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彩を忘れた私の世界  作者: uniーうに


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庇《おもい》を託す者

 ――父上の死を、誰が他国へ伝えたのか。

 その疑問が、頭から離れなかった。

 周辺諸国は、父上が亡くなったことを知っていた。

 そして、それを知ったからこそ、レオニス帝国に隙が生まれたと判断した。

 だが、父上の死を知る者は帝国内でも限られていた。

 ならば――誰かが意図的に情報を外へ流したことになる。

 そう考えながら、私はふと、エドワードと馬車の中で交わした会話を思い出した。

 あの時、エドワードは言っていた。

 父上が亡くなったあの日、皇帝の身辺を守る兵が少なかった、と。

 当時の私は、それを一つの事実として受け止めていただけだった。

 だが、今になって考えてみれば――おかしい。

 父上は、レオニス帝国の皇帝だ。

 その身を守る兵が少ないなど、本来ならあり得ない。

「……なぜだ?」

 思わず声が漏れた。

 もし誰かが護衛を減らしたのなら、誰が、何のために?

 私はしばらく考えた。

 そして、一つの可能性に思い至る。

「……当時のことを知っている者に聞けばいい」

 父上が皇帝だった頃から、城で仕えていた者。

 その中には、あの日の出来事を知る文官もいるはずだ。

 私は部屋を出ると、その文官の名を探した。

 しばらくして、その人物を見つける。

 現在も帝都で政務に携わっているらしい。

 私はその者を自ら訪ねることにした。

 やがて案内された部屋で、年老いた文官が立ち上がる。

「これは……皇帝陛下」

「急に訪ねてすまない」

「いえ、とんでもございません」

 文官は深々と頭を下げた。

 私は席につくと、すぐに本題へ入った。

「父上――クレンバルト・レオニスのことを聞きたい」

「……先帝陛下の?」

「ああ」

 文官の表情が僅かに強張る。

「父上が亡くなった、あの日のことだ」

 私は、まっすぐに文官を見つめた。

「お前は、あの日のことを覚えているか?」

「……もちろん、覚えております」

 文官は一瞬だけ視線を落とした。

「先帝陛下がお亡くなりになった日のことを、忘れることなどできません」

「そうか」

 私は一度息をつき、問いを続けた。

「では、あの日の父上の周囲には、どれほどの兵がいた?」

「兵、ですか?」

「ああ。父上の護衛をしていた兵の数だ」

 文官は少し考えるように目を伏せた。

「……普段より、かなり少なかったはずです」

「やはりか」

 エドワードから聞いた話と一致する。

「なぜだ?」

「それは……」

 文官は言葉を選ぶように、ゆっくりと口を開いた。

「先帝陛下ご自身が、護衛の配置を変えられたからです」

「父上が?」

「はい」

 思わず聞き返した。

「詳しく話してくれ」

「先帝陛下は、亡くなられる少し前から、ご自身の身辺をかなり気にされておりました」

「何かあったのか?」

「具体的なことまでは、私には分かりません。ただ……陛下は、何かを警戒されていたように思います」

「そして、護衛を?」

「はい」

 文官は頷いた。

「陛下は、ご自身の護衛の一部を減らし、その兵たちを別の場所へ回すよう命じられました」

「どこへ?」

「……アシュ様の居室周辺です」

「私の?」

「はい」

 思わず言葉を失った。

 あの日。

 父上の部屋にいた兵が少なかったのは、誰かが勝手に護衛を減らしたからではなかった。

 父上自身が、そう命じていた。

「……なぜ、私のところへ?」

「それについて、陛下はこう仰っていました」

 文官は少しだけ間を置いた。

「『何かあった時には、まずアシュを守れ』と」

「……」

 胸の奥が、僅かに締めつけられた。

 父上は、自分の身に何かが起こることを察していた。

 それなのに――

「父上は……自分の護衛を減らしてまで、私を守ろうとしたのか」

「はい」

 文官の返事は、迷いのないものだった。

 私は俯き、拳を強く握った。

 あの日、父上の部屋を守る兵が少なかった。

 それは偶然ではなかった。

 父上自身が、私のためにそうしたのだ。

 だが――

「……一つ、聞きたい」

「はい」

「父上は、なぜそこまで警戒していた?」

 文官は黙った。

「何か、具体的な出来事があったのか?」

「……申し訳ありません」

 文官は静かに頭を下げた。

「そこまでは、私にも分かりません」

「そうか……」

 父上は何かを感じ取っていた。

 そして、自分ではなく私を守ろうとした。

 父上は一体、何を知り、何に恐れていたのだろうか。

「父上の身辺で何か起きたことはなかったか?」

「……」

 文官は再び考え込んだ。

 しばらくして、眉間に皺を寄せる。

「一つ……ございます」

「何だ?」

「陛下の執務室で、少し妙なことがありました」

「妙なこと?」

「はい」

 文官は記憶を辿るように、ゆっくりと言葉を選んだ。

「確か、陛下がお亡くなりになる二週間ほど前だったと思います」

「二週間前……」

「昼過ぎのことでした。私はその日、陛下へ提出する書類を届けるため、執務室へ向かっておりました」

 文官はそこで一度言葉を切った。

「執務室へ続く廊下に差し掛かったところで、見慣れない男が立っていることに気付きました」

「男?」

「はい」

「どんな人物だった?」

