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エピローグ 

「リア、たった今先方から連絡がきたわ。あなた、また断ったんですって!? それも親の断りもなく!」


母親が手紙を手に、怒り心頭といった様子で私の部屋に入ってきた。


「ええ。」


「どうしてなの!? あの方は、家柄も身分も申し分ないわ。優しそうな方だったし、あなたにぴったりの相手だったはずよ!」


「えー、だって、なんかつまらなそうな人だったのよ。なんか、平凡というか」


実際、彼はあまりに平凡すぎて印象に残らなかった。そんな人と結婚し、人生を共に過ごすなんて嫌だ。退屈すぎて死んでしまう。


「あなたは結婚相手に何を求めているの? そんなの、無難な相手の方がいいじゃない。きっと彼ならあなたを大切にしてくれるわ」


「そうかな。でも、もう遅いよ。断っちゃったし」


母親は呆れたようにため息を吐いた。


「まあ、過ぎたことは仕方がないわ。でも、このままいくとあなたは確実に嫁き遅れる。これ以上あなたの我が儘を許すわけにもいかないのよ。最後のチャンスを与えるわ。このパーティーに出席して、殿方を捕まえてきなさい。もし無理だったら、強制的に私たちがあなたの嫁ぎ先を決めます」


母は私にパーティーの招待状を渡した。


「ランバルディア公主催のパーティーよ。毎年、彼のパーティーには大勢の貴族が出席するわ。中には、当然未婚の殿方も沢山いる。ランバルディア公自身も独身よ。」


「ランバルディア…?」


私は懐かしい地名に思わず胸が高鳴った。


「そうよ、少し遠いけどね。とにかく、これが最後のチャンスよ。よく考えて行動しなさい」


母は私を一瞥すると、部屋から立ち去った。


「ランバルディア…懐かしいわね」


私は招待状を見つめて呟いた。


私がランバルディアにあったファディの屋敷を去ってからもう2年になる。あの後、ラクーザの実家に戻った私は、家族と感動の再会を果たした。とは言え、お姉さま達はお嫁に行ってしまっていたので、会えなかったが。

私は、一応屋敷の扉に旅の道中で手に入れた悪魔除けの十字架を飾っておいた。彼が来ないようにするためだが、彼は能力があるし、どれだけ効果があるのかは疑問だ。まあ、両親を安心させるための口実には丁度良かった。

久しぶりに実家に戻った私を待っていたのは、縁談の嵐だった。親は私が戻ってくるとは思っていなかったが、いざ実際に戻ってくると急に縁談を勧め出した。私は、現実に戻った気分になった。

彼らに勧められるまま私は色々な貴族の息子とお見合いをした。でも、どの人もいまいちピンとこなかった。決して変な人はいなかったが、どの人も印象に残りにくく、結婚に至るまでの決め手になり得なかった。

どうしてだろう、と考えた結果、結局、私は彼のことが忘れられず、どうしても彼と比較してしまうことに気がついた。やっぱり、彼以上に良い人はいない。もう、彼のことは忘れて次に進もうと思っているのに、生まれて初めて本気で愛した人のことはなかなか忘れられない。

でももうそろそろタイムリミットだ。母が言う通り、このまま結婚しないと行き遅れる。私も貴族の娘として、結婚しないという選択肢はあり得ないだろう。

であれば、やっぱり結婚相手くらい自分で選びたい。過去と、決着をつけなければ。


---


パーティー当日。私はいつもより豪勢に飾り付けられ、会場に向かった。私は、会場にいるどの娘よりも綺麗だろう。

適当に挨拶を交わし、その間にも殿方を見極めた。でも、やはり良いと思える男性はいなかった。

やがて疲れた私はそっと会場の端に移動し、可愛い壁の花と化した。このように人気が多く、賑やかな場所はあまり好きではない。そもそも、私は社交が苦手だった。

しかし、会場のこばっちょにいたらいたで声をかけられる。全て面倒になった私は、バルコニーに逃げることにした。これからどうやって時間を潰そう。本当だったら、殿方を探さないといけないのに、そんな気分にもなれなかった。


