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殊勝な黒須君。珍しっ

 いつの間にかまた眠っていて、何かの物音で目が覚めた。一瞬何が起きたのか分からなくて、それからああノックの音だ、と気がつく、

 (そういえば、鍵あけろとか言ってた)

 寝ぼけた頭でようやくそこにたどり着き、もう上履きを履きなおすのも面倒くさいので靴下のままぺたぺたと歩いてドアまで行く。

 「はいはい今開けますよー」

 相手には聞こえないであろう無意味な呟きを発しながら鍵を開けると、かちゃりという軽い音で鍵が開いたのを察したか、すぐに相手が引き戸を開けた。長身のすらりとしたブレザー姿が目の前に立ちはだかって、千倉は顔を上方向にあげて相手の顔を確認する。

 「……黒須君も体調不良?」

 「んなアホな」

 黒須は呆れたように言って、千倉を見下ろした。

 「っていうか千倉、寝てなくて大丈夫なのかよ?」

 「いやだって誰か来たら鍵あけてやってくれって先生が」

 それを聞くと、黒須はチッと軽く舌打ちをした。

 「あのヤブ保険医」

 言いながら部屋に入ってくる。

 「まあいいからお前は寝てろって」

 言いながらベッドに追いやってくるので、千倉は言われるがままベッドによいしょと入り込む。

 「で、何しに来たの黒須君は」

 見たところ、外傷もないようだし、元気そうに見える。むしろ吸血鬼にあるまじき元気さだ。

 (改めて考えると吸血鬼ってもっと不健康そうなイメージじゃないの?)

 吸血鬼といえばいつも青白い顔をしていて、目の下にクマがあるようなイメージだ。千倉の中で。でも黒須はいつもそのイメージの片鱗さえ見せないくらい活き活きして明るい。

 「あ。もしかして日光に当たって火傷したとか?」

 「俺が日光を恐れた姿をお前に見せたことが過去にあっただろうか」

 「だよね。なんで? 吸血鬼って日光に弱いもんじゃないの?」

 「弱いもんだよ? でも俺は日光に浴びても大丈夫っていう術式彫ってもらってるから日光の下でも快適」

 「なんだそれ」

 「俺にもよく……日本古来の術は珍しいって父さんがかなり喜んでた。あ、父さんの父さんがヨーロッパの吸血鬼で、あっちで日本人と結婚して、父さんは日本が見てみたくて身一つでこっち来たらしいんだけど」

 「へえ。あ、そいえばクオーターって言ってたもんね」

 「おう」

 「お母さんは普通の日本人なの?」

 普通の、人間なの? という意図はさすがに伝わったのか、黒須はこだわりなく頷く。

 「普通の日本人だったけど吸血鬼になったよ」

 「じゃあ三人暮らし?」

 「や。姉ちゃんと」

 「あ。お姉さんもいるんだっけ。美人だろうなー」

 「美人だけど。うーん、似てないよ?」

 「そうなんだ?」

 「俺はあんな暴君じゃない」

 「お姉さん、強いんだ」

 「おうよ。っていうか、俺なんで身元調査されてんの?」

 「そういえば吸血鬼の生態ってどうなってんだろうって急に思い立ったから」

 「めっちゃ今更だな。興味持つんならもっと前から持っとこうぜ」

 「や。あんま興味なかったっていうか。今ふいにちょっと気になったっていうか」

 「千倉俺に対して淡泊だなー。ちなみに、ニンニクはちょっと苦手。食えるけどあまり……けっこうかなり嫌い」

 「何のアピール」

 話をしながら、千倉は疑問に思う。本当に黒須の用事は何なのだろう? なぜここでだらだらと無駄話をし続けているのか?

 思っていたことが分かったのか、黒須はちょっと口ごもって、それから改まった口調になった。

 「俺、千倉に謝りに来たんだ」

 「は? 何で?」

 「俺が無責任にダイエットを勧めたばかりにお前が倒れるような羽目になっちゃって。ごめんな」

 千倉は一瞬ぽかんとして、それから呆れたような声をあげた。

 「黒須君、結構本気っぽく殺すとか言ってたくせになんでそんな殊勝なの」

 「いや。それはそうだけどだな。でもやっぱ千倉良い奴だし、悪かったなと」

 「いい奴ぅ?」

 「そうそう。最近元気なかったしな。もしかして俺が色々言ったせいで傷ついて、思いつめてたんだったら可哀想な事をしたな、とか」

 「えー? ないない」

 「そうなの? じゃあなんであんな元気なかったんだ?」

 心配してくれているらしい黒須の言葉が優しくて、なんだか急に喉が苦しくなった。何か大きな塊が詰まっているみたいで、息をするのが苦しい。なんで喉? と思っていたら黒須がぎょっとしているのが目に入った。

