少女と、遺跡 5
「精霊の気配……?」
私は驚いてフレネに視線を向ける。
フレネは私の頭の上に座っていたのだけど、ふわりと宙に浮いて、小さな水たまりに近づいていく。
「あ、フレネ、急に近づいたら何かあったら大変だよ」
「大丈夫。レルンダも嫌な予感はしていないでしょ? 私も悪い予感はしていないもの。それに……この場にいるこの子はそんな力ないわ」
私の言葉にフレネは、そう言っている。水に触れて、少しだけ悲しそうな表情を浮かべている。
その周りの大きな石の上にフレネが座り込んでいる。
「この子……?」
「うん。此処に、精霊の残り香のようなものが残っているの。この小さな木は……きっと此処に存在していた精霊たちの休む場所であった精霊樹の欠片でしょうね」
「これが、精霊樹?」
私はフレネの言葉に、まじまじとその水面から出ている小さな木を見る。こんなに小さく、力のない樹が精霊樹?
あの植物の魔物に力を吸われていた精霊樹ともまた違うと思う。なんだろう、こちらはただ自然の流れにそって、こうして小さくなっていったように見える。
それに確かに意識して見てみるとこの場には精霊の気配のようなものが感じられた。
不思議な気持ちになりながら、フレネと一緒にその小さな水たまりを覗き込む。
「精霊樹が元々此処に在ったのだと思う。そして永い時を経て、その宿り木を生み、残った欠片ね。受け継がれた精霊樹は、違う場所にあるのかもしれないわ」
「そっか。魔力が濃くなって人が住める場所でもないって言っていたものね。此処は、精霊も住めない場所になってたのかな?」
「そうね。精霊も住むのが難しい場所になっていたのだと思う。だからこそ、精霊たちは死んでいったか、宿り木と共に新たな精霊樹の元へ向かったのか……」
フレネはそんなことを言いながら水面をまだじっと見ている。
ドアネーアは魔力の濃度が高くなり、此処には人が住めなくなったのだと言っていた。精霊たちは人以上に魔力に敏感で、魔力の影響を受ける存在だ。
だからこそ、この場所にあった精霊樹もこの場所から移動したのだろう。遥か昔の精霊樹の欠片が、名残が、こうして此処に残っている。それは不思議だ。
「この周りの石も……精霊石になっているわ。持って帰ると色々使えるわ」
「精霊石って、精霊に関わるものがある場所で出来るものだっけ」
「ええ。遥か昔に精霊たちがこの場にいたからでしょうね。永い時を経て、こうして精霊石になっている。此処には水の精霊が居たのでしょうね」
「水の精霊……。そっか、此処には昔に、水の神様の神子がいたんだよね」
ドウロェアンさんやドアネーアが言っていた。
水の神様に愛されていた神子が居たと。きっと此処の精霊樹は、過去にいた神子が親しくしていた水の精霊たちがいたのだろう。
そう考えると何だか不思議な感覚にある。
過去に確かに、此処に精霊が居た。そしてこの朽ちた場所では、確かに人々が生きていて、生活をしていたのだ。
「あ」
「フレネ、どうしたの?」
小さな池を見ていたフレネは、何かに気づいたように声をあげた。
何かに気づいたのだろうか?
私にはフレネが何に気づいたのか分からなかった。
「……まだ、生きているわ」
「え?」
「小さな精霊が、生きている。驚いたわ。此処が人も精霊も住むのが難しい場所になっても残っていたのね。ほとんどの力を失っているけれど、それでも……ずっとここに残っていたのだと思うわ」
精霊が生きていると、フレネは言う。
その小さな池は、深さはそれなりにあるみたい。
その水面から生えている木の下の方に、木に守られるようにいるとフレネは言う。
私は目をこらして、意識してそこを見る。
膜のような透明な何かの中で、小さな少女の姿をした何かがいる――丸まっている姿は、見た目よりも小さく見える。瞳を閉じて、力を無くさないように、下手に力を使わないようにしているようだ。
「わぁ……」
その水色の髪の小さな少女を見据え、感嘆の声をあげてしまう。
「ねぇ、フレネ。この子は、どうなるの?」
「何もしなければこのまま消えると思うわ。あの精霊は休む場所もない。力を蓄えることも出来ない。よっぽど元々力のある精霊だったのだと思う。あの精霊だからこそ、まだ消えずに残ってるんだわ。でももう限界ね」
「消えちゃうの? どうにかすることは出来ないの?」
このまま目の前の精霊が、なんとか生き残っている精霊がこのまま消えてしまうのは嫌だと思った。
だから、フレネへと問いかける。
「そうね……。神子であるレルンダが魔力を与えたらまだ生き残ることは出来ると思うわ。天の神の神子であるレルンダとの相性が抜群とは言えないけれど、それでも精霊にとってみればレルンダの魔力は私たち精霊の力になるから」
フレネは石に腰かけ、水中で目を閉じたままの小さな小さな精霊に目を向け、そう告げる。
どの神様に愛されている神子か――というのはどの精霊との相性が良いかという違いがある。私は天の神様に愛されているから、空を飛ぶ生物や風の精霊であるフレネと相性が良い。けれど水の精霊は抜群とは言えないらしい。でも神子の魔力は、どの神様に愛されているなどを関係なしに力になるものだとフレネは言う。
精霊のフレネが言うのならば、それは本当のことだろう。
なら早速――。そう思って、水面に手を触れようとする。その時に、フレネが制止の声をかける。
「でもレルンダ。あの精霊自身がそれを望まないかもしれない。あの精霊は自分の身が削れても、消えるかもしれなくても――ここに残ることを望んできっと此処に居たんだと思う。そうじゃなければ強い力を持っていただろうあの精霊がこの場に残るはずがないもの。この地にわざわざ残った精霊が、この地で消えることを望んでいるかもしれないの。
だからやるにしてもちゃんと聞いてからにしないと。レルンダの魔力で回復したとしても、回復するのを望んでなかったら怒るかもしれないから」
フレネにそう言われて、それもそうだとはっとする。
「うん。じゃあ話してみる」
私はフレネの言葉に頷いて、今度こそ本当にその水の精霊に話しかけた。
――少女と、遺跡 5
(神子の少女は、小さな池の奥底に小さな精霊を発見する)