「…うそよ、…って言ったじゃない!」


「いや、…だから、あの時確かに…」


バルコニーにやってきた男女が言い争っている。内心、うるさいし、迷惑だなと思った。

言い争いは徐々にエスカレートし、やがて激昂した女が刃物を取り出し、男に向かって投げつけた。


「うわっ…!」


しかし、男は咄嗟に屈んで回避し、ナイフは…私の方に向かってきた。


「えっ」


あまりに唐突のことで対応できないままにナイフは無慈悲に近付いてくる。もう避けられない、と思ったその時、突然ナイフが消えた。


「大丈夫か?」


どうして? どうして、あなたがいるの。

突然跡形もなく消えたナイフ。そんな現象を起こせる能力を持った人は、彼しかあり得ない。


「えぇ、私は大丈夫よ。」


もう会わない、彼から離れると決めたのに、何ていう運命の悪戯なの。


「久しぶりね、ファディ。」


こんなところで彼と再会するなんて!


「リア、久しぶり」


彼は全く変わっていなかった。それもそうか、彼は悪魔で、どういうわけか歳をとらないから。対して私はあの時より身長も少し伸びたし、もっと成長した。


「私のナイフはどこ!?」


女は気が狂ったようにナイフを探し、男を問い詰めた。


「し、知らない!」


男は完全に恐怖で怯えていた。


「リア、行こう。…あまり関わらない方がいい」


「そうね」


ファディは私を連れてバルコニーを出て、パーティー会場に戻るのかと思いきや、そのまま空いている休憩室に入った。


「…」

「…」


沈黙がその場を支配した。彼は、何か言いたいことがあるのだろう。わざわざ私をここに連れてきた時点でそれは分かっていた。

しかし、なかなか用件を切り出さない。結局、彼は約束を守った。この2年間、屋敷に来ることも無かったし、便りの一つも寄越さなかった。対して私は、すぐに戻ると言ったのに、結局、彼の元に戻ることはなかった。


今更、約束を反故にしたことを責める気なの?


「…リア、元気だったか?」


しかし、彼はありきたりなことを聞いた。


「えぇ。あなたは?」


「私も」


まさか彼はこんなことを聞くために来たのだろうか。いや、そんなはずはない。


「それは良かったわ。ねぇ、どうしてあなたがこのパーティーに出席しているの?」


私は先ほどから疑問に思っていたことを聞いた。


「ちょっとランバルディア公と付き合いがあって」


「そうなのね。」


どんな付き合いなのかまでは聞かなかった。


またしばらく沈黙が訪れた。彼に言いたいことがあるように、私も彼に伝えたいことがあった。2年前、あの屋敷を去ってからずっと、心の中に残っていたもの。


「…私、あなたに2つほど謝らなければならないことがあるの。つまり、私はあなたに謝るほど悪いことを2つもしたわけよ」


「…なんだ?」


「まず、一つ目は…あなたを裏切ってしまったこと。あの時、すぐに戻るって言ったのに、結局戻らなかった。…ごめんなさい。多分、すごく怒ってる…よね…?」


彼には悪いと思っている。でも、私はあの時の選択を後悔していなかった。


「…リア、私は怒ってない。」


「どうして? 勝手に約束破ったのは私なんだから、あなたには私を責める権利も、怒る権利もある。なのにどうしてそんなに平然としていられるのよ!」


全く、矛盾している。自分で謝って、許しを得たいと思っていながら、心のどこかで私が帰ってこなかったことに対してもっと反応を求めていた。


「リアを責めたりなんてしないよ。…ただ、どうしても聞きたいことならある」


「なに?」


彼から私に質問するなんて珍しい。こんなこと、今まであまりなかった。


「どうして、私の…俺の本当の名前を知ってるの?」


「それは、2つ目のあなたに謝らなければならないことに関係してるわけだけど…」


私は息を吸い込み、自分が犯した罪を告白した。


「ごめんなさい、開けてはいけない扉を開けてしまったの。奥にあった部屋の中に置かれてた、なんだっけ…えっと、確か、グリモワールとかいう本のとあるページを開いた時に、どういうわけかあなたの記憶にアクセスしたの」


