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狼文官の脚  作者: 冬瀬
4/4

続編 (1)

感想、ブクマなど、ありがとうございます。とても励みになりました。これからは一部が短くなりますが、続編という形で続きを書けたらな、と思ってます。



かくして。ルイーズとヒューゴは付き合う訳になったのだが……

「エスパーニャさん、これ開発部からの申請です」

「……ああ」

ヒューゴはルイーズから書類を受け取る。

丁度その時、部屋の扉を開けたウェルモンドの驚愕の表情をヒシヒシと感じながら。

彼の言いたいことは、よくわかる。

「ヒューゴ……。これ、マートンさんから。あと、このあと部に顔出せるか?」

我に返って、ウェルモンドは要件を述べる。

「ル……、ゾーラス。この後、空けても平気か?」

ウェルモンドはこの瞬間、さらに眉間にしわを寄せた。

「はい。特に何もありません。私はここで引き続き仕事をしていますね」

「わかった」

ルイーズを残した部屋から出て、彼はすぐさまヒューゴをかえりみた。

「ど、どういうことだよ? おまえ、ルイーズちゃんに何しちゃったの?」

「……したっちゃ、した」

歯切れの悪い解答に、ウェルモンドは顔を青くする。

以前はヒューゴに対して悪行ばかりしていたが、今では彼を仕事場で気兼ねなく張り合える存在と認識している。

そのヒューゴがこの萎れよう……。

見ている分には面白いだろうが、ウェルモンドはルイーズの勇ましさ(?)を身をもってよく知っている。

「で、何したんだよ?」

ヒューゴはその答えに応じずに、杖をついて前へと進む。

「おいおい、せっかく相談相手になってやろうとしてるのに、それはないだろ?」

ウェルモンドもすぐに追いつくと、ヒューゴの顔を見て固まった。

「……なに、赤くなってるんだよ。って、まさか?! 手、出したのか?!」

「ち、違っ!」

あからさまに狼狽えるヒューゴに、ウェルモンドは呆然とした。

自分があれだけ負かしたかった相手は、こんな男だったのか、と。

「ハァ……。ほら、言ってみろよ。恋愛上級者の僕が聞いてやるから……」

溜息混じりにもう一度聞いてやると、ヒューゴも観念したようで、口を開く。


「……告った」

「……ん? で?」


その後、何かしちゃったのか?

それともフラれたのか?


ウェルモンドは、頭の中に予想できる選択肢を思い浮かべたが、答えはそのどちらでも無かった。


「付き合うことになった……はずなんだ」

「う、うん?」

付き合うとこになったのなら、落ち込むようなことはないだろうし、何故、呼び方が余所余所しくなる?

「告白した後、彼女に言われたんだ。公私の区別はしっかりするべきだから、仕事中はファミリーネームで呼ぼうと……」

「あぁ〜。そういう事……」

やっと状況が理解できたウェルモンドは、何をそんなにヒューゴが悩んでいるのかと馬鹿らしくなる。

「そんなの、あの部屋でふたりきりになれば、イチャイチャし放題なんだろ? 何も気にすることないじゃないか。君が落ち込んでるようにみえたのは、僕の気のせいだったって訳だ」

