするの?」
机上の空論では使えない。
理想を語るだけではコーチとは言えない。
「意識的に深呼吸しよう。集中し過ぎると呼吸が浅くなって、体力を消耗する。集中し過ぎないように、毎回リセットをかけるんだ」
「それなら簡単そう!」
深呼吸で酸素を補給し、精神のリズムも整える。
美翠の『息止めモード』の逆とも言える。
「とりあえず試してみる!紅ちゃーん!試合しよーっ!」
(呼吸は、深く、ゆっくり)
真珠は集中状態をリセットし、アンネのサーブを冷静に待ち受ける。
アンネは短い下回転を出す。
ツッツキで繋ぎ、アンネの出方を探る。
(バック面。ナックル)
粒高ラバーを使い、無回転の打球を放つ。
真珠は持ち上げるように打った。
ネットにかかって落ちた。
「くっ」
「ワン、フォー」
真珠は軽く手を挙げて謝意を示す。
ネットインした場合は謝るのがマナー。
ネットインは狙って出すのがかなり難しいが、非常に得点しやすいラッキーボールだ。
(私の美技が!全然見せられていないっ!)
アンネは悔しさを外面に出さないように堪える。
(このままではダメね。私ともあろう者が押されっぱなしなんて)
真珠が強いのは見ているこまち達にも伝わっているだろう。
それでもアンネは真珠を圧倒するべきだった。
美しい後ろ姿で道を示すのがアンネのあり方。
(これ以上恥ずかしい姿は見せられない!美しく、強い私でなくちゃ!)
アンネは背中への真っ直ぐな視線を感じ取り、気合いを入れ直したのだった。




