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ワンスアイヤー  作者: 丸顔のうさぎ
8/20

ワンスアイヤー 2009

時に愛は ‐ ・・・あの頃より・・・ 愛しているみたい


 彼と再び付き合うようになって以来、彼もそして私も決して「愛している」と言う言葉を使わなかった。お互い妻と夫がいて、家庭を壊さない程度に付き合う、それが二人の不文律になっていたと思う。そのかわり「大好き」と言う小学生が近所の幼なじみに使うような愛情表現は惜しみなく与えていた。

やはり彼は「愛している」と言う言葉を奥さんにしか使わないようにしていた。一度私のことをどう思ってるのか聞いたことがある。その時に「愛してはいないけれども、大好き」と言ってくれた。それで十分だった。


そう言う私は、人を愛するということがよくわからなくなっていた。もちろん夫の事は家族として愛していたと思う。彼のこともとても大切に思っていた。でもこれが愛なのかはっきりわからなかった。もしかしたらただ単に彼がいなくなることの喪失感に怯えているだけなのかもしれない。


仕事は引き続き順調だった。会社も大きくなり、華やかなパーティーが頻繁に行われていた。そのたびにテレビでよく見たことがある有名人や、時にはハリウッドスターが顔を出すこともあった。この仕事は失いたくないと思いつつも、少しずつこの華やかさに飽きてきている自分もいた。いつまでこのような地に足のついていない状況が続くのか、憧れてはいたけれども、田舎育ちの自分とは全く異なる世界だった。最近ではこのまま自分の人生が進んでいっていいものかと考えるようにもなっていた。


彼の仕事は順調とは言えないようだった。昨年窓際のような部署に異動になり、自宅待機の状態が続いていた時には、それまで頑なに2週間に1度会うと言うルーティンを守っていた彼が、1週間に1度、多い時には1週間に2度3度会おうと誘って来た。ちょうど義理のお母さんが長期滞在していて、彼も家にいづらかったのだろう。気分転換のように私を誘い、その時に仕事の状態などを教えてくれていた。彼が1番大変な時に何もできない、話を聞くことしかできない自分をふがいないと思いつつも、呼び出されれば仕事をやり繰りして、可能な限りそれに応えていた。しばらくすると彼は自分で売り込んだ新しい部署に異動になり、やっと自宅待機の状態から解放された。しかしそこも充分納得のいく部署ではないようで、近い将来退職して奥さんの故郷に移住する計画を立てていることを打ち明けてくれた。


その話を聞いた時、私はある程度覚悟を決めた。もう十分彼は私に会ってくれたし、付き合ってくれた。彼が新しいスタートを切るならなるべく早い方が良いに決まっている。その時には笑顔で送り出してあげよう。そう思っていた。だから少しずつ自分の気持ちの整理を始め、いつその時が来ても、泣いて引き留めるような事がないように、密かに自分に言い聞かせていた。


その年の晩秋、思いもかけない大きな決断を私は迫られることになった。夫が韓国に転勤になることが決まったのだ。来年早々に異動になる予定だったが、夫は私がついてこなければ断るつもりだと言った。少し前だったら今の仕事を辞めるとは考えにくかったが、ちょうど何か新しいことを求めている時期だった。それに彼も近々東京からいなくなるのなら、私もここにいなくてもいいだろう。と言うよりも、彼のいないこの街にとどまるのはきっと辛くて、今の生活を続けていられなくなるだろうから、私も新しいスタートを切る必要があると思ったのだ。それで躊躇することなく一緒についていくことを承諾した。


その次の週にいつものように彼と渋谷の隠れ家で会い、韓国に行くことを告げた。


意外だったのは彼が「行かないでよ」と言ったことだった。初めて知ったのだが、彼の奥さんは先に東京を離れ、故郷で彼との生活を築くための地盤作りにまもなく出発する予定だそうなのだ。なので彼はしばらく私と一緒に過ごす時間が増えるなと楽しみにしていたと教えてくれた。そう思ってくれていたのはとても嬉しいけれど、移住の準備が整えば、結局彼も東京からいなくなるのであれば、後から私1人残されるのは避けたい。だから私は韓国に行くことをやめないと彼に告げた。

それでもまだ彼は引き下がらなかった、「行かないでよ」ともう一度私に言うので、その時に禁断の言葉を使ってしまった。


「だってあなた私の事なんて愛してないじゃない。」ずっと心に秘めていたことだった。そしてきっとそうだろうと思っていた。定期的に会ってくれているのは、情のようなもので、その優しさに私は縋っていただけだったのだ。


ところが「愛しているよ!」と彼が怒ったように答えた。「怖くて言えなかった」と。


それは私も同じだったと思う。

お互いに家庭を壊さないと言う前提でこの数年間会い続けていた。愛していると言う言葉は大きな責任を伴う。それを口にした瞬間に、私たちは難しい決断を迫られることになるだろう。だからこそ「好き」とは言っても「愛してる」と言う言葉は使わなかったのだ。それは口にしなくとも、彼も私も分かっていたはずだった。


それが私が口にしてしまったばかりに、彼の気持ちのバランスを崩してしまったのだろう。奥さんと離れた寂しさと、私がいなくなる驚き、そして自分自身も東京から移る不安などが相まって、これまではただ会えればそれで良かった私への気持ちに、スイッチが入ったような感じだ。私はその彼の気持ちに戸惑いながら、この上ない幸せも感じていた。


12月に入ってすぐに転勤準備のため休みに入った夫は、早々に自分の故郷に旅立っていった。その間私は思う存分彼と会っていた。奥さんが同じようにいなくなった彼のアパートに入り浸り、初めてクリスマスイヴを一緒に過ごした。


あとひと月もすれば引っ越し準備のために私も短期間韓国に行かなければならなくなる。その前に時間を惜しむように2人で会った。このときの切ないような必死の思いは、初めて会った頃に「愛している」と伝えあった時よりも、もっと切実な気持ちだった。彼のことが愛しくてたまらない。あの頃よりも、そして再び出会った5年前よりも、もっと言えば去年よりも愛しているのだった。


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