やれやれ、と頭を振ってみせる。

仕事場なのだから、仲間の前でファミリーネームを呼ぶくらいの配慮があってもいいはずだ。

「……ずっとなんだよ」

しかし、ぽろり、とヒューゴはこぼした。

「え?」

「例えふたりきりになっても、勤務時間内だったら、仕事に集中……」

「っ、てことは」

ウェルモンドは嫌な予感がした。


「……なぁ、俺の勤務時間って何時から何時までなんだ?」

「…………」


ふたりの間に気まずい空気が流れた。




とりあえず、話は切り上げて仕事に戻るふたり。

行政部での話し合いも終え、ヒューゴは部屋に戻った。

中には算盤を弾くルイーズ。

ヒューゴに気がついたようで、ふと顔をあげる。

「お疲れ様です。コーヒー淹れましょうか?」

「……頼む」

彼女のこの気遣いを、自分だけが独占していると思うと浮き足立つが、そうも言っていられない。

頻繁という程でもないが、彼女が他の部室から何かをもらって帰ってくることは少なくないのだ。

ルイーズの愛想の良さと、飾らない性格が好かれないことの方がおかしいだろう。

彼女は私用の部屋でコーヒーを淹れて戻ってくると、カップと一緒にひと口サイズの焼き菓子を出してくれる。

「甘いものも摂らないと、頭が働きませんから。昨日、その、焼いてみたんですけど……」

「手作りなのか?」

「……はい」

ヒューゴはそうと知って、それを真っ先に口にいれる。

「美味しい……」

ふんわりとした甘さが、口の中で広がった。

「それはよかった!」

目を細めて笑うルイーズに、ヒューゴの心は何かにギュッと掴まれる。

(ずるいだろ……)

