17. 退屈だった
暫く歩いて、一緒に夜を過ごし、一緒に朝を迎えた。けれど、刃持ちと戦う事はしなかった。戦えばもう歩くのも辛い程に疲れるのは目に見えていたし、その夜、ぐっすりと眠れない環境に今は居る。
刃持ちからも戦いに誘っては来なかった。同じ理由かは分からなかった。
同じく刃持ちは自分にぽつぽつと何か喋りかけて来る事が多かったが、やはりそれを理解する事も出来なかった。ただ、白青混じりと暮らしていた住民達とは違う喋り方をしていた。
そこそこの間、その山で暮らしたから、それは分かった。
指の本数や体の形には全く変わりは無いのに。
まだまだ、この種族に関しては良く分からない事が多い。
山が見えなくなった。乾いた季節が始まりつつあった。
川が無いこのただ広がる平野で、水が飲めなくなるのは命に関わる事だ。けれど、どうすれば良いのか分からなかった。大きな水たまりは良く見つかるが、それも本格的に乾いた季節が来たら、全て失せてしまうのではないか。
このまま歩き続けて良いんだろうか。
刃持ちが何か知っているかもしれないが、そういう意志疎通が出来ないのはもう分かり切った事だった。
視線を上げれば、湿った季節よりも格段に雲の数が少ない空がある。血を飲むだけで渇きを潤せるとも余り思えなかった。
自然と、歩みは遅くなっていた。
その夜、山を出てから二度目の夜。刃持ちが折り畳まれた、大きく薄っぺらい物を取り出した。食い物を包んでいるものと多分同じようなものだろう。
それには、色々と模様が書かれていた。
何だろうと、地面に置かれたそれを見てみる。
意味ありげな細長い線や、密な模様が書かれている。刃持ちが密な模様の場所を指して、そこから一直線にすっ、と指を動かした。
指は、密な模様の上を通り、それから線の上を通り、山の上を通った。
ああ、と直感で分かった。その模様が山だと、線が川だと、密な模様が森だと分かった。刃持ちが最初に指で指した場所は、自分が住んでいた場所だ。すぐに分かった事にちょっと驚いた。
それから一瞬遅れて、どっと怖さが込み上げてきた。
刃持ちの種族は、どれだけ広い場所に居るんだ? いつの間に、ここまでの世界を知り尽くしていたんだ?
背筋が凍る程だった。体が固まっていた。
もう、自分や白青混じりのような純粋な肉体の強さというのは、もう絶対のものではなくなりつつある。
それを、はっきりと今、理解した。分かっていたのだとは思うけれど、頭のどこかがそれを理解するのを拒絶していた。
けれども、その事実はこの目の前の物に凝縮されていた。
この刃持ち、ひょろ長い種族は、自分達のようにただ、生き方を継承して生きているだけではなく、継承した上で、智恵を積み重ねて生きている事はもう、知った事だった。それが、自分達の力を追い越しつつある、いや、もう追い越されているのかもしれない。
否定したかったが、出来る考えも無かった。出来ない考えもそこまで無かったが。
固まっていると、声を掛けられた。
分かっているのか? というような顔だった。
分かっている。自分の太い指を今この場所辺りに指して、なぞった。
驚かれた。
こんな見た目はひ弱そうな種族が、自分や白青混じりを追い越していくのだろうか。ただ、強く在るだけではこれから先、生きていけない時が来るのだろうか。
自分が子を為したとしたら、ただ育てるだけでは駄目かもしれない。
刃持ちがそのまま指を先に進めた。元々自分が歩んでいた方向を続けるように。
その先には、川を示す線は何も無かった。森も無かった。何か別なものがちょこまかと書かれているけれど、それの意味は良く分からない。川や森では無さそうだ。
これから乾いていく季節になる。水が無い場所に行くのは、死にに行くようなものだ。
自分はともかく、刃持ちはそれをはっきりと分かっている気がした。
刃持ちが違う方向をなぞった。そっちには川があった。あの山からうねうねと曲がりくねって来ている川のようだ。多分、そんなに遠くない。
