第九話 魔法省が推奨するダンジョン『回廊迷宮』へ
2040年現在。多くのダンジョンが発見されているが、その中でも冒険者が挑むべき。というか、魔法省が推奨しているダンジョンが一つだけ日本に存在する。
巨大な塔のような形式のもので、『回廊迷宮』と名付けられた。
このダンジョンと『同カテゴリ』に属するものは世界各地。それも、巨大な経済市場を有する国の近くに出現しており、既存のダンジョンと大きく異なる共通点が存在すること、その『共通点』が、それまでチート扱いされていた冒険者たちにとって『合わない』ものである。
そのため、魔法社会が表に出てきたころを『第一世代』としつつ、このダンジョンが出現してからを『第二世代』とし、新しい世代のものが挑んでいる。
……ちなみに、このカテゴリのダンジョンは日本に一つしかなく、魔法省から推奨されているだけあって、獲得したアイテムの換金額も高めに設定されているが、それでも地方から見れば『遠い』ことに変わりはない。
その点は解消されている。
とはいえ、その解消する経緯がある意味で伝説となっていることも事実。
現在も、魔法社会が表に出てきた2020年ごろも、魔法省と財務省が『二大巨省』であることに変わりはない。
ただ、ある時、財務省のとある『失態』により、パワーバランスが『魔法省一強』になってしまったことがある。
現在も、財務省がなかなか手出しできない『特別会計』で予算が構成されている魔法省は、この頃に大喜びで改革を進めた。
その影響でど突きまわされることになったのは国交省であり、魔法省がでかい顔で東京都千代田区に乗り込むたびに、胃薬の需要が増えることになった。
国鉄の復活と、それに伴う新幹線や、魔法込みで再開発された『超リニア特急(Hyper linear express)』……略して『HLE』と呼ばれる技術が確立し、日本中を繋げることとなった。
後日、国土交通省の重鎮を務めたという者が当時のことを記した『国土交通省の悪夢』という本がベストセラーになるなど、魔法社会の流通の基礎がこの頃に作り上げられたが、同時に、汗と涙の結晶であることを世に知らしめることとなる。
国交省をど突き回す総指揮を執ったのは魔法大臣本人であり、別に隠す必要もないのでぶっちゃければ栞の父親だ。
『才覚』という意味では娘以上の怪物であり、『ちょっとその遺伝子どうにかしてくれ』と日本政府の中枢がいつも考えているようだが……そのあたりは割愛。
そのような経緯がありつつ、日本はどこにでもすぐに行けるような国家となっている。
それゆえに、『回廊迷宮』に行くことも、そこから何かを持ち帰ることも、想像より難易度が軽いのである。
★
「高速道路を使うと何だか遠いですね。ちょっと暇っぽい感じがします」
リニア使えや。何のために国交省が血反吐吐きながら頑張ったと思ってるんだ。
というわけで、ゲーセンで散々遊んだ三人は、椿のメイドであるセフィアが運転する車で『回廊迷宮』に向かっていた。
助手席に椿が座り、後ろに栞と刹那が座っている。
……セフィア以外の三人の体の細さを考えれば、後ろに三人乗れるだろうが、基本的に椿は助手席に座っている。
「窓の外をキラキラした目で見ているのによく暇とか言えたものね」
「~♪」
椿の思考回路は基本的に気まぐれであり、何に注目するか、何に感動するかもかなり日によって異なる。
言い換えれば、同じ道であってもその感じ方がかなり異なるという意味であり、窓の外の景色を見るだけで、何が嬉しいのか目をキラキラさせている。
「うへへ~♪」
本当に……何が楽しいのだろうか。
「むー……そろそろパーキングエリアですね」
「何か買うものがあるの?」
「特にないですね! でもなんだか寄りたいです!」
これが朝森椿である。
「わかりました。では、少し寄りましょう」
セフィアが頷いて、数分後に到着したパーキングエリアに入っていく。
店の近くの駐車場が開いていたので、そこに車を止めた。
「はぁ……せっかく寄ったんだし、私は何か買って来るわ」
栞はそういうと、店内に入っていった。
ダンジョンに近い、または特定の位置から回廊迷宮への直通ルートの場合、パーキングエリアであってもダンジョン攻略に必要なアイテムが売られていることもある。
栞の才覚をもってすればあまり関係のない話ではあるが、別に買っておいて損するものではない。
「むー……」
栞が店内に入っていったが、それは冒険者専用の店。
要するに飲食店ではない。
というわけで、椿の興味はその横にあるアイスクリーム売り場に向けられた。
「うっへっへ!」
にぱっ! といい笑顔になる椿。
その視線と様子を見たセフィアと刹那は全てを察したようだ。
早速、アイスクリームを買って食べている。
「あ、そういえば刹那。知ってますか?」
「~?」
「栞の胸のことなんですけど、栞の乳房って、乳腺と脂肪だけじゃなくて、ちゃんと神経も通ってて、揉んだら凄い反応になるんですよ!」
「~♪」
「最初の方はちょっと痛がってましたけど、最近はそんなこともなくなりました!」
それを世間では『開発』と言うのではないか?
そんなことを思った刹那だったが、あえて何も言わないことにした。
「む、店から出てきましたね」
椿が言った通り、栞がレジ袋を手に店から出てきた。
「刹那。見ていてくださいね! 本当にすごい反応ですからね!」
元気そうな様子でそういうと、椿は栞に向かって突撃した。
「栞~! 胸揉みたいですううううっ……うぎゃあああああああっ! 頭が、頭が割れちゃうですうううううっ!」
真っ黒な笑みを浮かべた栞が右手で椿の頭をグワシィ! とつかんで、ギリギリと力を入れた。
椿はあまりの威力に悶絶しているようで、悲鳴がパーキングエリアに響き渡る。
「~WWW♪」
それを見て爆笑する刹那。
……椿の悶絶を見て笑う癖があるような気がするが……いや、多分気のせいではないか。
「……はぁ、何をしているのやら」
頭をおさえているセフィア。
残念ながら、椿にとってはこれがデフォである。メイドである彼女は大変だ。
「~♪」
上機嫌な刹那。
……まあ、椿と遊ぶのも、椿で遊ぶのも、両方好んでいるのが刹那だ。
こういう場面は嫌いではないのだろう。
精神年齢が高いのか、それとも性格が悪いのか、それは定かではないが。
「おおおっ……むおおっ……」
解放され、頭を押さえて唸っている椿。
「……ダンジョンに行きましょうか」
そんな椿を放置して、先を促すセフィア。
……なかなか大変だが、一向は一応、ダンジョンに向かっていく。