19. 久々だった
戦うのは久々だったが、技術はどちらも衰えていなかった。そしてどちらも、傷はもう、殆ど付かない。特に、刃持ちは無傷だ。
自分の攻撃の重さを最大限に生かす必要は無い。刃持ちを殺せるだけの最小限の重さに抑えて、余力は速さに回した。そうでないとと、刃持ちの迅速さには対応出来なかった。
最初、自分は完全に自分の土俵で戦っていた。ただ、刃持ちは自分の土俵には乗っかる事は無かった。だからこそ、あの時自分は瀕死になるまで傷付いた。
自分の土俵では刃持ちに勝つ事は出来ない。
刃持ちとは圧倒的に筋力が違う。そして単純な脚力は自分の方がやや優れているとは言え、瞬発力は刃持ちの方が圧倒的に優れている。
自分の戦い方を変えていなかったら、自分の筋力と防御を最大に生かして戦うやり方では、二度目に戦った時、強くなった刃持ちに敗れていただろう。そして、戦い方は、自分しか変えていなかった。刃持ちは、戦い方を変えてはいなかった。ただ昇華させただけだった。
負けているのだろう、と思う。
刃持ちと戦う為には戦い方を変えざるを得なかった。自分の土俵では勝てなかった。多分続けていたら負けていた。
そして変えても互角に留まっている。互いに必殺を食らわない為に慎重に、しかし互いに必殺を食らわせる為に大胆に動いているのにも関わらず、攻撃はどちらも当たる事は、今はほぼ無い。
肉薄する刃を剛腕で受け止められるようならば、受け止めてその瞬間に食い込んだ刃を奪ってやるつもりだった。しかしそれすらもさせてくれない。殴れる、蹴れる動作に移った時には、絶対に躱される、反撃される予感がしていた。
石を投げようとも、容易に躱された。自分でも見えないスピードで石が飛んで行くのにも関わらず。川に着弾して、その衝撃で魚が浮いたのが視界の隅に映った。
反撃を食らわずに投げられる距離では、躱している間に攻撃をする事も出来なかった。
そして、少しでもリスクのある事をしようとすれば、刃持ちはその隙を逃さないで首でも胸でも切り裂いて来る気がした。
それでも、ただ必殺を叩きこめる隙を伺うだけの戦いをしていても、それは楽しかった。こうして始まった関係なのだ。もし必殺を叩き込めたとしたら、それは凄い快感だろう。
その後に待っているものは途轍もない悲しさかもしれない、虚しさかもしれない、後悔かもしれない。けれども、今戦っている時だけは、その快感を得る為だけに戦える、そんな後の事何て忘れて緊張溢れる、楽しさを味わえる。
疲労が重なって行く。その華奢な体にどうしてこの自分の巨躯と長時間戦えるだけの体力があるんだと毎回思う。
刃の速度が僅かながら落ちている。けれど、自分の剛腕も重く感じ始めている。しかし、気合で保とうとしようが、躱せる自信はあったし、躱される予想も出来ていた。そしてその後にその分の疲労がツケとなって重く来るであろう事も。
隙が見えない。見せてはいけない。その瞬間、勝敗が決まる。
体も疲れていたが、頭もかなり疲れていた。獲物を狩る時よりも、兄姉と戦う時よりも格段に頭を働かせなくては刃持ちには対抗できなかった。
隙を見せた瞬間、自分の剛力で叩き潰す。隙が出来てしまった瞬間、崩されて、切り裂かれる。
けれど、今までそんな隙は無かった。あったとしても、それは互いに決着に届かない程の僅か過ぎる隙だ。
太陽が昇り始めていた。それに連れて気温が一気に高くなり始める。
空気を鋭く切り裂く音が拳の寸前で聞こえる。連続して振るわれる刃は、自分の硬い剛腕や頭ではなく、柔らかい手や足、腹、そして首を的確に狙って来ていた。
剛腕を前に出して受け止めようとすれば、それを切らずに蹴って後ろへ戻られる。その瞬間に石を投げ、走る。全力で投げた訳じゃない。そうなると躱すのではなく、刃の背で弾かれる。
多少の傷を覚悟して体勢が整いきっていない刃持ちに拳を振るう。けれど横に躱されて即座に腹を狙いに来た。
そのまま前に跳んで、距離を取った。
視界の先に、川の対岸に住民が集まっているのが見える。
十分な距離、また互いに正面を向いて、構える。
そして、良く分からないけれども、同時に構えを解いた。
楽しかった。それは、いつも一番にあった。疲れよりも先に来る感情だった。
他の獣のように、天敵に襲われる脅威も、獲物を獲れずに飢餓に怯える必要も無い自分にとって、これ程真剣に、命を賭して戦う事は楽しみだった。
死にたくはないとも、いつも少しは思うが、それでもやはり、何にも換え難い楽しみだった。
戦いは、いつもは動けなくなるまでやるけれど、何と言うんだろうか、タイミングが良かった。どさりと刃持ちは後ろに倒れて、大きく息を吐いた。
腹が減ったと思った。気付けば、浮いていた魚はまたどこかに行ってしまっていた。
対岸の住民が、刃持ちに声を掛けた。刃持ちはそれに倒れたまま答えたけれど、そのまま動かなかった。
動きたくない気持ちは、自分と同じだ。
ああ、楽しかったな。
もう、地面は熱くなり始めていた。
