第8話 量子猫降臨(¥50,000)
神喰丸の登場を受け、巨大猫が視線を動かした。
その頭が2つ、3つと増えていく。
狙い通りだが、シンジク駅東口、都心のど真ん中である。
人目に付くのはどうしようもない。
「頭が増えてる!」
「マジか!」
「都市伝説じゃねぇのかよ」
「かわいー♡」
「こっち向いてー!」
「Three heads?!」
通行人や観光客がどよめき、歓声をあげた。
前世ならば歓声でなく悲鳴があがり、パニックになってもおかしくない場面だが、元々テラモンと共存し、大型モンスターの存在に免疫のある世界である。
3Dビジョンのビルの下の方では既に体高2メートル超えのパンダテラモンが客寄せをしていたりするので、大きな混乱は生じなかった。
シュレベロスの視線の先にいるのは、パトカーから降りてきた神喰丸。
ひとりで動き回られるよりマシだということで警官たちに護送されてきたらしい。
釣り堀にやってきた比嘉刑事の姿もあった。
シュレベロスは3Dビジョンをするりと抜けだし、地上に降り立つ。
体長およそ3メートル、三つ首の三毛猫テラモン。
知性の高いテラモンである。大人しく信号を待ってから道路を渡り、興味津々で見守る群衆をすり抜けて移動、オレのことは無視して神喰丸の目の前で足を止めた。
「しゅれにゃ」
とぼけた鳴き声だが、シュレベロスは、量子コンピューターに匹敵する演算、ハッキング、クラッキング能力を備えている。
神喰丸の課金チャットひとつでやるべきことを理解し、誘拐されたドヒョウガメのテラモンボトルの移動履歴を追跡、周囲に大小、無数のウィンドウを展開し始める。
やがてウィンドウのひとつに、ハンバーガーショップ店内の防犯カメラ映像が表示された。
着物姿の一人の力士が洋服姿の固太りの男に紙袋に入ったなにかを手渡す場面が映っている。
力士は知らない顔だが、恐らくは神喰丸の付け人の一人、ドヒョウガメ誘拐の実行犯だろう。
固太りの男は一人はネットで見た六根丸譲司。
相撲部屋を追い出されたことで完全にその筋に身を落としたらしい。
見事なチンピラ、反社系ファッションだ。
「六根丸、飛田譲司と付け人の鬼打丸啓介です」
神喰丸が告げると、比嘉刑事がスマホを出し「比嘉です、神喰丸さんの付け人の鬼打丸啓介が飛田譲司と接触していました。盗み出したテラモンボトルを飛田に引き渡したものと思われます」と報告を入れる。
飛田、というのが六根丸譲司の本名のようだ。
六根丸同様、鬼打丸のほうも既に被疑者リストに入っていたのだろう。意外そうな様子はなかった。
そんな動きをよそに、シュレベロスは追跡を続けていく。
追跡対象は六根丸のみ。
もうひとりの鬼打丸は比嘉刑事が電話をした時点で雪風部屋に居て、早々に身柄を確保されたらしい。
最初はファーストフードの店内カメラだったが、警察が管理している街灯の防犯カメラや自動車ナンバー自動読取装置などのデータなども引っ張り出し、六根丸譲司の足取りを追っていっていく。
堂々たるハッキング、クラッキング行為である。
「おいおいおいおい、なにやってんだこいつ……」
比嘉刑事がウチナー地方訛りで悲鳴をあげた。
やがて、六根丸の現在の所在地が判明した。
ネコハマシティ。
キザクラエリア。
ネコハママッドタワー。
前世で言うと神奈川県横浜市、みなとみらい地区に立地する超高層ビルである。
かつてはネコハマアリーナタワーと呼ばれ、テラモンマッチの聖地のひとつに数えられていた。
ネコハマシティを舞台にした〈テラリウムモンスター 蒼穹のアクアリウム/深淵のプラネタリウム〉での神話級テラモンの暴走で空間や因果律が歪み、ゼノテラモンと呼ばれる危険度の高いテラモンが発生するようになったため閉鎖。
外伝作品となる〈テラリウムモンスター アンダーカバー〉では周囲のキザクラエリアごと反社会的勢力に支配され、マッドマッチと呼ばれる非合法テラモンマッチの舞台となっていた。
「キザクラエリアか……」
比嘉刑事が呟いた。
〈アンダーカバー〉はCERO15なのでハードな描写は多くないが、テラモン世界では指折りの犯罪多発地帯である。
ゲームでは誘拐テラモンや密輸テラモン、稀少テラモン、違法アイテムが闇取引されたり、さっき言った非合法のテラモンマッチが行われたりしていた。
警察というか政府は何を――とツッコミを入れたくなるところだが、そこはゲーム世界ということなのだろうか。
警察にも迂闊に手が出せない無法地帯のまま放置されている状態だ。
「にゃ」
シュレベロスは新しいウィンドウにネコハママッドタワーの映像を出す。
かつてテイトー地方最大規模を誇った超高層ビル型テラモンアリーナ施設。
元は地上70階建て、高さ300メートル。
ただし〈蒼穹のアクアリウム/深淵のプラネタリウム〉で上のほうのフロアは消し飛んでいる。
「ドヒョウガメはここにいるのか?」
神喰丸が問いかける。
「しゅれにゃ」
2本の前足で3つの顔を順に撫でながら応じたシュレベロスは、何故かオレのほうに目を向けると、ベルトに付けていた空きボトルのあたりに軽く肉球を触れて来た。
「オレ?」
リンクしろというのだろうか。
”残念やけどカツアゲやな。そのボトルよこせ、いうとる”
テラモンのほうからオレにリンクを求めてくるシーンではなかったらしい。
まぁ求められてもオレのリンク枠はハネさんで埋まっているが。
持っていた空きボトルはリンク用というより護身用。
物騒なエレモンが出た時投げつけて短時間拘束、その間に逃げるためのものだが、汎用ボトルなので一応リンクも可能である。
「ボトル代はどこに請求すればいいんだ?」
スパチャ代金もも戻って来ないだろうか、などと思いつつボトルを差し出すと、シュレベロスはそれをくわえて神喰丸に突き出した。
神喰らいのカズトキとシュレベロス。
ゲームどおりの組み合わせとなる。
「リンクしろというのか?」
“一緒に行ったるって言うとるな“
「一緒に来てくれるそうです」
ハネさんの通訳内容をそのまま伝える。
比嘉刑事には「なんだこいつ?」という目をされてしまったが、神喰丸は納得してくれた様子だった。
「頼む」
神喰丸はテラモンボトルのフタを取る。
「しゅれにゃ」
シュレベロスが光の渦に変わり、ボトルの中へと姿を消した。
シンジク駅東口の名物である3D三毛猫をキャプチャしてしまったが、バックアップデータのようなものを残していたらしい。
3Dビジョンに再び巨大三毛猫が姿を現した。
「ボトルの代金をお支払いします。さっきの課金チャットのほうも――むきだして恐縮ですが」
神喰丸が財布から3万円出して渡してくれた。
流石は若手最有力幕内力士と言ったところか、体だけでなく、財布も分厚いようだ。




