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<完結> 知らないことはお伝えできません  作者: 五十嵐 あお


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あなたが知らないあなたの母のこと Side story オスカー・イスカラング18

侯爵位を継いだばかりの若きカリスター侯爵は不思議でならなかった。妻となったイザベラのことが、そしてその生家マロスレッド公爵家が。何よりイザベラの従者であるオスカー・イスカラングが。


オスカーは元々騎士だったという。しかし、剣を振るうだけの騎士だったとは思えない知謀家なのだ。オスカー本人に言わせると知略縦横のイザベラの兄、シリルに鍛えられたからだそうだが。

それを聞くと、ここまで鍛えたオスカーを手放したシリルもまた計り知れない。


そもそもオスカーが最初に交渉してきたことはイザベラに手を付けるなということだった。それが、一変、出来るだけ早く子を儲けることを要求。その報酬は父であるカリスター侯爵が現役を退くこと。どうやって実現させるのかは分からないが、大国の公爵家には何らかの力があるのだろう。そして父が退けば発言権が弱まる。即ち結婚を反対されていながら第二夫人として迎えたアイリスを日の当たる場所に連れ出せるということだ。


アイリスの第二夫人という名称は名ばかり。侯爵邸では給金の発生しない使用人同然だった。雀の涙程度の第二夫人の毎月の予算。しかし、アイリスは朝から晩まで舅である父から仕事を言い付けられる始末。


オスカーが最初に提示した内容に飛びついたのは、父への反発があったからだ。利益の為に決められた貴族らしい婚姻。しかしそれは貴族らしい義務を果たす為だけのものにすらならない偽装結婚になる。ざまあみろと思い、オスカーが持ち掛けた話に乗った。

それが一転、子を儲けろとは、しかも早急に。言われたからと直ぐ出来るものでもないのに。


イザベラもイザベラだ。いくら貴族の娘とはいえ、家の方針に全て従うとは。しかもこんな内容だというのに。噂に聞いていた人形令嬢。言い得て妙、しかし人形が人間になるのがお伽噺の中だけ同様その逆もない。事が終わり寝室を退出する時、イザベラがいつも美しい瞳から涙を流していたことを侯爵は忘れられない。生理的な涙だったのかは分からない、声も無くただ流れるだけの涙。触れはしなかったが、その涙には体温がありそうだった。


涙を流す人形なんて存在しない。人形は泣けないのだ。だから侯爵は人形令嬢が人である時間を誰にも気付かれず持てるよう、メイドに必ず言った『時間を空けて、身なりを整えてあげてくれ。あれでイザベラは恥ずかしがりやだから』と。その言葉が、どれだけイザベラに人でいられる時間を与えられるのかは分からなかったが。


イザベラが出産後、体調が戻ると二度目の取り決め通り邸を直ぐに出て行ったときは驚いた。本当に全て家の方針に従うのかと。しかも何が気に入らなかったのか、産んだ娘を見ることもほとんどなかった。


ところが、生まれた子には全く関係のないオスカーがまるでイザベラの分もと言わんがばかりにエミーリアを気に掛けている。


王子の婚約者として王城へ身を寄せてからというもの、エミーリアの状況を伝えるようになった。どこでそんな情報を仕入れるのか不思議に思い尋ねると、『これは本来あなたがすべきことです』と返され結局何も教えてもらえなかった。


時にはエミーリアの教師を代えるように言われたことがある。『わたしには残念ながらその力がありません。先ずはあなたが自身で真実を確かめ手を回すべきです。全てを言われるままに鵜呑みにすることなく、ご自身の目でお確かめ下さい。エミーリア様はあなたの長女なのですから』


直ぐに触れられる距離に住んでいた時はあまり見ることが無かったエミーリア。それが視界に入っても触れられない距離にいるようになって分かることがいくつもあった。次女が浮かべる子供らしい屈託のない笑みがないこと。まだ子供なのに全ての表情を隠してしまうこと、と挙げればきりがない。何より、子供達の中で髪色が唯一自分と同じことに驚いた。そして、どうしてそれに気付かなかったのかに驚いた。


エミーリアが姿を消して、良く分かった。オスカーは侯爵以上にエミーリアを取り巻く全ての環境を見ていたのだと。

何の為に?言うまでもない、エミーリアを産んで直ぐにいなくなったイザベラの為だ。




「ありがとう、オスカー。あの馬鹿は迷惑を掛けなかっただろうか」

「いえ、何も」

あなたよりはよっぽど察する力をお持ちですよ、とは言わずオスカーは業務報告を行った。


「最後に、マイルズ様からの伝言です。エミーリア様はご懐妊されているそうです」

「…ありがとう」

「わたしに言われても困ります」

「悪いが、またスプラルタ王国へ行ってくれないか。祝いを届けないと。最低の父親として、最低限のことはしないといけないだろう」

「承知いたしました」

「君にいつか言われたように、反省しようと謝ろうと過去は変えられない。生まれた子供には何の罪もない、それどころかアイリスを助けてくれる存在だったのに。君が何度も言ったように、変えられない過去を嘆くより今出来ることをして未来へ繋げる方が有意義だ。仮令わたしが思う都合の良い未来にならずとも。いや、その方がいいのだろう。あの子が今後もしもわたしを頼るようなことがあれば、それはよっぽどのことだと分かるのだから」


「色々と失礼を承知で申し上げましたが、わたしは閣下のことが根底では好きでしたよ。最初の交渉の時も、二度目の交渉の時も根底にあったのはアイリス様の為という点が」

それはオスカーの行動がイザベラの為という点と同じだからだ。


「それと、今回の業務だが、マイルズは末っ子で手が掛かっただろうから特別報酬も用意した」

「お気遣いなく」

「いや、これは君が受け取らないと使いようがないものだ。受け取ってくれ、この証明書を。わたしと彼女はもう未来の王妃の両親でなくて良くなったのだから離縁は受理された。長い間宙ぶらりんにして済まなかった。頭を使えば、もっと遣り様はあったはずなのに」

「ありがとうございます。わたしは形式に拘ってはおりませんが、有難く頂戴いたします。確かに、これを報酬として喜ぶのはわたしともう一人くらいでしょう。わたしは、そのもう一人のお心を守り、喜ばせることが大切な役目ですから」

「贈り物は直ぐに用意するから、一度戻ったら直ぐにこちらに来てもらえるだろうか」

「畏まりました。それと、既にシリル様もエミーリア様のご懐妊はご存知ですから安心を。こちらと違いあちらの国は物騒なことがありますから」



不思議な男だが侯爵はオスカーを気に入っている。実の親よりも、自分を導いてくれた。それは力のある侯爵になるように、子を気に掛ける親になるように。だから、どんな内容の話だろうとオスカーとの時間は心からの友人と接しているようで大切なものだった。


あれから一度も顔を合わすことが無かった元妻はオスカーに守られている。今後も顔を合わす機会が訪れない可能性が高い娘もまた結果的にオスカーに守られている。


だから、二人イザベラとエミーリアの未来に憂いはない、何故か侯爵はそう思えるのだった。


ありがとうございました。次くらいで最終回になるといいなぁ、と思いながらキーボードをたたきました。

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