刃持ちがなぞった方向を、なぞり返した。川沿いに行けば、水に困る事はまず無い。
それに、その川の流れは最終的に自分が歩いていた方向と大体一致していた。
刃持ちがそれを仕舞い、息を吐いた。何かまた言っていたけれど、どうやら自分に感心しているように思えた。少し癪に障る思いがあったが、それは出さないでおいた。
数日で川まで辿り着くまでに、見える獣の数も少し増えた。植物も多く生えていた。やはり、水源と言うのは生きる者全てに対してとても重要なものだった。
水に困らなかったあの場所では大して意識してなかった事でもあった。
川は、あの大顎の獣が居た所よりも幅は無かった。水量もそこまでのものではなかった。
乾いて来る季節になるに連れて、水が少し減っているようだった。
そして、水に困らなくなったものの、まだ戦いはしていない。獣が増えた今は、尚更出来そうな環境では無かった。
兄姉とやった軽い喧嘩程度でもやりたい気持ちはあったが、刃持ちが同じ心境かどうかも分からなかった。
今まで、本当に疲れ果てるか動けなくなるまでしか、刃持ちとは戦った事が無かった。適当に疲れたから止めよう、何てした事が無かった。
不器用だな、と思う。
結局、ただ歩いて、獲物を適当に狩って食べ、軽く寝て、を繰り返しているだけだった。獣の様相もまた少しずつ変わって行き、暑さが更に強くなってきているが、驚くような事も無かった。
退屈は、かなりあった。
石を投げて、獲物の頭を砕いて仕留めた。
食べるのは三度目だったか、四度目だったか。近付いてみると、結構大振りだった。さくさくと刃持ちが毛皮を剥いで、膨らんでいる荷物の中にまた詰めた。
何の為にかは良く分からなかった。
そして、適当に四肢を引き千切って食べ、内臓も食べる。
血塗れになった手を舐めた。
かんかん、と刃持ちが石のようなものと枯草で火を付けて、肉を炙り始めた。夕方、暗くなりつつある空に、火はとても目立った。
焼いた肉も美味しいけれど、毎日食うのも微妙な事にこの頃気付いていた。
空を見上げると、見え始めた星が煙で隠れている。雲は、殆ど無かった。
暫くすれば、刃持ちがその小さな口でむちむちと焼けた肉を食べる音がする。偶に筒に入れた水を飲む音もする。
退屈だ、ともう何度思った事か。
けれど、戦おうとは何度退屈を覚えても思わなかった。戦いたくない訳ではない。決して、いや、多分。
確実に心の中にある、刃持ちとこうして歩いて先へ行ってみたいという気持ちは、やはり、勝っても殺したくないという気持ちに結びついていた。
勝ったらどうなる? 負けたらどうなる?
止めを刺すのか、それとも何も無かったかのようにまた歩き続けるのか。
その時になってみないとそれは分からない。勝った時、致命傷を負わせているかもしれないし、負っているのかもしれない。既に殺しているかもしれない。殺されているかもしれない。確実に殺せる状況に居るのかもしれない。確実に殺される状況に居るかもしれない。
何も、想像しただけじゃ、分からない。
刃持ちが肉を食い終えて、息を吐いて、寝転んだ。自分も、刃持ちも、目の前で隙を晒すようになった。いつからか、もう覚えていない。殺し合う仲だと言うのに。
退屈だ。けれど、悪くはない。そう思っているのも、刃持ちを見て思える事だった。
もう何度水を被ったか。自分の体から滴り落ちる水滴は、振り返れば既に蒸発して消えている時さえあった。
草木が川沿いだと言うのに減ってきていた。棘だらけの植物がちらほらと見えるようになってきていた。
棘を適当に取って食ってみれば、水々しくて意外と良かった。取り損ねた棘が口の中に刺さるのはやはり嫌だったが。
本格的な乾いた季節になってきていた。川沿いだと言うのに、同じく獲物も少なくなりつつあった。
それでも歩いて行くと、白青混じりの所で見たのと似た獣が多く居るのが、遠くに見えた。
刃持ちの足が、先に止まった。
新作捗らない
試しにこっち気分転換に書いたらさくさく進む




