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ブラッディ―メイデン  作者: しましまましま
第Ⅰ章 プリンセス オブ ブラッド

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第40話 エルフの村

 リーファのエルフの村は、森の奥深くにあった。

 街道から外れた獣道を半日ほど歩くと、巨大な樹木に囲まれた集落が現れた。木と石で造られた家々が、大樹の根元や幹に寄り添うように建っている。屋根には苔とつたが絡み、壁には精緻な彫刻が施されていた。エルフの村らしい。自然と調和した美しい景観だ。

 だが、その美しさとは裏腹に、村に活気はなかった。

 通りを歩くとエルフの数は少なく、すれ違う者たちの顔色は一様に悪い。咳き込みながら壁に手をついている老エルフ。腹を抑えてうずくまっている若い女性。木陰のベンチに座ったまま動かない男性。ガルドの宿屋の店主が言っていた通りだった。病が、この村を蝕んでいる。

 村全体を覆う空気が重かった。病の村特有の、沈黙な空気。人々の足取りは遅く、会話は少なく、子供の笑い声はどこにもない。薬草をせんじる匂いが、あちこちの家から漂っていた。

 エルザが思わず足を止めた。目の前で、一人の子供のエルフが激しく咳き込み、傍にいた母親が背中をさすっていた。母親自身も顔色が悪い。咳き込む度に小さな体が跳ね、母親の手が必死にその背中を支えている。エルザの胸が痛んだ。ベアトリクスもエルザの袖をきゅっと握り、唇を嚙んでいた。

 フローレンスは立ち止まらなかった。周囲の惨状に目を配りながらも、足は止めない。だが、その歩調が僅かに速くなっていることに、ドラコは気づいていた。医者の足だ。患者を前にした時の、フローレンスの足。

 村の中央にある広場に差しかかった時、一人のエルフの女性がこちらに向かって駆けてきた。

 金色の髪を肩まで伸ばした、若い女性だった。エルフ特有の長い耳と、金色の髪。服装は村の一般的なものだが、腰に薬草を入れた袋をいくつもぶら下げている。薬師か、それに近い役割の者だろう。

 女性はフローレンスの姿を見た瞬間、足を止めた。目が大きく見開かれ、翡翠ひすい色の瞳が震えた。


「……フロー?」


 かすれた声だった。信じられないものを見ているかのように、女性はフローレンスの顔を凝視していた。


「フロー。フローレンスなの?」


 フローレンスが足を止めた。女性の顔を見て、一瞬だけ紅い瞳が揺れた。だが、すぐにいつもの表情に戻った。


「フェリア」


 短く、名前だけを呼んだ。それ以上の言葉はなかった。

 フェリアと呼ばれた女性の目から、涙が溢れた。両手で口元を覆い、声を殺して泣いている。数百年。フローレンスが村を出てから、それだけの時間が経っていた。人間ならば何世代もの歳月。だがエルフにとっては、昨日のことのように鮮明な記憶だ。二度と会えないと思っていた親友が、今、目の前に立っている。


「本当に……本当にフローなのね。生きていたのね。ずっと、ずっと心配していたの」


 フェリアが手を伸ばした。フローレンスの手を取ろうとしたその手を、フローレンスは避けなかった。だが、自分からは握り返さなかった。フェリアの温かい指先が、フローレンスの冷たい手に触れている。吸血鬼の体温は低い。その冷たさにフェリアが一瞬だけ戸惑いを浮かべたが、すぐに気にしない様子で手を握った。

 ドラコたちは少し離れた場所で、二人のやり取りを見守っていた。エルザはフローレンスの横顔を静かに見つめている。あの冷静なフローレンスが、かつてはこの村でこうして誰かと笑い合っていたのだろうか。今のフローレンスからは想像しにくいが、フェリアの涙は紛れもなく本物だった。

 フローレンスの表情は、変わらなかった。喜びも、懐かしさも、表には出さない。ただ、冷静な目でフェリアを見つめていた。だが、フェリアの手を振り払わなかったこと。それが、フローレンスなりの答えだった。


「フェリア。再会を喜ぶ余裕はありません。村で病気が流行っていると聞きました。詳しく教えてください」


 フェリアの涙が止まった。フローレンスの声に込められた真剣さに、表情が引き締まる。親友との再会の喜びは、今は胸の奥にしまう時だと理解したのだ。フェリアは涙を拭い、頷いた。


「……ええ。数か月前から始まったの。最初は数人だった。咳が止まらくなって、腹痛を訴えて。誰もが風邪か何かだと思っていた。でも、日が経つにつれてどんどん広がって、今では村の三分の一が何かしらの症状を抱えている。重い者は起き上がることもできない」


 フェリアの声は、震えていた。薬師として村人を助けようとしてきた彼女にとって、どうすることもできない病の蔓延は、何よりも辛いものだったのだろう。


「外からお医者様や回復術師を何人も呼びました。おかげで症状の進行は抑えられるようになった。でも、完治した者は一人もいない。病気の正体も分からない。回復術も、薬草も、一時しのぎにしかならないの。抑えているだけで、根本は何も変わっていない」


 フローレンスの目が、僅かに細くなった。回復術が効かない。薬草でも完治しない。それは、通常の疫病ではない可能性を示している。


「発症した者に共通する行動や場所は。食事、水源、接触したもの。何でもいい」


 フローレンスの口調は、完全に医者のそれだった。感情を排し、必要な情報だけを求めている。フェリアは涙の跡が残る顔のまま、懸命に記憶を辿った。


「分からない。調べたけれど、共通点は見つからなかった。同じ物を食べていない者も発症している。水源も、井戸と川の両方を使っている者がいて、片方だけの者もいる。強いて言えば、村にいるエルフだけが発症しているということくらい。旅人や、最近村に来た者には症状が出ていない」

「人間の旅人は」

「症状なし。エルフだけ」


 フローレンスの紅い瞳が、僅かに鋭くなった。エルフだけが発症する病。それは重要な手がかりだった。


 フローレンスは無言で数秒考え込んだ。エルフだけが罹患りかんする原因不明の疫病。回復術で進行は抑えられるが完治しない。これらの情報を頭の中で整理し、いくつかの仮説を立てている様子だった。だが、仮説はあくまで仮説だ。患者を直接診なければ、何も分からない。

 フローレンスは鞄から医療道具を取り出した。


「患者を診ます。重症の者から順に、案内してください」


 フェリアは何度も頷き、フローレンスを村の奥へと案内した。ドラコたちもその後に続いた。フローレンスの足取りは速く、フェリアが小走りになるほどだった。

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