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令嬢、我に返る

 あいつ、何か間違えたのではなかろうか。


 未来と同じ十七歳の春。かなりの長時間を経てふと我に返った私は、学園のカフェテラスでそんな事を考えた。花満開。こんなに色彩豊かなカフェテラスが学園に併設されているなんて贅沢。何度見ても素敵過ぎる。


「あ。アリアネル様…」


 と、小さな声が聞こえてきてそっちを向いた。すると下級生らしき女の子達が恥ずかしそうにこっちを見ている。まだ入学したてだものね。緊張してるのかしら。可愛い。


「ふふ」


 と、思わず声を出して笑ってしまい、そのまま小さく手を振った。


「!」


「!!」


 彼女達は驚いた様に目を丸くして赤面した後、顔を見合わせて恐る恐る手を振り返してくる。あら、可愛い。そう思ってもう一度手を振った。


 きゃー。と、嬉しそうな声を上げて彼女達が去っていく。なんかもう、そこら中きらきらしてるわ。何なの。絶対何かが…というか、全部おかしい。


「アリアネル」


 と、今度は上から男の声が聞こえてきた。顔を上げるとこの国の第一王子の姿。イケメン! 眩しい!!


「ご機嫌よう。殿下」


 …などと言うことは勿論おくびにも出さず、私はにっこりと挨拶をした。その一言に嬉しそうに頷いて殿下は言う。


「誰かと待ち合わせ?」


「いいえ。約束まで少し時間を潰しているんです」


「じゃあここ良いかな?」


「勿論です」


 どうぞ。と手で示して歓迎した。するとまた殿下は嬉しそうに笑って向かいの席に座る。いつもご機嫌が良さそうで優しい素敵な王子様。お伽噺の世界ですか。ここは。そう思いながら粗を探そうとしたけれど見付からない。…うん。やっぱりこんなのおかしい。そう思っていた私の怪しい視線などには気付かないきらきら王子様。笑ってこんな事を言う。


「もうすでに下級生のアイドルだね。分からなくもないけれど」


「え?」


 えー? …と、いや、そんな事はないのですが。そう思いながら困った顔をして首を傾げたら楽しそうに殿下は笑った。


「相変わらず自覚無いんだね。不思議な人だな。君は、本当に」


 自覚というか何というか、すいません。本当に何もしてないんです。そう思いながら私はさっき考えていた事を思い出す。


 あいつのおでことん、の後、私は本当に転生した。酷い頭痛の後、肺に空気が入ってきておぎゃあー! と、自分の声らしきものを聞いて理解した。あ、私生まれたんだわ。本当に転生したわ。ってことはあの人本当に神様だったのね。今思えば神様ひっくり返して本気で首を絞めたなんてなかなかハードな人生だった…ははは。と、できるものなら薄ら笑いの一つでもしたかったけれど表情一つ何にもままならない新生児の体。私はじっとお世話されながら時間を過ごした。


 そうされながらすぐに疑問に思う。滅亡寸前の世界に生まれた筈の私。…てか、滅亡寸前の世界に丸腰の女子…というか、赤子一人放り込んで「ガンバ!」って、一体なにを考えているんだろう。あの神…と呼びたくないので…あんぽんたんは。※以後あんぽんたんに統一。


 基、そう。私は疑問に思う。もっと貧しい生活をするとか、泣いたら叩かれるとか、里子に出されるとか生け贄にされるとか何かこう…とにかく酷い目に遭うと思っていたのに何も起こらない。少なくとも体が自由にならない内は、まあ大切にお世話して貰った。…と、思う。


 やがて首が据わり、寝返りをし、はいはい、掴まり立ち、よちよち歩き。そんな普通の過程を経て乳児幼児子どもとここも普通に成長し、やがて十七歳になった。以上。


 もう一度言おう。ここまでの人生、以上である。何一つ事件は起こらなかった。もっと言うなら悲しいことすら殆どなかった。家族も体調も取り巻く環境もバッチグー。つまり今までの人生何というか、未来が時々見ていたくらいの知識しかないのですが、これって乙女ゲームですか? で、私ヒロインですか? 位の信じられないくらいに都合良く幸せな事しか起こらなかったのですわ。この殿下もそう。


 あ、話は前後したけど私の家は伯爵家でして、まあ、そこそこの家柄なんでしょうね。みたいですね。少なくとも王子様にお目通しして頂けるくらいの家柄らしい。だからと言って王子様がにこにこ向こうから話しかけてきてくれるのもおかしい気がするのですが、彼はいつも優しく接して下さるのです。その他の皆もとーっても穏やか。この世界の方達は優しさでできてるんですか? ってくらいに優しい。最早何か変な力が作用してるとしか思えない。


