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27. 光った

 朝になってみれば、昨日の住処の姿はもう無かった。住処の外の黒焦げは、住処の中まで入り込んでいた。

 住処そのものも破壊されている。原型を留めているものもあるが、それも大体は崩れていた。

「……あ、あ」

 刃持ちが、昨日よりも暗い声を出した。

 中や上空ではまだ、自分達が沢山うろついていた。生き残りを捜しているように見えた。

 そして、外にも自分達の死体が沢山あった。刃持ち達の死体も沢山ある。

 どれだけ死んだのだろう。自分がこれまで殺して食べて来た数よりも遥かに多い気がした。

 一つの住処が崩れて土煙が舞い上がった。自分達がそこに集まる。そこで、爆発が起こった。

 煙が巻き上がる。爆音が届く。真っ赤に染まった。

 酷く吐き気がした。無意識に握っていた岩が砕けていた。


 数日山なりに歩いてから、下山する事にした。もう、町はとっくに見えなくなっている。流石にここまで来れば大丈夫だろうと思いながらも、不安は完全には拭えなかった。

 刃持ちの口数は、あれから余り減っていない。けれどそれは、無理して喋っているような気もした。

 これ以上落ち込んでも仕方ない、と呟いたのが聞こえた事もあった。

 ただ、同族が沢山殺されたのに、どうしてそういう風に思うのか余り理解出来なかった。自分も、あの事を思い出す度にとても気持ち悪い感情を覚えると言うのに。


 視界の開ける場所には行かない方が良いと思ったものの、そんな事思うならもっと山なりに歩けば良かったとも思った。

 嫌な緊張だった。これまで、自分だけだった時も、刃持ちと歩いた時も、こんなに常に緊張している時は無かった。

 どちらとも会ってはいけなかった。会ってしまったら、どちらにせよ殺しに来る。

 殺しに来たら、逃げられるとは思えない。自分の足は大して速くないのだ。返り討ちにする位しか思い浮かばない。

 そして、そうしてしまったら、もっと大勢が敵になる。

「心配するなよ。見つかってしまった時は決着を付ければ良いだけだろ?」

 足が鈍くなっている自分の考えを見透かしたように、刃持ちは言った。足が止まった。

 ……ああ。

 殺したくない。はっきり思った。

 それは、決着を付けたい欲求ともう同じ位にまで膨れ上がっていた。誰か、その憎み合っている刃持ち達や、自分達が居る場所で決着を付けるという事は、殺す事と同じに見えた。

「それとも、殺したくないとでも思っているのか?」

 ……刃持ちはそう思っていないのか?

 振り返りそうになった顔を引き留めて、また歩き始めた。

「なるほど」

 何がだ。


 数日、昼と夜を繰り返しても何とも会う事は無かった。

 刃持ちが火を起こす事は流石に無かったが、空を見れば偶にメニクスタが見える位だった。

 身を隠して、誰にも見つからずに進めない事は無さそうだった。

 潮の匂いとやらは、少しずつ強くなっている。

 これまでずっと、北へ、太陽が顔を出さない方へ進んでいった。

 あの憎み合っている光景を見た時、これから先も北に進み続けるのは流石に迷ったけれども、結局は進み続けている。

 はっきりとしたその理由はあるだろうが、それに対しては考えていなかった。考えれば、辿り着ける理由だと思うが、はっきりとさせたくなかった。

 月明かりを眺めながら暗闇の中で夜を過ごし、太陽の陰に隠れて歩き続ける。身を隠せる木々が疎らになって来るに連れて、潮の匂いが強くなって来るに連れて、それが逆転していった。太陽の陰に隠れて昼を過ごし、月明かりの陰に隠れて歩き続けた。

 メニクスタが見えなくとも、他の誰かの痕跡が無くとも、悪い緊張はずっとしていた。

 どこに誰が居るのか分からない、嫌な感覚だった。あれ程多くの刃持ち達も、自分達も見た事が無かった。刃持ち達の方が沢山死んだとは言え、あれで終わったのかどうかは分からない。ひっそりまだ隠れて自滅覚悟で反撃の機会を待っているのかもしれない。

 見た限りでは逃げられたのは居なさそうだったけれど、逃げる機会も窺っているのかもしれない。

 安心は出来ない。

「……なあ」

 問いかけに、足を止めた。

「どうして、お前はあの森から出たんだ?」

 答える口を持っていなかった。多少はこの口で喋れるかもしれないが、やろうとしてみてもまだ、何も喋れないに等しかった。

「お前は、この俺達とお前達が、外では憎み合っている事を知らなかったんだろ?」

 喉を鳴らした。

「俺と戦いたくなくなった訳でも無かっただろ?」

 喉を鳴らした。

「……お前の住処が壊されていたが、あれが理由で住処を出たのか?」

 違う。

 刃持ちの方を向いて、腰を降ろした。長くなりそうだった。

 立っている刃持ちと座っている自分。背を伸ばすと同じ位の高さになる。その月明かりに反射された目は、真剣だった。

「まさか、お前自身で壊したのか?」

 喉を鳴らした。

「何故? ……いや、壊した理由は、俺にあるのか?」

 喉を鳴らした。

 無言になり、暫くしてから刃持ちも腰を降ろした。


 月が降り始めていた。刃持ちは、自分に質問を投げ掛け続けた。

 刃持ちの話す言葉の大半はもう理解出来る。自分は喉を鳴らすか鳴らさないか、それだけをしていた。

「……外を見たかったのか、単純に」

 喉を鳴らした。

 喉を鳴らすのも疲れたが、もうそろそろ終わるだろうとも思った。

 刃持ちが長く、息を吐いた。

「……後悔、してないか? あんなもの見てしまって。こんな事知ってしまって」

 喉は鳴らさなかった。

「してないのか」

 鳴らさなかった。分からなかった。

「……分からない、か」

 喉を鳴らした。

「そりゃそうだよな」

 それっきり、刃持ちは黙った。


 刃持ちは、刃持ち自身の事に対して自分に聞いては来なかった事に気付いた。

 自分が知りたいのはそこでもあったのに。

 自分と出遭って、そして憎み合っている、ただ殺しに来ていると言う先入観が消えた。その内自分が消えて、思わず追い掛けて来た。

 その位の事しか、刃持ちからは話していない。

「あのな……いや、その前に。

 俺は、この先にある光景を知っている。

 ……そして、この先にある事をばらす前提で、お前に話したい事がある」

 一瞬の躊躇いがあった。

 この先にあるものを教えて欲しい訳じゃない。

 自分の目で、耳で、鼻で、体で感じたその場所の全てを初めて感じた事は、とても素晴らしいものだった。

 それをばらされるという事は、その感覚が無くなるという事だった。

 潮の匂い。それが何なのか、全く分からない。それがはっきりと分かる瞬間、それを自分はとても楽しみにしている。

 ただ多分、刃持ちはそれも分かっていて、自分に何か話そうとしている。

「……いいか?」

 喉を鳴らそうとした。

 何か、変な音が聞こえた。

「……嘘だろ」

 刃持ちが音のした方向を見た。自分も、見た。

 木々の隙間に、爆発の光があった。

 それは即ち、刃持ち達、そして自分達の両方が居るという事に他ならなかった。

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