自分はこんなにも、彼女に触れたくて仕方ないのに、その本人はこうした純粋な心遣いで自分にダメージを負わせてくる。

「ルイーズ……」

「エスパーニャさん、仕事中です。考えてみてください、部下が頑張って仕事している間に、上司は秘書と現抜かしている、なんて、私が部下なら許せません」

……ダメージを、与えてくる……。

歳下のはずの彼女は、自分よりよっぽど大人だ。

もちろん、言っていることは正論で、自分でも同じように思う。

だが、ヒューゴはずっとこの王宮に身を置いてる。

恋人として、彼女に触れることが許されるのは昼休みだけなど、そろそろ耐えられない。

何か手を打たなければ、色んな意味でマズイ。



その日、仕事も終わりに近づくと、再びウェルモンドが部屋に顔を出した。

「ヒューゴ。飲みに行くぞ」

それは有無を言わさぬ、強制力を持った誘いだった。

まだ部屋にいたルイーズもキョトンとしていたが、「ほどほどにしてくださいね」とだけ言って送り出してくれる。

ヒューゴはどうせルイーズとのことを根掘り葉掘り聞かれるのだとわかっていたが、この状況を打破するためにも、多少の犠牲は仕方ないと腰を上げた。


「へぇー。ルイーズちゃん、しっかりしてんなぁ」

案の定、詳しい話をさせられたヒューゴは、ちょっとだけ不貞腐れながら酒の注がれたグラスを除く。

「正直、俺には余裕がない……」

「まぁね、それは仕方ないさ。でも告ってオーケーもらっただけでも、頑張ったんじゃないの?」

ウェルモンドは、あのヒューゴが恋路を拗らせているので、それは寛容な心持ちで助言をしてやる。

ヒューゴも、ウェルモンドが調子に乗っているのはわかってはいたが、今はそれをどうこう言う気分でもない。

「手強い……」

お互い気持ちを伝えてしまった分、これ以上どうやって何を伝えていけば、彼女のあの余裕を崩せるのか、わからない。

いつも、自分が乱されてばかりだ。

「……あ! 僕、良い案、思いついた!」

「何だよ……」

本当に良い案なのか疑わしいが、ヒューゴはヤケクソだった。


「君、ルイーズちゃんと同居すれば?」


ヒューゴは一瞬、何を言われたのかわからなかった。


「は?」

「だから、同居。まー、突然それは無理って言うなら、とりあえず王宮の外に住みなよ」


そこで彼はウェルモンドの思惑を理解する。

王宮に住んでいるから、勤務時間が混同するのならば、そこから離れればいい。

言われてみれば、簡単な話だった。

王宮に通うことにはなるが、ルイーズの家の近くに住めば、暗い夜道をひとりで歩かせる事もなくなる。

そして、彼女のおかげで、最近の仕事は泊まり込んでこなすような事が無いのだ。


「それだ」


そうと決めた、この男の仕事は早かった。



◇◇◇



「え? 引っ越し?」

「ああ。引っ越しといっても、軍人時代に住んでた場所に戻るだけだ」


ヒューゴはモッてる男だった。

ルイーズの履歴書から住んでいる場所を特定し、その付近に家を借りようとしたところ、以前住んでいた場所の近くではないか。

その建物は購入を終えており、今でもヒューゴの所有物。今はただの物置になっているだけ。


「どうして、突然?」


ルイーズも突然のことに驚いたようで、不安そうにこちらを見ている。

ヒューゴはその反応を意外に思ったが、やっぱり彼女も自分を気にしてない訳ではないと確認できて微笑む。


「君の近くにいるため?」


正直に言ってみると、ルイーズはみるみるうちに頬を赤く染めていく。


「え、あ、えっと……、そういうことは、仕事中以外で……」

「そうだな。ゾーラスも、他の男となんかイチャつくなよ? 仕事中以外も」

「そんなことしません!」


真っ赤になって反論するルイーズは怒っているらしいが、ヒューゴには可愛くしかみえない。

最後の言葉も、彼にとっては嬉しいものでしかないのだ。

やっと突破口を見つけたヒューゴは、ご満悦で仕事に励むのだった。



そういう訳で、もと住んでいた場所に移動したヒューゴ。

久しぶりに入った家は、埃だらけで掃除するのに手間がかかったが、身体を鍛えるのにちょうど良いし、何よりルイーズの近くに居られることが、柄にもなく嬉しい。

「ルイーズ」

「……なんですか?」

何か言いたそうだが、仕事ももう終わり。ルイーズは名前で呼んだことに対しての文句を言わなかった。

「送ってく。俺も今日から向こうに住むから」

「え……。い、今準備しますね!」

目を見張るも、すぐに一緒に帰るために準備に取り掛かる彼女。

支度が整うと、「お待たせしました」と言って隣を歩いてくれる。


脚を怪我して軍人ではいられなくなり、絶望しても、生きていくために次の居場所をなんとか手に入れた。

新しい環境に適応することに努力したが、それでもやはり、元いた場所への未練はあった。

この脚さえ、元どおりに動いてくれさえすれば、彼は軍人としての高みを目指すことができただろう。

動かない脚に拳をぶつけることも、過去にはあった。


しかし、この脚にならなければ、今隣を歩く彼女と出会うことはなかっただろう。



「……ヒューゴさん。ありがとうございます」


礼を言われるようなことはしていないつもりだが、彼女はちゃんと自分の気持ちをわかってくれている。

それだけで、どれほど心が安らぐことか。


「いや。俺のほうこそ、こんな脚なのに一緒に歩いてくれてありがとな……」


ヒューゴは杖をつくのをやめて、笑顔を貼り付けた。

送っていく、とは言ったものの、自分の方が送られている気がしてならない。

ルイーズが彼のペースに合わせてくれていることは、嫌でもわかっていた。


「私は、ヒューゴさんがその脚でよかったです」

「え……」


想定外の答えに、ヒューゴは自分の表情が凍てつくのがわかった。


こんな脚の何がいいというのか?

ルイーズにはこの辛さがわからないだろう? と。


しかし、それは違った。


「そうでなかったら、あなたに会えなかった。怪我をしたから、軍人として危険なところに送られずに、一緒にいられる。それにこうしてヒューゴさんと帰る時間が、その分ゆっくり流れてくれ————」


一生懸命、この脚についての良いところを述べてくれるルイーズを、ヒューゴは抱きしめていた。

ルイーズは、“こんな道の真ん中で!” と突き放そうとしたが、すんでのところで、彼の手が震えているのに気がついた。


「……ヒューゴさん。私はこの脚を、この髪を含めたあなたが好きです」


自分が不安に思っていることを、全て掻っ攫ってしまう彼女に、ヒューゴが敵うはずがなかった。


「————ありがとう」


頭上から聞こえた声は、ルイーズの心を締め付けるほど切ない。

彼女は躊躇いつつ、子供を慰めるように、そっと優しく、ヒューゴの背中に手を回した。





「あの、私、ここに住んでいるので! 送ってもらって、ありがとうございました」


住んでいるアパートに着き、ルイーズはヒューゴに別れを告げる。

先程のことがあって気まずいのか、ヒューゴはなかなか目を合わせてくれない。

彼女からすれば、歳上(?)の男性が弱みを見せるくらいで、幻滅なんかしない。

そこまで人間、うまくできていないってことは、内なる年の功が語っているのだ。


ちょっとした遊び心で、ルイーズは余所見をしているヒューゴの頬に口付ける。


「おやすみなさい!」


これが、大人(?)なレディの余裕ってやつだ。

彼が呆気にとられている隙に、ルイーズはさっさと撤退する。




残されたヒューゴは、「やられた……」と言って赤面する口元を抑え、言葉とは裏腹に緩む口角を隠すのだった。







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