王女と、目覚める姉
私は目の前でベッドに横たわっている少女を見据える。
アリス。
神子とされていた少女をこんなに間近で見るのは約二年ぶりだった。二年前に会った時よりも美しくなっている。
あれから、大神殿側を問い詰めて神子であるとされているアリスが、神子ではないかもしれないという可能性を突きつけた。大神殿側が語った事は、神子を間違えて保護してしまったということだった。恐らく神子であったのは、アリスの双子の妹であった存在であろうと。神子の両親が双子の妹が神子であるはずがないという独断の元、捨てたのだという。子供を捨てる、というそのことだけでも私にとっては気分が悪くなるような話だった。
子供を捨てた事を隠して悠々と暮らしていたと思うとその両親二人にはなんともいえない気分になる。 大神殿側が神子が偽物であることを公開したのは、大神殿側も神子を偽っていることに対して思う事も沢山あったのだろう、こちらが問い詰めればすぐに暴露することになったという話だった。
大神殿が暴露をした後、第三王子の事をこちらで問い詰めれば、お父様が死んだ原因を焦って自分から口にしたそうだ。私はその場に居なかったから聞いた話だけれども、お父様は第三王子側の勢力によって、暗殺されたのだという。その事実も明るみになり、表面的に第三王子の勢力を支持するものは急速に減った。第三王子自体もとらえることが出来たらしい。それもあってどうにかなりそうだ。―――ただ、神子とされていたアリスに関しては様々な意見があった。私は、アリスを生かす道を主張した。なぜなら彼女はまだ九歳の少女でしかない。私よりも年下の少女。恐らく今までの環境でこんな風になってしまった少女。
―――まずは、アリスが目を覚ましたら私は現実を分からせよう。今はもう、周りに彼女を守る存在はいないのだから。アリスのことが偽物だと知ると周りに侍っていたものたちは離れていった。
”神子”という尊き存在であるとされていたからこそ、彼女の周りには沢山の人が居た。神子と思われていたからこそ、彼女のいう事をなんでも聞いていた。
神子という、価値を失った彼女に対する目は厳しい。そんな中で彼女が精一杯前を向いて生きようとするならば私はそれを助けられたらと思う。
この国はまだ安定出来ない。本物の神子という存在がいたにも関わらず勘違いで失ってしまった。その事実は変わらない。ならば、この国はまだまだ安定は出来ない。それに一番の問題は片付いたものの、他の問題は多く残っている。そんな中で私に何が出来るのか、それは分からないけれど。私は私が出来る精一杯のことをしたいと思う。
そんなことを考えながら椅子に腰かけていれば、「んっ」という声が聞こえた。それと同時にアリスの目が開く。
「……ここは」
アリスは目を覚まして、ベッドに座り込むとそういってあたりを見渡す。なんだか以前会った時と雰囲気が違うように感じられた。
やはり、彼女自身もこれまでのことで思う事が何かあったのだろうか。
「―――貴方は」
そして次に私を見て不思議そうな顔をする。私のことを覚えていないのかもしれない。無理もない。一度しか私とアリスは会っていないのだから。
「私はニーナエフ・フェアリー。フェアリートロフ王国の第五王女。貴方とは、二回目の対面になるわ」
「――――王女……」
アリスは、やはり以前と違った。わめき散らすことをしなかった。
「貴方は……もしかして神子ではないことに気づいているの?」
「……やっぱり、そうなの?」
やっぱり、とアリスは口にした。憑き物が落ちたように驚くほどに冷静な態度だ。
「ええ。貴方は恐らく神子ではないわ。貴方にも私たちの国は申し訳ないことをしてしまったわ。勘違いで、神子として保護してしまうなんて」
私はそういって、続けた。
「貴方は神子ではないのに神子として発表されていた。そして好き勝手にした影響で少なからず貴方に対して厳しい意見が出てる。でも私は―――貴方よりも間違えたこちらに非があると思っているの。それに貴方はまだ子供よ。ならば、貴方が前に進みたいというのならばそれを手伝いたいとは思っているわ」
「……うん」
アリスは、考えがまとまらないようでただ私の言葉に頷いている。年相応な様子だ。本人が、自分が神子ではない、特別ではないと気付いてくれているのが本当によかったと思う。これで神子ではないことを理解してくれなければ色々と大変だった。
それから私は恐らく神子であろうアリスの双子の妹の話をした。
「それで……おそらく神子なのは貴方の双子の妹なのだけれど」
「妹?」
アリスは不思議そうな顔をした。まるで妹という存在を彼女が認識していないとでもいう風なニュアンスの声に。まさか、家族でありながら双子の妹を認識していないなんてことがありえるのだろうか。
「―――ええ、貴方には妹がいるはずよ。同じ年の。茶色の髪の少女だという話だけど、心当たりはない?」
そういったら、アリス様は、
「アレの、こと?」
と驚いたように言った。
「アレ?」
「うん。お母さんとお父さんがアレってよく呼んでた存在。私の家にいて、私は時々姿を見るぐらいだった。アレをお母さんもお父さんも私に近づけようとしてなかった。アレは私と正反対の暮らしをしていた。そんなアレが………私の、妹? 家族?」
アレ、と口にしてアリスは驚いて仕方がないという顔をする。こちらもそれに驚く。
アリスと、神子様。その二人の両親は、少なくともアリスが妹で双子であるということが分からないぐらいの態度を示していたようだ。双子で、家族。なのに、ほとんどかかわっていなかったといった言い草で、アリスは本当にその存在が神子であることよりも、まず妹で家族であることに驚いていた。
「ええ、名前は―――レルンダというらしいわ。大神殿の者が貴方の親から聞いたそうよ」
「……レルンダ。アレは、そんな名前、なのね」
「そうよ。貴方の双子の妹、レルンダというらしいわ。そして、その子が恐らく神子と呼ばれる存在だわ」
「レルンダ……。私の妹。……双子の妹。アレが、私の家族。………そして、神子」
アリスは確認するように、その事実を口にするのだった。
―――――王女と、目覚める姉
(王女様は、目覚めた神子とされた少女と会話を交わす。その姉は妹を妹として認識していなかった)