第十一話 前線拠点で椿は胸を揉みたい
ダンジョンは基本的に『安全エリア』は用意されているが、だからと言ってそこに人にとって都合の良いものが揃っているわけではない。
基本的に宝箱が置かれていて、そこに持ち込んだものを使って休息を取れる程度だ。
しかし、ダンジョンには転移関係の機構が存在せず、ショートカットすることは出来ない。
最前線という一番の稼ぎ場所にして魔法省が求めている場所に、少しでもとどまっていてほしいというのが『上』の考えなわけで。
そんな要望がいろいろあった結果、『拠点』が作られることになった。
広々とした空間にある程度の施設を用意し、食堂や寝床、シャワー室が完備された空間を提供することで、長くとどまれるようにする。
拠点では魔石や宝箱から手に入れたアイテムの換金も可能であり、高速運搬に適した能力を持つ者がダンジョンの外に届ける手はずになっている。
ある程度の売店もそろっているため、『泊まり込み』としても、『休憩所』としても、かなり質が高い。
しかも、魔法省が挑戦を推奨しているダンジョンである回廊迷宮の最前線に存在する拠点は、かなりの予算が付けられているのだ。
そんな場所で、あくまでも学生である椿たちがすることは一つ。
「私は仮眠室に行って寝ている人の胸を揉んできますね!」
「仮眠室はセクハラスペースじゃないのよ?」
「~♪」
まあ、椿は椿である。
スタミナが本当に人間をやめているので、別に休憩所であろうと大した休息を取ろうとしないのである。
ただ、実際問題、休憩所には仮眠室が用意されており、男女に分けられているのだ。
椿はそういう場所に行っては胸を揉みたがるのである。
「栞は知らないんですか?」
「何を?」
「モミモミは世界を救うんですよ!」
「入学式でハグって言ってなかった?」
「それはそれ。これはこれですよ!」
それはそれ。これはこれ。
気まぐれを体現する椿らしいセリフではある。
「最前線に来るような女性の体は鍛えられて引き締まっているんですよ! 胸も大きい人が多いんですよ! うっへっへっへっへ!」
おっさんかお前は。
「はぁ……」
栞は溜息をついた。
……当然のことだが、椿と言えど、年から年中、胸を揉みたいとは思っていない。
おそらく今回のこれも、本人にとって気まぐれのようなものだろう。
とはいえ、気まぐれで大きな胸を揉みたがるというのは、十六歳の少女としてどうなのかという部分はあるのだが……いや、椿に恥じらいを期待しても仕方ないか。
「というわけで、私は行ってきます!」
そのままピューーーーッ! と走り去っていった。
「……刹那。どうする?」
「~♪」
何を言っているのかわからない。いつものことだが。
「……はぁ。とりあえず連れ戻した方がいいわね。椿がいると休めないし」
「~♪」
元気いっぱいで何の悩みもなさそうな椿は、傍から見ている分には和むのに適しているケースはある。
ただ、直接かかわるとなると、かなりのエネルギーが必要になるのだ。
だから少しは加減を覚えてほしいのだ。届かねえのかこの願い。
などと考えていると……。
「栞~」
椿が帰ってきた。
「どうしたの? 椿」
「中に入ってる人が休めないからダメって言われたですうううっ!」
正しい判断である。
というか、椿の頼みをよく断れたものだ。
世界一位の冒険者の娘にして、圧倒的な影響力を日本中に示しているのが朝森椿である。
中には椿を崇める宗教すら存在すると言われるくらいだ。
地上波はともかく、ネットを使っている者ならば、椿の名を知らない者はいないと言えるほど。
外見も可愛らしい美少女であり、根本的な話をするならば、別に本当に仮眠室に突入してはっちゃけても罪にならない。
というか、中には椿に胸を揉まれて幸せを感じる変態だっているだろう。
よく断れたものだ。
「要するに胸を揉めなかったのね」
「む? 仮眠室の係の人の胸が大きかったのでめっちゃ揉んできましたよ!」
なるほど、胸を揉んでもらうという幸福の独占するために追い返したわけか。後でどうなっても知らんぞ。
「~♪」
「む? 私は変態じゃないですよ!」
君が変態じゃなかったら世の中の九割は健全だと思うが。
「椿」
「む? 栞。なんですか?」
「普通の人は、そこまで胸を揉みたいと思っていないのよ」
「え、『メイドの胸を揉むときの三つの鉄則』っていう本には、『千里の道も一揉みから』って書かれてましたよ? 何かしようって思ったとき、とりあえず胸って揉んでみるものじゃないんですか?」
「犯人が分かった……」
セフィアの教育の賜物ということになるのだろうか。
ていうか純粋な子に何を吹き込んでいるのだろうか。
「椿。ちょっとその本を後で渡しなさい」
「わかりました」
一体、どんなことが書かれているのやら……。
まあ、千里の道も一揉みから、の時点で頭がかなりおかしいけど。




