王子、ツッコミが止まらない
あら。もうそんな時間? もしかして待たせてしまったかしら。ごめんなさい。と、彼を見上げて言おうとしたら彼は私から目を逸らした。めっちゃ怖い顔をしてる。と思ったらソフィア様と第二王子とルビー姫と睨み合っている。あれ? あの? そう思いながら双方を見ていたら私に視線を戻した彼は言った。
「アリアネル。行くぞ」
「アイオライト様!? ちょっとお待ちになって!」
がるるる。とでも聞こえそうな程敵意に満ちた顔でソフィア様がさっきよりもしっかり私の肩に負ぶさる。
「まだお話が終わってませんの。そちらの都合でアリアネルを振り回すのやめて下さらない?」
「そうよそうよ!」
「俺達だってまだ遊んで貰ってないんだからね!!」
「いえ、あの、そもそも彼と約束があって…」
と言いかけた私の言葉は誰にも届かず。あの? あのー…。そして暫く無言で睨み合う両者。本気で怖いんですけど。
「…殿下?」
と、アイオライトは一言低い声で呟いた。ばっと視線の集まった第一王子は「うーん」と、さっきと同じ一言を口にして肩を竦めた。え? この人大丈夫? 本当に王子? からの国王? マジで? そう思った日もかつて私にもありました。けれど心配することなかれ。このメンバー以外には中の人が代わったのではないかと思う程やり手になるもので、それはそれは一度こっそりその様子を見せて貰った私が感動した位。言葉を失っていたら何故かおろおろとしながら青ざめた殿下に「引いた?」と聞かれ「いいえ。大変格好良かったです」と答えしたらば更に二重人格が進んだとか進んでないとか。ここまでSとMが綺麗に共存している人も珍しい。
そんな殿下は只今ドMモード。幼なじみにも妹にも弟にも睨まれて、しかも友人にも低い声で空気読めよと諭され、さてどうする。
「アリアネルはアイオライトと約束があったのかな?」
「あ、あの、はい」
さっきの言葉を彼だけが拾ってくれていたらしい。頷いたらにこにこ顔のまま、殿下も頷いてこんな事を言う。
「それなら行った方が良いね」
「殿下!!」
「「お兄様!!」」
「仕方ないよ。アリアネルの迷惑になってはいけない」
「…」
そう言ったら皆黙った。その三人に向かって言う。
「殿下。ルビー姫。ソフィア様。本当に申し訳ございません。父の仕事の関係で本日アイオライト様にご足労頂くことになっていまして、一緒に帰宅することになっているんです」
「…なら、仕方ないね」
と、第二王子が呟いた。
「アリアネル、ぎゅーってしてー」
両手を広げて言ったルビー様をぎゅーっと抱き締める。そして頭をなでなでした。
「ソフィーって呼んでー」
ルビー姫に乗っかってお願いするソフィア様には苦笑いでごめんなさいをする。そんな事できませんて。
「アリアネルー! 酷いーー!!」
一人治まらない様子のソフィア様を見下してアイオライトが鼻で笑った。ちょっと。そういうところだぞ。そのアイオライトのゲスい顔を見せないように慌てて回転させて私は言った。
「では皆様。お先に失礼します。ご機嫌よう」
その後、その場に残された四人。
「何よあの態度!! アリアネルとちょっと仲がいいからって調子に乗ってー!!」
きいいー!! 完全にウソ泣きだったソフィアは怒り心頭の顔で叫んだ。
「そうだそうだ! ちょっと有能だからって!!」
「格好良ければ何しても良いと思っているところが本当に腹立つー!!」
「…」
誰も悪口を言っていない。と、第一王子は一人冷静に思った。その第一王子に三人が食って掛かる。
「殿下! 何とかして下さい!」
「そうです!! このままじゃあいつにアリアネルを取られちゃう!!」
「お兄様がアリアネルと結婚すれば良いのに!!」
…しーん。ルビー姫が叫んだ言葉を最後に、そこには沈黙が訪れた。そして顔を見合わせた三人はやがて満面の笑みで第一王子の顔を覗き込む。
「お兄様。それが良いと思います」
と、第二王子。
「そうしたらアリアネルが本当のお姉様に」
と、ルビー姫。
「そして格下の私の事をソフィアって呼べるようになりますわ」
と、ソフィア嬢。
最後の言葉を聞いて、なんでやねん(意訳)と王子は思った。二人だけの秘密だけど、実は王子とソフィアは付き合っている。まさか恋人から他の女性との結婚を勧められるとは。しかも割とマジ。
「あのねぇ…」
と、ため息交じりに何か言おうとした第一王子よりも先に第二王子が口を開いた。
「あ! まさかあの二人、既に恋人同士だったりしませんよね!?」
「えー!? でも、そんなの関係ありません! お兄様は王子なんだから!! 国王になるんだから!! アリアネルにお願いすれば結婚できるでしょう!?」
「そうです!! この際権力でもなんでも使ってアリアネルをこちらのものにしましょう! 結婚してしまえばこっちのものです!!」
だから、なんでやねん。(意訳)と、王子は思った。弟妹はまだしも、恋人であり、もう大人間近の年齢のソフィアには突っ込まざるを得ない。まぁ、その位皆がアリアネルの事を好きなのは分かっているけれども。
「駄目。無理」
と、王子ははっきりと首を横に振った。話がこれ以上盛り上がる前にきっぱりと意思表示をしておかないと本当に大人を巻き混みかねない。その位の本気を感じる。その前にソフィアには目を覚ませと言いたいところだけれども。
「何でですか!!」
と、第二王子。
「お兄様、アリアネルの事が好きじゃないんですか!? 好きでしょう!? 好きに決まってる!!」
と、ルビー姫。
「そうです! 男なら腹を決めたらどうですか!!」
と、ソフィア嬢。だから、なんっっでやねん!(意訳)と、本当に口から出したくなったけれども王子は我慢した。
「国民全員、アリアネルが王妃になったら喜びますよ!!」
「勿論私達も喜びます!!」
「殿下だって嬉しいでしょー!!!???」
「…あのね…」
さて、どう言ったものか。と、肩を落として王子は思った。「昔」の事を話す訳にもいかないけれど、何も言わずに説得できる気もしない。仕方がないのでちょっとだけ手の内を晒す事にする。
「アリアネルはね。俺の手に負える女性じゃないんだよ」
「…は?」
「…え?」
「何ですって?」
意外な言葉に、ぽかーん顔の三人。
「えーっと、何て言えばいいのかな…」
うーん。と、王子はちょっとだけ唸ってからこう言った。
「そんな生半可な気持ちで手を出そうものなら、押し倒されて首を絞められる。間違いない」
「…」
「…」
「…」
いきなりの過激な発言に三人は返す言葉もない。その三人ににっこりと笑って、王子は最後通達だけした。
「だからね。無理」
「…あ」
「…はい」
「…そうですか」
その後、ソフィアは別席でそれなりの説教をくらった。