「あの部屋に入ったの!?」


彼は驚愕を露わにした。


「うん」


「それで、無事だったの!?」


「見て分かる通り私は無事よ。それで、あなたの生い立ちも、過去も、…ジェルソミーナのことも知ったのよ」


「…そう、それで分かったんだね。入った時、何か変わったことはなかった?」


「あったかも。なんか、火が燃えてる幻覚が見えた」


「それだけ?」


「うん。結局、あの本は何だったの?」


「グリモワールは…魔導書だ。憤怒の悪魔をはじめ、七つの悪魔について記載されている。使い方によっては、世界を揺るがすほどの力を手に入れることもできる」


「えっ、私はそんなにすごいものに触れたの!?」


「うん。でも、普通は誰にも触られないように結界がはってあるはず。おそらくリアにかけられた幻術もその一種だろう。なのに、結界を破れた…いや、入れたというべきか? ということは、何らかの条件を満たして…」


彼はぶつぶつと何やらよく分からないことを呟き出した。


「そんなことどうでもいいわ」


私は休憩室にある鏡の前に立った。


「ねぇ、見て。私、思ったのよ。ジェルソミーナにそっくりだって。あなたの記憶の中の彼女はもう少し歳を取ってたけど。私、知ってるのよ。あなたはよく私を見てうわごとのように彼女の名前を呼んでた。本当に、嫉妬しちゃうわ。何年、何十年、何百年経ってもあなたに愛され続ける彼女に。私は、こんなにも…ううん、なんでもない!」


私は鏡から視線を逸らし、彼に尋ねた。


「ファディ、私は、あなたにとって彼女の身代わりだったの? 私が、彼女に似ていたから…私を連れてきたの? ねぇ、答えてよ!」


彼は、否定も肯定もしなかった。


「私はただ、自分を見て欲しかった。ジェルソミーナでなく、ジェルソミーナによく似た私でもなく、私だけを、リアを見て欲しかった! 私はジェルソミーナじゃないのよ!」


私は思いの丈を叫んだが、それだけでは衝動が収まらず、拳を作ると目の前にある鏡を殴ろうとした。


「やめろ」


しかし、彼が拳を受け止めたため不発に終わった。


「…だから、2年前、屋敷を去ったのよ。彼女の身代わりとしてあなたに愛される未来もあったかもしれない。でも、私は、そんなの嫌だったの。彼女の身代わりにはなれない」


「…そうか、それが原因で戻ってこなかったんだね」


「…そうよ」


「…何年、何十年、何百年経っても人は変わらない。俺は、大馬鹿者のままだ。二度までも大切な人を失った。一度目は、大切な人を信じられずに、二度目は、大切な人に信用されずに。リアの言う通りだ。最初は、ジェルソミーナによく似た女の子を見つけて、彼女を手に入れようとした。でも、10年経って彼女を連れてきて一緒に過ごしてみると、外見こそはジェルソミーナそっくりだけど中身は全然違った。ジェルソミーナは大人しかったし、ナイフを振り回すことも、二階から飛び降りるようなこともしなかった。」


私はバツが悪そうに目を逸らした。そんな昔のことを穿り返してくるなんて! やっぱり、彼は悪魔だわ。


「段々、素のリアと接しているうちに惹かれていって…でも、そのことに気が付いたのは2年前、リアが屋敷を去ってからだった。」


私は驚きに目を見開いた。


「リア、まだ2年前の返事をしていなかったね」


「え?」


「リア、俺もリアを愛してる。ジェルソミーナでなく、ジェルソミーナによく似たリアでもなく、…そのままのリアが好き。お転婆で、時々突拍子もない行動に出て、常に目を向けていないと心配で、型破りで、破天荒で、お調子者で、…でも、世界中の誰よりも可愛くて、明るくて、一緒にいて飽きなくて…」