「背丈は……私より頭一つほど高かったでしょうか。黒に近い髪で、濃い色の外套を着ておりました」

「顔は?」

「それが……」

 文官は申し訳なさそうに首を横に振った。

「はっきりとは覚えておりません」

「なぜだ?」

「その者は、私に背を向けていたのです」

「……」

「最初は、陛下の側近か、あるいは何かの用事で呼ばれた者だと思いました」

「なら、なぜ妙だと思った?」

「その者が立っていた場所です」

「場所?」

「陛下の執務室の扉のすぐ前でした」

 文官は指先を軽く握った。

「ですが、その日は陛下が誰かを呼ばれる予定などありませんでした。少なくとも、私が把握している予定にはなかった」

「それだけなら、予定外の来客だった可能性もあるだろう」

「はい。私も最初はそう思いました」

 文官は頷く。

「ですから、私はその者に声を掛けようとしました」

 文官は続けた。

「ですが、その瞬間です」

 文官の表情が僅かに変わった。

「執務室の扉が開きました」

「父上が?」

「……いいえ」

 その一言に、私は眉を寄せた。

「中から出てきたのは、陛下ではありませんでした」

「誰だ?」

「陛下付きの侍従です」

「侍従が?」

「はい。侍従はその男を見ると、少し驚いたような顔をしました」

「何か話したのか?」

「私のところまでは聞こえませんでした。ただ……」

「ただ?」

「男は侍従に何かを告げると、そのまま廊下を戻っていきました」

「執務室には入らなかったのか?」

「……はい」

「では、なぜ執務室の前に?」

「それが分からないのです」

 文官は困ったように答えた。

「その者は誰かを待っていたようにも見えました。ですが、侍従が出てきた直後には立ち去った」

「その男と侍従は知り合いだったのか?」

「それも分かりません。ただ……」

「何だ?」

「侍従は、その男が立ち去ったあと、しばらく廊下を見つめておりました」

「……」

「私が『今の者は誰ですか』と尋ねると、侍従は少し迷ってから、『陛下がお呼びになった者です』とだけ答えました」

「父上が?」

「はい」

「それなら、何もおかしくないではないか」

「私も、その時はそう思いました」

 文官は静かに頷いた。

「ですが、その後です」

「何があった?」

「私は書類を陛下へお渡しするため、執務室へ入りました」

「その時、陛下に確認しました」

「何を?」

「先ほどの男についてです」

「父上は何と?」

 文官はしばらく黙った。

「……『そんな者を呼んだ覚えはない』と」

「……何?」

 思わず聞き返した。

「父上が、そう言ったのか?」

「はい」

 文官ははっきりと頷いた。

「私は聞き間違いかと思いました。ですから、廊下にいた男の特徴を伝えました」

「父上はなんと?」

「陛下は、しばらく黙っておられました」

 文官は続けた。

「そして、『その男のことは、誰にも話すな』と仰いました」

「……」

「理由を尋ねることはできませんでした」

 部屋が静かになる。

 私は文官の話を頭の中で整理した。

 父上の執務室の前に、見知らぬ男がいた。

 その男は、皇帝付きの侍従と何らかのやり取りをしていた。

 だが――

 父上は、その男を呼んでいない。

 そして父上は、そのことを誰にも話すなと命じた。

「その男を見たのは、それが最後か?」

「……いえ」

 文官は首を横に振った。

「もう一度だけ、見ました」

「いつだ?」

「先帝陛下がお亡くなりになる、数日前です」

「……」

「その時は、以前とは違いました」

「どう違った?」

「男は、陛下の執務室ではなく――」

 文官が一度言葉を止める。

「アシュ様の居室へ続く廊下におりました」

 私は息を呑んだ。

「……私の部屋に?」

「はい」

 文官は静かに頷いた。

「ただ、その時は私が気付くより先に、別の者が男へ声を掛けました」

「誰だ?」

「陛下直属の護衛です」

「それで?」

「男は何かを答えたようですが、私のところまでは聞こえませんでした。その後、護衛兵が男をその場から離しました」

「捕らえなかったのか?」

「……はい」

「なぜ?」

「それも、分かりません」

 私は黙り込んだ。

 父上の執務室の前に現れた男。

 その数日後、今度は私の部屋へ続く廊下に現れた。

 そして、その直後。

 父上は自分の護衛を減らし、その兵を私の周囲へ移した。

 偶然とは思えなかった。

「その男の顔は見たのか?」

 私は尋ねた。

「……いいえ」

 文官は静かに首を横に振った。

「ですが、背丈や服装でしたら、ある程度は覚えております」

「それならいい」

 私は立ち上がった。

 顔まで分からなくてもいい。

 今は、あの日に何が起きていたのかを知ることの方が重要だった。

「今日は助かった。話してくれてありがとう」

「いえ……」

 部屋を出ようとしたところで、背後から文官の声が聞こえた。

「皇帝陛下」

「何だ?」

 振り返る。

 文官は少し迷った後、口を開いた。

「先帝陛下が亡くなられる前日、私が最後に陛下のお姿を拝見した時のことです」

「……何かあったのか?」

「陛下は、私にあることを仰っていました」

「何と?」

 文官は、当時の言葉を思い出すように目を閉じた。

「『あとは、あの子を頼む』と」

「……」

「私は、それがどういう意味なのか分かりませんでした」

 文官は深く頭を下げた。

「ですが今になって思えば……」

 その先の言葉を、文官は口にしなかった。

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