 (何? その顔)

 思っているうちにすぐにその姿がぼやけて見えなくなって。それで、初めて自分が泣いていることに気付いた。

 (あ。やばい)

 泣くのなんて自分のキャラじゃないし。そんなか弱い、女の子みたいなこと、自分には似合わないし。

 慌てて手の甲を両目に押し付けて視界を隠す。

 (黒須君、困ってるし)

 「ど、どうした千倉?」

 思った瞬間、動揺したような黒須の声が聞こえて来て。いつも余裕の黒須がそんな取り乱すだなんて面白いのに、面白がってる余裕がないくらい泣けてきた。泣けたのは、黒須の声が優しかったからだ。

 「ごめん、黒須君」

 「は? なんで謝んの?」

 「泣いて、ごめん」

 「……いいよ、別に」

 黒須はちょっと迷った末に、千倉の額に大きいな手を載せる。ゆっくりとそれを前後させて撫でる。

 「どした? なんかあったか?」

 その声が、いたわる様で、優しくて。逆に涙が止まらなくなるから止めてくれと言いたいのに、止めて欲しくない気がして言えない。

 「最近ちょっと……気が滅入る事がいくつかあって」

 「うん」

 黒須の相槌は穏やかで耳に心地が良い。促されるように、言葉が出てくる、しゃくりあげながら言うとも思っていなかったことを話していた。

 「自分を奮い立たせてたら疲れちゃったっていうか」

 「そっか」

 「自分がデブだって事痛感する事があったり」

 「……」

 「ちょっといいな、って思ってた人に彼女できちゃって。でも自分は告白する自信も全然なかったり……そうしたら、自分は女子としてもしかして最低レベルなんじゃないかとか思って」

 「痩せたらマシになるかと思って、ダイエットしても失敗しちゃうし」

 「頑張ってたもんな」

 「頑張っても、こんな倒れちゃって。情けないし馬鹿みたいだし、タンカで運ばれるし……」

 言ってるうちに、だんだんすすり泣きがおさまってきて、それとともに平常心も取り戻してきた。

 「……うわ。ごめん! 私何喋ってんだろ! ごめん。忘れて」

 はっと我に返って、猛烈に恥ずかしくなって、黒須の手を跳ね除けるように壁側に寝返りを打つ。

 「ごめん。寝るね。授業戻って」

 「……そうだな。昼飯までちゃんと寝とけよ。そして食えよ」

 そんな黒須の声がして、千倉の背後で足音が去って行った。


              + + +

 

 「三崎さん、見舞い行ってきたよ」

 保健室から戻ったその足で七組に行って黒須が小春に言うと、小春はちょっと肩をすくめた。

 「ありがとー。ついでに報告もありがと。でも、あんまり話しかけないで欲しいなー」

 「え。何で?」

 「黒須君の取り巻きの女の子って怖いんだもん。あんまり黒須君と仲良くしてると意地悪されちゃう」

 「……へー」

 「ってことで、ばいばい」

 「三崎さん、見た目に反して結構ドライだね」

 言うと、小春はにっこりと笑っただけだった。何を隠そう、千倉が倒れたことを真っ先に黒須に教えに来たのはこの少女なのだけど。

 保健室からこっち、ずっと引きずっているもやもやとした気持ちを抱えたまま、黒須は教室を去ろうと踵を返す。その時、そのクラスの男子生徒数人が噂話をしているのが耳に入った。

 「すげえよな。あの佐野とオダセン二人がかりで運んでったんだぜ?」

 「や。あのデブをよくも二人だけで運べたもんだと思うよ」

 「タンカから肉がはみ出しそうだったもんな」

 何気なく耳に入っただけなのに。その言葉を聞いた時、黒須の胸の中のもやもやが一気に増幅した。かっと頭に血が上って、気がつくと、つかつかとその男子生徒達に向かって行くところだった。

 驚いた顔の男子生徒三人組の真ん中の男子の胸倉をつかんで、引き寄せる。

 「あいつは女の子なんだ。あんま酷い事言ってんじゃねえよ」

 相手の男子生徒が驚きなのか恐怖なのかで声も出ない様子なのを、どつくように乱暴に引き離して、ついでに傍にあった机を一つ蹴飛ばして、黒須は七組を後にした。

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