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2章ー1…開き直った令嬢は逃げる!







 「―――っぅうっ―――ひっくっ―――うぅぅ―――・・・」


 静かな馬車の中で、子供のように泣きじゃくる声だけが闇夜に消えていく。


 「もう・・・もうやだ・・・・こんな・・・意味・・・な・・い・・」


 夜会の会場を出るまではと耐えていた感情が、もう抑えきれなくなっていた。


 「消えたいっ・・・私っ・・がいるか・・っら・・・みんな・・・傷・・つ・・っく・・っうぅっ・・」


 シリルと婚約してからの約3年の間、リュドミラはひたすらに耐えてきた。


 未来の王妃として


 婚約者として


 公爵令嬢として


 でも誰も幸せになれない。




 シリルも・・ミラも・・・他の令嬢たちも・・・両親も・・・マリアも・・・




 ――――――そして私自身も・・・・



 何でこんなことになったんだろう。私がシリルを望んだからいけなかったのだろうか・・


 彼が嫌がったあの婚約の儀の日に私が婚約を拒否したら・・こんなことにならなかったのだろうか・・


 そうすればミラとシリルが出会って何も問題なく二人は婚約できたのだ。



 とめどなく涙が零れ落ちる。


 私がいなければ・・・きっと・・・


 馬車の中で自問自答を繰り返しながら、次第に自暴自棄に陥り始めたリュドミラは、考えてはいけないことを想い始める。



 「・・・消えてしまおうか・・」


 譫言で呟くその言葉はシアンテ公爵邸タウンハウス到着によりかき消えた。



 馬車をおり、邸宅に入ると執事はとんでもないものを見たかのようにどこかへ走り去っていく。とぼとぼと自室に戻り、着替えもせずにソファに腰掛けると、また涙が零れてきた。


 (あぁ・・・私の心は壊れてしまったのかしら・・)


 自分が流す涙が悲しみで泣いているのか・・自分が情けなくて泣いているのか・・考えることを放棄し始めていた。



 ―――トントントン


 「ミラ・・・部屋に入っても良いかしら?」


 お母様の声・・「どうぞ」とリュドミラが招き入れると、お母さまとお父様は部屋に入るなりこちらに駆け寄ったかと思うと瞳を大きく見開き悲痛の表情を浮かべている。


 「お母様?・・・お父様?・・どうなさったのですか?」


 もう自分が涙でぐしゃぐしゃになった顔を隠すことすら気にも留めない娘に、悲しんでいるなど察する気持ちすら失ってしまっていた・・



 「ミラ・・・私のかわいいミラ・・・貴女をこんなに・・こんなに追い詰めてしまっていたのですね・・・」


 お母様も涙を堪えもせず、泣きながら申し訳なさそうにリュドミラに話しかける。


 「ミラ・・・すまない・・・夜会で・・殿下と・・何かあったんだね?守ってあげられなくて・・本当にすまない・・」


 お父様はまだご存じないはずだ。きっと明日になれば婚約破棄の話はこちらにも伝わるはずだけれど・・察してくれたお父様に【嬉しい】という感覚か少しだけ残っているような気がする。リュドミラは他人事のように感じていた。



 「お父様。お母様。・・・ご迷惑をかけてしまって申し訳ございません。恐らく明日以降には婚約破棄に向けて動きがあるかもしれませんわ。家紋の名誉を傷つけてしまってごめんなさい・・」


 いつものリュドミラならば、心の底から申し訳ないと伝わるように謝罪できたであろう。しかし、すでに彼女の心は壊れかけ、謝るだけで精一杯の状況にまで陥ってしまっていたことに両親は痛感していた。


 

 「家の名誉など・・気にしなくてよい。子どもを守れない親である私が、そんな家の名誉なんて語る資格はないのだから!!」


 「そうよ・・貴女は3年も頑張ってきたわ!・・私は誇らしい。もう気にしなくていいの。気にしなくていいのよ!!」


 両親はソファに座るリュドミラをぎゅっと抱きしめて離さなかった。


 (あぁ・・・なんだかこんなこと・・・前にもあった気がするわ・・)


 涙を流したまま頭の中はすでに現実が見えていなかった。両親の温かい声音もまるで残響のようにしか感じない。


 ただ涙を流しながら自分に抱き着く両親を他人事のように見つめることしかなかった。


 その夜正気を保てなかった私は侍医に処方された精神安定剤と睡眠導入剤で気づかないうちに眠りについたのだった。




***



 「・・・・・」


 目を覚ましたリュドミラはベッドに横になったまま、冷静に昨夜のことを思い出していた。



 「・・・・・」



 夜会の会場を出てからの自身の行動が少しずつ思い出されるのだが、自分とは思えない幼稚な行動と、現実逃避して心ここにあらずで両親にひどい態度をとってしまった自分にまた逃げ出したくなってしまっていた。



 「私・・・・とんでもない態度を・・・どうしましょう・・ 」


 穴があったら入りたいとはまさにこのことだ・・きっと邸の使用人たちも、戻った私を見てさぞ驚いたはずだ・・・


 しわだらけの服・・・髪は振り乱したようなぼさぼさ・・そして止まらない涙でむくみ真っ赤になった顔・・・


 「・・・し・・・死にたいっ・・」


 がしゃーーーーーーんっ



 「??!!!」


 リュドミラがぼそっと呟いた言葉の直後、何かが壊れるようなとんでもなく大きな音が部屋の端から聞こえて、思わずリュドミラは飛び起きた。



 「マリア?!!」


 そこには顔面蒼白でこちらを大きく目を見開いて固まるマリアの姿があった。


 「――お嬢様・・・っそのようなことおっしゃらないでくださいっ!!お嬢様に何かあったら・・旦那様も奥様も昨夜以上に悩まれて・・・それこそお嬢様が天に召されてしまったら、後を追われてしまいます!!」