「も、もういいから!」


鏡に映っている自分は耳まで熟れたトマトのように真っ赤になっていた。本当に、こっぱずかしい。


「とにかく、リアが好き。いや、世界で一番、愛してる」


彼は後ろから、包み込むように抱擁した。


「何よ、今更」


「今からでも遅くはない。もう二度と、大切な人を失いたくない。…リア、もう一度、やり直そう。」


「え」


気がつくと世界が反転した。パーティー会場は消え失せ、全然知らない場所に立っていた。


「ここはどこ?」


「引っ越したんだ。アッチェリアももういない。」


「そう」


どうやら彼の新しい屋敷らしい。引っ越したということは、もうあの屋敷に戻ることもないんだ。

彼は私を連れ、屋敷の奥の部屋の扉を開いた。


「少し確かめたいことがある。」


「なに?」


「この本に触れてみて」


彼は部屋の中にあったグリモワールを指し示した。


「いいよ」


私が躊躇なく本に触れた瞬間、本の中から私…いや、私によく似た何者かが現れた。


「出たな」


『久しぶりね、ファディ。』


「憤怒の悪魔」


それは、彼の記憶の中で見た憤怒の悪魔の仮の姿だった。


『驚いたわ。あなた、ジェルソミーナの転生体なのね』


「え?」


憤怒の悪魔は私を見て驚いたように言った。


「どういうことなの? 私の前世がジェルソミーナだったってわけ?」


『そうよ? だから、ファディの記憶にアクセスできたのよ』


「そんな、あり得ない。だって、私、何も覚えてないし」


『うふっ、普通は前世の記憶なんて覚えているものではないわ。』


「…そうか、そういうことだったのか」


『えぇ。あなたの罪は赦されたみたいね? おめでとう』


憤怒の悪魔はわざとらしく拍手をした。


「じゃあ、俺はもう解放されたのか?」


『そういうことになるわね。あなたは普通の人間に戻り、他の皆と同じように歳を取り、当然能力も失うことになる』


「え」


『契約満了よ。』


憤怒の悪魔は黒い翼を生やし、姿も異型の怪物へと変わった。おそらく、これが本来の悪魔の姿なのだろう。


『我はまた新たな宿主を探しに行く。疫病が流行っている今、悪魔の需要も高いだろう。さらば』


憤怒の悪魔は本を抱え、飛び立っていった。


「リア、悪魔が言っていた通り、俺はこれからリアとともに歳を取り、死に行くことができる。」


「え」


「リア、俺はもう悪魔ではなくなったけど、契約しよう。結婚という名の、社会的な契約を」


「うん!」



---


それから、私たちは結婚した。しかし、結婚の前にいくつもの障壁があった。まず、彼は数百年以上前に存在していたはずの人物なため、身分がない。私は貴族の娘だから、私と結婚するためには身分を作る必要があった。そこをクリアするため、彼が悪魔時代に培った財産と、彼の知り合いの他の悪魔の能力で外国の貴族の爵位を買い、書類上は貴族になった。私の両親には、2人はランバルディア公のパーティーで出会ったことにし、結婚の了承を取り付けた。


---


「それにしても、あなたが素敵な殿方に嫁いで良かったわ」


「そうよ。悪魔の屋敷に奉公に行った時はどうなるかと思ってたけど、戻ってこれたみたいだし」


「そうね、お姉様」


私は久しぶりにお姉様たちに会っていた。


「外国に嫁いだと聞いた時は驚いたけど、あなたが幸せようでなによりよ」


長女のミラは優しそうに微笑み、紅茶に口をつけた。


「うまくいってるようで羨ましいわ」


次女のエラはため息を吐いた。あまりうまくいっていないのだろうか。


「本当に、お姉様たちには感謝しているわ。だって、あの時、私が行かなかったら…」


ファディに出会うこともなかった。まあ、お姉様たちがあの時の悪魔と今の私の夫が同一人物だと気がつく事もないだろう。


「とにかく、悪魔に恋をした娘は、悪魔からも愛されて、幸せになったわけよ」


「ん?」

「…?」


お姉様たちは私の発言に揃って首を傾げた。


私は、異国の香りがする紅茶を啜った。

これにて完結です。ありがとうございました!


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