閑話:伊原くんは気になる
その日の公演終わり。他キャストがSNS更新に使う写真撮影に伴ってから一咲が楽屋の一席でひと息ついていると、頬にひんやりとしたものが触れた。顔をあげれば、有馬がいた。すでに着替えを終え化粧も落としているどころか、さっぱりとした黒髪は軽くセットもされている。細かいところまでこだわる我がユニットの頼れるリーダーである彼らしい。
「お疲れさん」
有馬の少し釣り目がちの瞳がにっと笑む。一咲もつられるように瞳を細めた。隣に座った有馬からペットボトルを受け取る。
「お疲れ様、有馬」
「珍しいな」
「え?」
「一咲は他キャストと写真撮るの終わったらすぐに着替えるタイプだろ。それに自分用の写真は初日と楽日しかとらないマネ泣かし。なのに、まだウィッグすら外してない」
「あぁ……いや」
一咲は一思案してから、口を開く。
「……今日、最前列に、目がたくさんある子いたのが見えて」
「ああ、いたな。目がたくさんある……百目鬼とかそういう妖怪との半妖なんじゃねぇか」
「百目鬼……」
スマホで調べようと思っていつものくせでポケットに手を突っ込みかけたが、まだ衣装を着たままだった。
「有馬、相変わらず妖怪に詳しいね」
「そりゃあユニットの半分が半妖だったら、多少調べたりするだろ。ていうか、いっそう珍しいな。お前がひとりのお客さんに興味を持つなんて。たしかに、男性客はまだまだ貴重だし印象に残る容姿ではあったけれど。でも、お前、ろくろ首っぽい客がいたときも、小さい狸みたいな客がいたときも、わざわざ気にしてなかったろ」
たしかに、有馬の言う通りでもある。自分が珍しいことを考えているのも、彼が珍しい存在であることも。
「……多分、一人のお客さんに、あれだけの視線を向けて貰ったのがはじめてだったから」
大抵人間が持っている一対以外に、彼は頬や首、腕などにも目を持っていた。そしてそのすべての視線が一咲が演じるトーマに注がれていた。どの目も、眩しいほどに澄んで煌めき、熱烈で、一咲は肌がひりっと焼かれるような感覚さえした。
「ま、たしかに、そうそうあることじゃあねぇだろうな」
「マネさんもう車回してくれってから。さっさと着替えろよ」と言い残し、有馬は去っていく。一咲はウィッグを外し、少し癖がついてしまった金の髪を指先で軽く直しながら、思う。
(あの子、「ヘヴ・デヴ」のファンなのかな)
少なくともこれまでの客席で、彼の姿を見たことはなかった。原作が好きで初めて2.5次元舞台を鑑賞にしてみることにしたというタイプだろうか。だとしたら。
(舞台、楽しんでくれたかな……また、俺の出てる舞台に、来てくれたりするかな)
本当に、珍しいことを考えていると我ながら思う。
来場してくれるすべての客に楽しんでほしいと、気に入ってもらえたのならまたこの作品の公演にも、自分が出るほかの公演にも足を運んでくれた嬉しいと思っている。けれど、特定の誰かに対してそんな望みを抱くのは、はじめてだった。
「また、会えたらいいな」
一咲は化粧を落としながら、とりあえず後で百目鬼について調べてみようと思った。




