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カーテンコールのその後に  作者: 紺野千昭
第一幕 ――老兵と道化――
3/22

セレナ=トゥルヴィア


 王都テウクロイ中央にそびえるメガリア城。


 人間領に存在する十一の国家のうち、国土、人口共に最大を誇るトゥルヴィア王国の中枢ちゅうすうである。故に、メガリア城こそが世界の中心と言っても過言ではないのだが、その内装はいたって簡素。長く続いた魔王との戦いで、人類がどれほど追い詰められていたかを如実にょじつに物語っている。


 そんな飾り気のない玉座の間にて、ヘクトルとチコはうやうやしく跪いていた。


「ヘクトル=アーバンカイン――パウリナ地方防衛駐屯兵団副兵長。召集に応じて参りました」

「ち、ちちち、チコ=フワンパフでありますっ! お、同じくぴゃ、ぴゃうりなちほーびょうえいちゅーとんきひだんひょぞく! へ、ヘクトル団ちょ……じゃなかった、アーバンカイン副駐屯兵団副兵長ちゅきほしゃ官でありまひゅっ!」


 儀礼通りの形式ばった挨拶をするヘクトルと、つっかえつっかえ……というよりほとんど勢いのみで名乗るチコ。


 そんなかしこまった二人に対し、玉座からかけられた声は存外に柔らかかった。


「二人共、どうぞ顔を上げて」


 王座に座るのは五十後半と思しき淑女。

 落ち着いた微笑みを浮かべる一方で、双眸そうぼうの奥にどこか悪戯っ子めいた輝きを宿したその女性は、知らぬ者はいないトゥルヴィアの現女王――セレナ=トゥルヴィアである。


 夫であった先代王が逝去せいきょして後十数年。人間領最大の大国にして対魔王戦での主戦力であったトゥルヴィア王国を導いて来た、人類生存の陰の功労者だ。


「用件も告げず呼び出してしまってごめんなさいね。メウリナからここまでは随分と長旅だったでしょう?」

「いえ、女王陛下。ご用命とあらば馳せ参じるのが兵たるものの務め。ねぎらいは不要です」


「あらあら、頼もしいことね」

「おほめに預かり光栄です」


 かなり砕けた女王に対し、ヘクトルは相変わらず堅苦しい調子を崩さない。


「……して、陛下。此度の召集についてお伺いしたいのですが」

「そうよね、早く聞きたいわよね。ただ申し訳ないんだけど、本件議案の提案者であるパリス副宰相ふくさいしょうが少し遅れているのよ。もうちょっとだけ待ってくれる?」

「それは構いませんが……」


 と、ヘクトルは僅かに言葉を切った。


「パリス副宰相……? アルベリンド殿は、副宰相職を降りられたのですか?」

「ええ。三年前に、乗馬中の事故でね……。以降はパリス殿が職務を引き継いでいるわ」

「……そうですか」


 降って湧いた訃報にヘクトルの表情が曇る。

 そんなヘクトルを見てか、女王は一つの提案をした。


「そうだ、アーバンカイン副兵長。パリス副宰相が来るまでの間、少し日向ひなたぼっこでもどうかしら?」


――――……

――……


「――うーん……ここに七人っていうのは、流石に狭いわね……」


 外壁にせり出したバルコニーの上で、セレナは眉根にしわを寄せた。


 女王の気まぐれな提案により、ヘクトル、チコ、そしてセレナの三人は、玉座の間を離れてバルコニーへ移動していた。しかし、警護を務める四人の衛兵までもがついてきたために、元々さして広くもないバルコニーはぎゅうぎゅうづめになってしまったのだ。


「ねえ、あなたたち。申し訳ないのだけれど、ちょっと外してくれるかしら?」


 セレナは困り顔のまま背後の衛兵たちに振り返る。


「し、しかし……」

「大丈夫よ、安心して。この人がついているなら、私は魔王の前に放り出されたとしても平気よ」

「ですが……」


 そうは言われても易々(やすやす)と任務を放棄するわけにはいかない。衛兵たちは困ったように顔を見合わせていたが、すぐにリーダー格と思しき銀髪の女衛兵が進み出ると、はっきりと答えた。