夜になっても、魚を結構な数獲って食おうとも、疲労の倦怠感は続いた。そう言えば、朝に戦ったのは初めてだったな。
対岸では昨日見たのと同じ煙が見える。
休んでからまた集落へ戻って行った刃持ちも多分、そこに居るのだろう。
何故自分が、自分の為に森を出たのに刃持ちに引っ張られているんだろう、待っているんだろうと思ったけれども、不思議とそう大して苛立ちを覚えるものでもなかった。
眠気もいつもより強い。ただ、ここでは本当に何も警戒せずにぐっすり眠る何て出来ない。遠くに行けば良いだろうけれど、夜、硬い虫に刺されて、そこが少しの間変に痛んだ事が一度あってから余り夜には出歩きたくない。勿論、その後食ってやったが。
その時、何故か刃持ちは驚いていた。理由は分からない。
それに、この冷える夜を過ごすのにも、川の近くの方が良い場所が多いというのもあった。
僅かに湿った砂に体を少し埋めて目を閉じる。刃持ちが来る事を少し期待したけれども、来る様子は無かった。
ささ、と音が聞こえて、地面に目を向けると虫が見えた。
手に取ると、その硬い虫では無い別の虫だった。口に入れると少し甘かった。
移動して寝る事にした。川の緩やかな段差は、凭れ掛かるのにも、砂に埋まって寒さを凌ぐのにも、とても良かった。
暫くして目が覚めた。変な音が気がした。動かないで、即座に体に神経を集中させる。
虫じゃない。獣でもない。だからこそはっきりと目が覚めた。
刃持ちじゃないとは直感が言っていた。刃持ちだったら音を出して堂々とやってくる。なら来てるのは、対岸の住民だった。
微かに振動が聞こえる。自分に近付いて来ている。月明かりは結構明るい。
寝る場所は、対岸からは見えない場所にしたと思ったが、見当位は付いたらしい。そして、その動き方には殺意があった。たっぷりと。
どういう理由で自ら殺しに来たのか、良く分からない所もあったが、殺意があるなら返すだけだ。
近くにあった石をこっそりと拾い、注意深く位置を探った。
自分の、右後ろ辺りから来ている。まだ、距離は少しある。けれど、近付かれてもそれはそれで少し怖いのもある。まだ、刃持ち達の持つ武器を全て知っている訳じゃない。
また、ゆっくりと動く音が聞こえ、その瞬間に起き上がって石を投げた。
狙いはぴったりで、躱される事も無く胴体に直撃して、そのまま倒れて動かなくなった。
……他には誰も来ていないみたいだな。
また寝る事にした。食うよりも寝たい気分だった。
昨日と同じ位の日が昇っていない時間に、刃持ちは荷物を軽くして川を渡って来た。腹を少し膨らませた自分に声を掛けて来る。
食った死体を見せてはいないが、何も特別な事や、変な感情は向けて来なかった。
同族を殺したのにそんないつも通りなのにも変な感覚があるけれど、似た姿形なのに殺し合うこの種族の事を色々分かっている訳でもない。
それが刃持ち達にとって当たり前なのかもしれない。
背伸びをして、両手をぶらぶらさせながら、喋って歩いて来た。
直接的に意味は分からなくても、何となくは分かる。その声に緊張感は無い。いつも通りの刃持ちの声だった。
待つ必要はもう無い。
……ああ、そうか。待つのに慣れていたのか。
昨日不思議に思った疑問の答は多分それだった。季節が変わるまでの間、森の中で何度も待ち続けた。それに比べれば、数日は些細なものだった。
川の流れる方向にまた、歩き始める。刃持ちも付いて来る。
自分は何も持たずに、強いて言えば偶に投げる為の石を持ちながら、刃持ちは腰に二つの刃と袋、そして前までは無かった別の袋を手に持って。
少し気になったものの、そのまま歩き続けた。
暑くなり始めて、また、ただ歩くだけの時が過ぎていく。気にするほどではないが、疲れはまだ少し残っているからか、自分の足取りは僅かに遅くなっていた。
けれど、刃持ちの方が足取りは遅かった。遅れて、少し走って追いついてを繰り返していた。
何故そのちっぽけな体で自分と長い時間ずっと戦い続けられるのだろう、と思っていた疑問が解けた気がした。
多分、刃持ちは無茶をしている。刃持ちの方が確実に疲労が残っている。
自分がおかしく思っていたのは正しかった。刃持ちが自分と同じ体力を持っている筈が無い。
足をもう少し緩めるべきだろうか。けれど、そこまで合わせるのは良く分からないけれど違う気がした。
何だろうか、そうしたならば、刃持ちとの殺し合っていると言うおかしな関係に皹が入るような感覚を覚えた。
もう一度振り返ると、刃持ちが元々持っていた袋の中に手を突っ込んで、何かを口に入れた。
それからは、いつも通りに並んで来た。
無茶は、きっとしている。
ただ一つ、はっきり分かった事は、勝つ為に自身を変えたのは自分だけじゃなかったという事だった。
暑さは、相変わらずだった。
これからきっと、かなり長い事このクソ暑い所を歩き続けるのだろうと思うと、少し嫌気はあった。
でも、ここを越えた先に何があるのかに想像を馳せると、それ以上に早く先に行きたくなった。