 で? この世界が滅亡寸前? あのあんぽんたんは絶対何かを間違えたに違いない。思い出してみると馬鹿っぽかったしなぁー。ついでに今の今までそんな事を忘れて生活を謳歌していた自分の事は棚に上げておこう。よいしょ。


「あ…アリアネル!?」


 今度は女の声が聞こえてきて殿下と二人、顔を向けた。


「アリアネル。こんなところにいたの? 探していたのよ。ご機嫌よう」


 そう言って彼女は私にそっと負ぶさってくる。ふわりと軽い。美しい彼女は触れる感触も心地良い。


「ご機嫌よう。ソフィア様」


 が、そう返事をしたらいきなりキャラが変わった。


「ソフィアって呼んでって言ってるでしょーー?」


 きいぃー!! と、癇癪を起こして私に抗議する様に肩を振った。それでもまぁ所詮生粋のお嬢様なのでゆらゆらする程度なんだけど、彼女は本気で私を振り回している気らしい。こんな事で表情一つ変わる訳も無いんだけど、一応困った表情で私は答える。


「そういう訳にもいきませんので…」


「いやー! その、様って一言に壁を感じるのよ! そんなのいやー!」


「…」


 ソフィア様…。と、小声で呼んで目で合図をした。あなたの目の前に王子様がいらっしゃるのですが? 私に挨拶するよりも先に、その、何だ? ね?


「あら。ご機嫌よう。殿下」


「うん」


 私に再び負ぶさって彼女はそう言った。殿下も笑顔で咎める様子はない。まぁ、こちらも幼なじみらしいのでプライベートではこんな感じらしい。何だこの優しい世界。


「アリアネル。さあ、言って。私の事をソフィアって呼んで。ソフィーでも良いわ」


「いえ、それは…」


「酷いわアリアネル。どうして言ってくれないの? こんなにお願いしているのに。お友達になりたくないのね? そうなのね?」


 さめざめ。割と本気で泣いてらっしゃる。


「あの、侯爵令嬢のソフィア様とお友達なんて恐れ多い…」


「ああー! 酷い!! 酷いわ!! そんな、家柄で差別するなんて!!」


 きいぃー!!


「差別だなんて…」


「差別よー!! 差別じゃなくてなんだというのー!!」


「…」


 そりゃ無理じゃろうて。そう思いながら殿下に助けての目線を送ったら殿下こんな事を言うんですわ。


「いいねえ。俺もせめて愛称で呼んで欲しいと思うな」


「殿下はさすがに呼び捨てにはできませんものね」


「さすがにね」


「でもそれは私が先なので、殿下はちょっと待ってて下さい。さあ! アリアネル!!」


 どんとこい! とでも言いたげに胸に手を当ててソフィア様が叫んだところで別の声が聞こえてきた。


「アリアネルー!!」


 再び顔を上げると、そんな声と一緒に私に抱き付いてくる女の子。…と、その背中にくっつく男の子。校舎は離れているのにどうしてここに? お兄様をお迎えにきたのかしら。


「アリアネル!! ご機嫌よう!!」


「御機嫌よう!」


「ご機嫌よう。殿下。ルビー姫」


「アリアネルー! なでなでしてー」


 と、初等学校に通うルビー姫がすりすりと膝にすり寄ってくる。はいはい、となでなでしようとしたらその妹を後ろにくっついていた中等学校に通う第二王子が羽交い締めにして持ち上げた。ルビー姫は着かない足をジタバタしている。あら? この光景、デジャヴュを感じるのは気のせいかしら。


「ルビー! お前、そうやって子どものふりして甘えるの狡いぞ!!」


「まだ子どもだもん!!」


「都合の良い時だけ子どもになるな!! この前はもう大人だからケーキを一人分食べるんだってお母様に我が儘言ってただろうがー!?」


 あらあらあら。と、話を聞いておろおろしていたらソフィア様の声が聞こえてくる。私にまた負ぶさり殿下にこそこそ…丸聞こえ。


「殿下。とりあえずあの二人をアリアネルから離して下さいませ! 私の話がまだ終わっていませんわ!」


「うーん」


「殿下!!」


 王子、板挟み。てか、弱過ぎではないですか?


「あ、アリアネル様」


「アリアネル様よ」


「道理で華やかな顔ぶれだと思いましたわ」


「何て美しい光景なのでしょう」


 美しい? そんなに穏やかな状態ではない筈ですが。


 それにしても、うーん。目立つなぁ。そりゃこのメンバー目立つだろうなぁ。っていうか、単純に煩いし。そう思っていたら今度は別の男の声が聞こえてくる。


「煩いと思ったらやっぱりか」


 その声に顔を上げたら、待ち合わせの約束をしていた幼なじみの公爵令息が呆れた顔をして立っていた。

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