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平和

3500年。

かつて存在した200ヵ国以上の国々は統合され、地球は一つの国家になった。

言語、通貨、法律などは統一され、国境という概念はすでに存在しない。

衣食住は保証され、人々は不安なく生活をしている。

争いもなく、毎日を平和に過ごしている。

世界はかつてとは違い、誰もが安心して暮らせるようになっていたーー。

だが、そんな平和も終わりを迎えることになる。


ーーー


クラージュは今日も今日とて変わり映えのない街を巡回していた。

守られた生活、平和な日常。たまに現れる犯罪者。

それでも、この世界は静かに平穏を保っている。




「クラージュ、もうそろそろ見回りは終わりの時間だ」


クラージュと呼ばれた男は子供たちと話していたが、切り上げて呼ばれた方へ視線を向ける。

中肉中背の体格に、短く整えられた髪。特別目立つ顔立ちではないが、表情の変化が少ないためどこか冷たい印象を受ける。だが、子供たちに向ける声は穏やかで、優しく言葉をかけながら会話を切り上げ、声のする方へ歩き出した。


「もうそんな時間か。今日も平和な一日だったな」


クラージュはそう言ってあくびをして腕を伸ばす。クラージュを呼んだ男も緊張感のない声で同意する。

大柄で刈り上げられた短髪に引き締まった体つき。しかし、その体格に反して顔つきは童顔で、どこか親しみやすい印象の男だ。


「まぁな。そりゃここ(チッタ)は平和の象徴そのものだからな」


チッタとは北方にある首都であり、国家の中心地である。都市の後方にはビダ呼ばれる巨大な建物がそびえ立ち、国家運営を担う統治者たちはそこに集まり、法律の制定や資源の管理、各都市への指示など国家の重要な決定を行なっている。

ビダの周りは高い塀に囲まれており、軍人(ハーリス)たちが常に警備をしている。         

                

「そうだな。俺ら警備員(パーチェ)がいなくても軍人(ハーリス)たちがいるからこの街は安全だし」

「だけど、俺らがいないと細かいことまでは警備できないからなにかあったら大変だぞ?」


警備員(パーチェ)とは軍人(ハーリス)と違い、各街に住んでいる市民の安全を守るために巡回をしている人たちだ。

男は脅すように両腕を上げ、怖い顔で言ってくるがたいして怖くない。子供を脅すレベルと同じだ。


「マサ...お前全然怖い顔になってない。俺はマリーちゃんじゃないぞ?」


そう言われたマサは大柄な身体を反らせながら大声で笑う。

元々無邪気な性格だったが、子供が生まれてからのマサはさらに子供っぽさが増して時々クラージュに対しても子供に接するような態度をしてくる。


「はっはっ。俺がかわいいマリーちゃんとお前を間違えるわけないだろ」


マリーとは隣でいまだに笑っているマサの娘だ。マサは一人娘のマリーを溺愛していて、毎日クラージュにマリーの成長を報告してくる。クラージュもマリーを可愛がっているので苦ではないが、最近少しだけ話せるようになってきたマリーの言葉を録画をしてそれを聞かせてくるのはさすがに呆れてはいた。


「そんなのわかってるよ。そういえば1週間後誕生日だっけ?」

「そうなんだよ。3歳になるだ。いやー、時が経つのは早いよ。少しだけどもう会話もできて、走ったりして…その内、彼氏なんかできたりして...いつか結婚するのか…結婚…」


マサは先程までのデレた顔をしていたのに、マリーが結婚する想像でもしたのだろう、暗い顔で呟いている。クラージュはこれではマリーの先が思いやられるとため息が出た。もしかしたらマリーは一生結婚しないかもしれないのに。

現代において結婚することはあくまで選択の一つであって独身、同性との結婚したからと言って変な目で見れれることはない。そして強制結婚は法律で禁止されており違反した場合、処罰される。



「...どんだけ先の想像してるんだが...」

「だって。時が経つのは早いんだぞ。マリーちゃんはかわいいからすぐにお嫁に...」


馬鹿な妄想をして悲惨な顔になるマサをクラージュは無視して歩き進める。この話をまともに聞いていたら日が暮れてしまう。


「そういえば、エミが今日うちでご飯食べるか聞いてきたぞ?来るか?」


気を取り直したマサは思い出したかのようにクラージュに伝える。エミとはマサの嫁のことだ。


「じゃ、お邪魔しようかな」

「よし。じゃ俺んちまで行くぞ。急がないとエミに怒られる」


マサは家に向かって走り出したので、クラージュもそれに合わせ小走りでマサの家に向かった。さっきまでの悲惨な顔はなかったかのようにその表情は輝いていた。


マサの家はチッタの中にあり、どの家も見た目は白を基調とした似た造りになってはいるが、ドアに近づくと名前が浮かび上がるホログラム表札があるので間違えることはない。たまに子供が間違えることはあるが。


「ただいまー」

「ただいま」


家の中は夕ご飯のいい匂いがした。クラージュたちの帰宅にマサ似の童顔にエマ譲りの柔らかい雰囲気のマリーは嬉しそうに遊んでいたAIが導入された喋るお姫様の人形を床に置き、駆け寄った。


「パパー、クラージュおかえり」

「マリーちゃん!夕方のマリーちゃんもかわいいね」


可愛いお出迎えにマサはマリーを抱き抱え、頬ずりをしているが、マリーは反抗期に入っているためか少し嫌そうだった。クラージュは毎度のことながら嫌がっているマリーを気にしないで頬ずりするマサを引いた目で見ていた。