 「・・・マリア・・大げさな―――」


 「っ大げさなんかじゃありません!!!お嬢様はシアンテ公爵家の宝なのです!!ご自身の価値を忘れないでください!!!」


 「・・・マリア・・・ありがとう。」


 必死なマリアの言葉は嘘も偽りも感じることはない。しっかりとリュドミラの心に響き渡った。


 「貴女はずっと私を守ってくれているから・・貴方の言う私の価値を・・私も信じたいわ。」


 ぎこちない微笑であったが、その瞳はしっかりとマリアを見つめていた。


 「わかって下さったら良いんです!ここを片付ける前に、旦那様をお呼びしますのでお嬢様はそのままお待ちくださいね!」


 いつものマリアに戻ると意気揚々と彼女は部屋を出て行った。


 「・・・ありがとう。」


 (昨日までは自分が独りぼっちになってしまったように感じていたけれど、私の存在を求めてくれる人たちがいたのよね・・・)


 一緒に悲しみ涙を流してくれた両親。自分の価値を見失わないように意見してくれたマリア。


 (まだ死ぬのは早すぎるわね・・)


 リュドミラは自嘲気味に心の中で嘆息したのだった。



***



 「ミラっ!!起きたのかい?!」


 ドタバタと普段ではありえないような慌て方でお父様とお母様は部屋に入ってくる。


 リュドミラの両親は決してマナーのなっていない人たちではない。普段であれば高位貴族であることを誇りとし、王国や自領の為に最善を尽くすとても真っ当な方たちなのだ。


 そんな二人をこんなにも取り乱させているのは娘の私なのだ・・・


 「お父様。お母様。・・昨夜は取り乱していたようで、ご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした。」


 リュドミラは心を込めて謝罪した。


 「そんなことを気にしなくてよい。ミラが元気になってくれることの方が大切なのだから!!少しは落ち着いたかい?」


 お父様は心配そうに様子を伺いながらも、優しい眼差しで微笑んでからリュドミラをそっと抱きしめた。


 「えぇ。冷静さを大分取り戻せたようです。ありがとうございます。」


 リュドミラの言葉に心から安堵した二人は昨夜のことを話したいとリュドミラに告げる。


 「実はね。昨夜殿下が謝罪に来られたのだよ。」


 「―――――え?・・・謝罪???どういう事でしょうか?婚約破棄では?」


 「私もそのことを夜中に言いに来たのかと腹が立っていたのだけどね・・どうやら違ったらしいのだ。婚約破棄の件はまだ何もおっしゃられてはいないよ。」



 「・・・ではなぜ謝罪など?」



 「私たちも昨日のことを知らなかったからね、殿下に説明を求めたんだよ。どうやらミラの取り巻きたちが殿下のエスコートしていた令嬢にワインをかけようとしたのを、ミラが身を挺して止めようとしたんだろう?それを殿下が確認もせずにミラのせいにして、申し訳ないって頭を下げに来たんだよ。」


 「・・そう・・なんですか?・・」


 昨夜のあの様子では、とてもリュドミラに謝ろうと思っている様子には思えなかった。むしろ顔も見たくないと言ったのはシリルだ。まさかミラが何か言ってくれたのかしら?


 「それで・・・今日も改めて本人に謝罪したいとおっしゃっているのだが・・」



 「嫌です!!!」


 それは無意識の拒絶だった。


 考える間もなくリュドミラの体がシリルに会うことを拒絶する。そこでリュドミラはやっと自覚した。


 「お父様。お母様。不肖の娘をお許しください。

 私はシリル殿下に会いたくないです!もう心が耐えられないのです。」


 リュドミラの全てがシリルを遠ざけようとしていた。嫌いになったとか、そんな軽いものではない。自分がシリルに関わることは皆を不幸にする。昨夜リュドミラは痛感してしまったのだ。


 婚約破棄しないと万が一に言われたとしても、シリルに微笑んでもらえる自信はもう微塵も残っていない。もう耐えて自分を殺したくない。リュドミラの心も体も限界なのだ。



 「ミラ・・お前には療養が必要だね。

 実は先日お前の伯父から、たまにはサマステアに遊びに来るようにって手紙が来ていたのだよ。どうだい?しばらく療養として気が済むまで遊びに行ってきても良いんじゃないか?」



 「お父様・・・良いのですか?」



 「勿論だとも!それでミラが自分を守れるなら私たちは喜んで見送るよ!」


 お父様とお母様は慈愛の籠った優しい微笑みをリュドミラに向けてくれたのだった。



***



 お父様もお母様も、【私】を守りたいと言って下さった。私も自分を守りたい。もうこれ以上自分を壊したくない。



 (そうよ!!・・・私は私を取り戻すべきなのだわ!!リセットするの!!そうすれば、シリルも、ミラも、みんな幸せになれるわ!!


 そうよ!!!まずは逃げよう!!!殿下から!!)



 気持ちが定まるとすぐにマリアを呼び出した。


 「マリア!!!私は私を取り戻すためにサマステリアに逃亡するわ!!!」



 「―――はいっっ??!」


 リュドミラの決意にマリアは素っ頓狂な声で唖然とするのだった。























いよいよ2章突入です。ここからは吹っ切れたリュドミラが我が道を突き進みます!

更新はきのむくままに・・ですm(__)m

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