「わかりました。外でお待ちしています」


 こうなっては従う他ない。衛兵長に続き、残り三人も渋々バルコニーから退いた。


「ああ、これでやっと肩の力を抜いて話せるわ」


 嬉しそうに言うセレナは、玉座についていた時よりも数倍悪戯っぽい微笑みを浮かべる。


「ヘクトル、少し白髪が増えたかしらね」

「姫様はお変わりなく……お、お美しいです」


「あらあら、いつからお世辞を覚えたの?」

「せ、世辞などではございません! 嘘偽りのない本心でございます……」


「そうね。昔からあなたは私に夢中だものね。初めて会った時なんか、口をぽっかり空けたまま呆けちゃって……」

「姫様、あ、あまり老体をからかってくださいますな……」


 両者のやりとりを傍で見ていたチコは、あっけにとられて目をぱちくりさせた。無骨な主がここまでたじたじになる様など、生まれて初めて見たのだ。


「……いつになっても、あなたには敵いません」

「あらそう。なら私が人類最強ということかしら。嬉しいわ」


 そのあまりに不思議な雰囲気に堪えきれず、チコは緊張も忘れて口を挟んだ。


「え、えっとぉ……お二人はどういう関係で……?」

「そうか、お前は知らぬか。陛下には昔から兵団運営について助言をいただいていたのだ」


「あら、それだけなの? あなたがチコちゃんぐらいの頃から知り合いだったのに、それはもう忘れたい過去ってわけ?」

「け、決してそのような意図では……」

「うそうそ、冗談よ」


 からかわれたことに気付くと、ヘクトルはコホンと咳払いをした。


「……ともかく、私は団長として未熟だったから特に世話になったのだ。兵団経営のみならず、軍略面でも知恵をおかしいただいたことが何度もある」

「やだわ、そんな言い方だと口うるさい小姑みたい。兵団の資金は税金ですからね、出資者代表として最低限のことをしたまでですよ」

「はえぇ~、全然知らなかったですぅ……」


 ぼーっと感心するチコに、ヘクトルは溜め息をついた。


「歴史を学ぶのは大事だぞ。勉強を怠って最後に泣くのは自分だ。今度教えてやらねばな」

「えぇっ! わ、私としてはぁ、歴史よりも「昔から夢中だった」って部分について詳しく教えていただきたいなぁ、と……」


「ええ、もちろんいいわよ」

「本当ですかぁ!? やったぁ!」


「へ、陛下、おたわむれはほどほどにしてください! ……チコ、お前も少しは礼節をわきまえなさい」

「ぶー!」


 そうして会話が途切れた後、少しの間沈黙が訪れた。

 自然、三人の視線はバルコニーから見下ろす鍛錬場へ注がれる。


 渾身の掛け声を挙げながら、二人一組になって稽古に汗を流す若い兵士たち。そんな光景を眺めながら、女王はふと、隣で黙しているヘクトルに尋ねた。


「……あなたにとっては懐かしい光景かしら?」

「…………そうとも言えますが、違うとも言えます。……あれは――」


 珍しく歯切れの悪いヘクトルの言葉を、セレナが引き取った。


「――‘対人’用の剣術。……そうね、あなたたちが習い、教えていたそれとは真逆のものね」


 兵士たちを見るヘクトルの眼が、微かに曇る。


 魔物がいなくなった今、対魔物用の戦闘術を身に着けたところで何の意味もない。そんなことはヘクトルにもわかっている。だが頭では理解していても、人間と戦う訓練というものが彼にはどうしても受け入れられなかった。


「――ヘクトル=アーバンカイン」


 セレナはそんなヘクトルの名前を呼ぶ。今までのふざけた口調とは違う、女王としての言葉。そこから紡がれた台詞は、ひどく短く、ひどく重かった。


「戦争の機運きうんが高まっています」


 唐突な言葉に、ヘクトルは動揺をにじませながら聞き返す。


「魔王の倒れたこの時代に、ですか?」

「魔王が倒れたこの時代だからこそ、です」


 セレナははっきりと言い切った。


「過去に行われた魔王領埋蔵資源探査まおうりょうまいぞうしげんたんさの結果、知っていますね?」

「無論です。鉄鉱石、石炭、貴金属、魔鉱石……魔王領全体の総埋蔵量は予想も尽きません。加えて土壌資源や生物資源まで含めれば、魔王領の資源的価値は計り知れないかと」


 ‘魔王領’――すなわち魔王の放つ瘴気に満ちた魔物の生息域。人間領の実に十数倍という広大さを誇っている。……といっても、それは三年前までの話。魔王の死と共に瘴気が晴れ、魔物が死滅した今、魔王領は手つかずの未開地として静かに広がっている。


 魔王死亡から兵団解体までの数か月間、最後の仕事として兵団に与えられたのが、その魔王領の資源調査及び魔物の生存確認だったのだ。


「流石ね、団長さん。瘴気が立ち込める死地だった魔王領は、今や宝の山が埋まった宝石箱。どこの国もこぞって開拓にいそしんでいるわ。兵士たちの失業対策も兼ねてね」

「民たちは長きに渡る苦境を堪え忍んできました。魔王領資源で民の生活が潤うのは喜ばしいことだと思いますが……何か問題でも?」


「そうね、大幅な税金の減免と、魔王領からの新資源。国民の生活は潤いと活気に満ちているわ。ここ王都でも何かにつけてお祭り騒ぎ。……だけどね、当の開拓地では少し違うの。魔王領の開拓権を巡って、各地で国家間の衝突が起こっています。今はまだ武力衝突にこそ至っていませんが、この軋轢あつれきはいずれ、良からぬ火種となるでしょう」


「馬鹿な……魔王領の資源は百年かけても採掘しきれぬ量です。奪い合いなどせずとも、皆で分け合えるだけの余裕はあるはず。それが、一体どうして……?」

「すべての人間が、あなたみたいにおおらかな視点を持っていれば良かったのにね」


 セレナはただ、寂しげに笑った。


「……今回私が呼ばれたのは、開拓地関連ですか?」

「いいえ、今日は別件です。……しかし、無関係というわけではないでしょうね」


 意味深なもの言いに、ヘクトルは眉根をひそめる。だが詳しく聞き返すより先に、バルコニーの扉から衛兵が現れた。


「――申し上げます! パリス殿がご登城とうじょうなさいました!」

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