「マサ。マリーが嫌がってるでしょ?やめなさい」


ダイニングから出てきたのは長い髪を一つにまとめ、シンプルなエプロンをつけたエミだ。可愛らしい顔立ちでマリーと同じ柔らかい雰囲気を持っている。エミはマサからマリーを引き剥がし、そのまま抱っこした。心なしかマリーの顔は嬉しそうだった。引き離されたマサは肩を落としてあからさまに残念がっていたが、笑顔のマリーちゃんもかわいいとだれていた。


「おかえりなさい。クラージュ、マサ。もうご飯の準備ができてるからちょっと座って待ってて」

「手伝うよ」

「俺も」


マサはそう言ってダイニングにエミと一緒に料理を取りに行く。クラージュは自分も手伝おうとダイニングに向かおうとしたが、エミに止められた。


「クラージュは疲れてるんだから、手伝いしてくてもいいよ」

「でも...」

「いいのよ。ちょっと待ってて」


え?俺は?とマサは言っているが、エミはそれを無視して出来上がった料理をマサに渡す。マサはがっかりしながらも料理を運ぶ。


「「「「いただきまーす」」」」


料理がテーブルの上に置かれ、クラージュたちはそれを食べ始める。テーブルにはメインの肉料理、サラダやパンなどが置かれている。肉の焼き加減はマサの好みのミディアムレアだ。警備員(パーチェ)の仕事はそこまで肉体労働ではないが、いつ犯罪者が現れるかわからないので出くわした時に備えて身体は鍛えている。そのためエミはタンパク質を重視した食事を出していた。


「やっぱりエミの料理はいつも美味いな!」

「ありがとう」


マサは美味い、美味いと言いご飯を食べ進める。マリーはまだ小さいので味の濃い肉料理とは別に作ったしっかり火の通った薄めの味付けの肉がマリーのお皿に置いてある。クラージュはステーキを丁寧に切りながらエミの料理は昔から美味しいと心の中で呟き、それを食べる。


クラージュ、マサ、エミは幼馴染である。小さい頃からずっと一緒にいて、クラージュとマサは同じ仕事につき、マサとエミは結婚してこうして仕事終わりにご飯をご馳走してもらうのは日常の一部になっていた。


「今日の仕事はどうだった?」

「んー?いつも通りだよ。な?クラージュ?」

「ああ。今日も平和だったよ」

「それはよかったわ」


この街は軍人(ハーリス)も常に警備をしているため犯罪はあまり起きない。たまにトゥーラと呼ばれる反逆者が来ることもあるが、すぐに捕まる。また、軽犯罪もほぼない。

衣食住が完全に保証されているため、ただ生きるだけならお金など必要ないからだ。それでも娯楽や個人的な楽しみのためにお金を欲しがる者、自分の欲求を抑えられない者が罪を犯す。クラージュたちが街中を巡回しているからそれらの人たちもすぐに捕まる。


「そういえば、この間反逆者(トゥーラ)を取り逃がしたんでしょ?大丈夫なの?」

「あぁ、今も近くにいないか軍人(ハーリス)たちが森の中を探し回ってるよ」


最近、また反逆者(トゥーラ)が出たみたいだが、軍人(ハーリス)たちはその人を捕まえ損ねたみたいだ。この情報は市民にも伝わっており、少しの緊張感が街に広がっているが、今のところなにも起きていない。この街のすぐ目の前には広大な森があるからそこに逃げたのではないかと軍人(ハーリス)たちが連日探している。


「でもやっぱり不安ね。街の中にいたらどうしよう」

「大丈夫だよ。なにかあれば俺たちも行くし」

「マサは素手で捕まえる気なの?」


警備員(パーチェ)は法律に基づき銃や剣などの武器を持てない。これは一般市民も同じで、持っているのは軍人(ハーリス)たちのみだ。


「なんとかなんでしょ。鍛えてるし」


マサはそう言って自慢の上腕二頭筋を見せる。エミとクラージュは呆れた顔をしたが、マサの腕っぷしは確かで、武器を持てない一般市民は到底勝てないだろう。さりげなくクラージュは自分の腕を見て落ち込む。しかし、どんなに鍛えても筋肉はつきにくい体質なので、マサのような体格にはなれないことはわかっている。一応、一般男性より筋肉はあるはずだと思いたい....。


「もう..マサったら...」


エミは呆れながらも優しくマサを見つめる。

見慣れた光景だと思うクラージュだが、同時にまだ慣れないなと感じながら再びご飯を食べ始めた。


ご飯を食べ終えた後はマリーと少しだけ遊び、クラージュは帰宅の準備をする。エミとマサには泊まっていけば?と言われたが、クラージュは明日も仕事があるから帰ると言って家を出た。クラージュの家はマサの家からそれほど遠くなく、数分で家に着いた。


二人とは何十年と一緒にいるし二人が独身の時はよく泊まりに行っていたが、マサとエミが結婚してからはだいぶ頻度は減った。邪魔したら悪いという思いもあるがそれ以外に別の感情もある。

それは決して二人に知られてはいけないものであって、悟らせるわけにはいかない。クラージュはシャワーを浴びて、明日の仕事に備えてベットに入る。


たわいもない日常。

平和な日々。

そんな毎日はある日突然、終わりを告げる。




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