王女と、訪問者
外に出たいとアリスは望んだ。
――正直な事を言うと、今の、混乱が見えるフェアリートロフ王国で神子として確かに表舞台に立っていたアリスが外に出るのは危険だ。
何よりも彼女は大人になるにつれてその美しさに磨きをかけている。
だけれども、アリスが自分が危険な目に遭うかもしれない事を承知の上で望んだ事。それならば背中を押したいと思った。
「ニーナ様、初めて街に出ましたが……この街は良い所ですね」
アリスは辺境の地、アナロロの街から帰ってきて、目を輝かせていた。
アリスの事は、私の信頼できるものと共にまずはそこまで治安の悪くない街に出る事から始めてもらう事にした。アリスの身の安全を考えて街に降りられる時間は僅かばかりになってしまっていたが、それでも街から戻ってきたアリスは笑っていた。
アリスの笑みを見て、私、ニーナエフ・フェアリーは良かったと安堵してしまった。
もし、神子として担がれたままのアリスであったならばアナロロの街を見たからとこんな風に笑う事はなかっただろう。特別だと傅かれ、自分はえらいのが当たり前だとそんな風に思い込んでいた頃のアリスならば、こんな辺境の地に来ようとさえ思わなかっただろう。こんな風に年相応のかわいらしい笑みを浮かべる事もなかっただろう。
――今のアリスを見ると、本当にアリスの命を繋ぐ選択肢が出来て良かったと思っている。
特別だと傅かれていたアリスは王女である私以上に外の世界を知らないのかもしれない。……私も王族だから平民の子達よりも、限られた世界の中で生きているけれども、そんな私よりも知らないかもしれない。
アリスと接していてそうも思った。そしてアリスに色々なものを見せてあげたいとも思った。
そんな風にアリスの事ばかり考えていた私の元へ——婚約者であるヒックド・ミッガ様の元から使いがやってきた。
それは最近ミッガ王国で流行っている香水やお菓子などを私にプレゼントするためという名目で来ていた。ただ、それだけのためにヒックド様が信頼している部下をこうしてこちらにやるだろうかと最初から私は訝しんでいた。
ヒックド様が何を考えているのか、どう動こうとしているのか私には現状分からない。ただ、ミッガ王国の王の言う事を聞いていたヒックド様がどうなっているか分からない。
一番、最悪の場合の可能性はヒックド様が敵になること。手紙でのやり取りを見る限りそういう可能性は低いだろうけれども、実際対面していないので何とも言えない。
私はだからこそ、正直はらはらしていた。この部下の訪問は何をもたらすのだろうかと。
――そう感じていた私に、そのヒックド様の部下が口にした言葉は全くもって予想外の言葉だった。
「我が主からの伝言です。”もし、君がまずいと思ったら俺の事は切るように”と」
「……切るように?」
「ええ、そうです。もしニーナエフ様がそう判断した場合は躊躇いもせずに婚約を破棄するようにと」
最初に言われた時、頭の理解が追い付かなかった。
ヒックド様はどうしてそのような事を私に対して伝言したのか。形として残る紙ではなく、残らないように口で伝えてきた。
ヒックド様は……何か、危険な事をなさっているのだろうか。
「ヒックド様は、何をなさっているのでしょうか」
「それは、お話出来ません」
真っ直ぐにその人は私の目を見て言った。何が何でも口にはしないという明確な意志が感じられた。
「お前、姫様の問いに対し答えないなど無礼だぞ!」
「例え、無礼だと切り捨てられたとしても話せません」
私の部下の言葉にも、彼は淡々と答える。
殺されたとしても話さないという。それだけの物を、抱えている。――それだけ危険を伴う事をヒックド様はやっている。いいえ、やろうとしているのかもしれないわ。
ヒックド様は、――王の言う事をただ聞いていた。そんなヒックド様に、私は色々と言ってしまった。その結果、ヒックド様が動いている。何をやろうとしているのか把握出来れば、協力することが出来るかもしれないというのに。
なのに、ヒックド様は恐らく私を巻き込まないように話さないようにしている。私は話して欲しいと思っているのに。出来たら、協力をしたいと思うのに。
そういう私の思いが分かるからこそ、おそらく話さないようにしている。そして私が切り捨てられるように、切り捨てるようにも言ってくる。それは巻き込まれないように。
私のためを思っての言葉だというのは分かる。
だけれども、納得は出来ない。
「そうですか。分かりました」
私はその男にはそのように答えていたが、内心ではヒックド様が何をやろうとしているのか知らなければならないと考えていた。
ヒックド様の切り捨てるようにという言葉は、聞けない。
だってヒックド様は、私の婚約者なのだから。
―――王女と、訪問者
(王女様は訪問者の言葉に、決意する。婚約者の事を調べる事を)