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<完結> 知らないことはお伝えできません  作者: 五十嵐 あお


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あなたが知らないあなたの母のこと Side story オスカー・イスカラング19

「お父様、お帰りなさい!」

「ただいま。お母様は?」

「もう、お父様はいつもお母様のことばかりね。呆れちゃう」

いつの間にか、娘はこんなませたことを言うようになった。この事実を傍で見て感じられるのが親の喜びだろうかとオスカーは思った。もしもエミーリアが傍にいたらどんな表情を日々見せてくれたのだろうか。

侯爵へ言った『過去は変えられない』、この言葉はオスカー自身へ対するものでもある。


「そんなことはないよ。ほら、セリーナの好きなお菓子だ。ね、セリーナのことも考えているだろう」

「でも…、お母様も好きなお菓子だわ。あら、でもいつもより少ない」

「ああ、ごめん、ごめん。急に分けなければいけなくなったんだ。でも、直ぐにまた買いにいってくるから」

「またお仕事なのね」


オスカーは出迎えてくれた娘のセリーナに半分になってしまった菓子を手渡すと、邸の面々を見渡した。そして理解する。イザベラが心穏やかに過ごしていたことを。だから次に口にする質問を躊躇する必要はない。


「イザベラは?」

「フィル様に外国語を教えていらっしゃいます」

「じゃあ、邪魔しちゃ悪いから待つとしよう」


オスカーとイザベラはあれから二人の子供に恵まれた。先に生まれたのが娘のセリーナ。その二年後に息子のフィルが生まれた。

けれど、オスカーには娘が二人いる。一人は己の腕で抱いたこともないが、大切な娘には変わりない。イザベラが産んだのならば、オスカーの娘だ。だからセリーナのように、日々変化する表情を見ていたかった。



その夜、オスカーはイザベラにエミーリアが妊娠したことを告げた。

「それでお兄様は何と?」

「大丈夫、と」

「そう。良かった」


シリルはイザベラに多くを伝えない。それは後ろめたいからではなく、必要ないからだ。

数世代前の国王が欲しがった資源が眠るであろう山をランスタル伯爵家が所有している。残念ながらランスタル伯爵家は知らないが。

しかし、地脈を調べたヘーゼルダイン侯爵家は勘付いている。だから国の法を利用する為に、ランスタル伯爵家の血が途絶えるよう動いていたのだ。継ぐ者がいなくなり、少しでも早くランスタル伯爵領が国の一時預かりになるように。ヘーゼルダイン侯爵家はいつかそれを買い取るつもりだったのだろう。

気が長い話だが、確実に仕留めるつもりだったに違いない。誰の目からも子に恵まれない家系と自然に映るよう時間を掛けた。そして、それだけの時間を掛ける旨味があると調べ上げているのだろう。


ヘーゼルダイン侯爵家により極端に親戚縁者の少ないランスタル伯爵家。そのせいで、一族で大掛かりな事業を興せない。

特に山を開発し保養地を作るなどということは。まあ、どこか掘り起こそうがものならヘーゼルダイン侯爵家から横槍が直ぐに入ることだろう。


マクスウェルの妻となったローレルはヘーゼルダイン侯爵家が得意とすることで、子が出来なかったことに気付いていない。

シリルはマクスウェルに流れる血を次代に繋げたくなかった。しかもイザベラを散々貶めたヘーゼルダイン侯爵家と共に繋ぐ血など。だからヘーゼルダイン侯爵家がランスタル伯爵家へしてきた策をそのままローレルへ向けた。それだけだ。


エミーリアが早い段階でアルフレドの婚約者になったことは、マクスウェルから切り離せたという点では良かった。しかし、後が悪い。救いはそんな中でも、エミーリアは信頼し合える相手を見つけたこと。結果、その相手と結婚し子をなせたことは良かったが、その相手が養子入りした先がランスタル伯爵家とは。

運命の糸は、その様子を眺める者に娯楽を与えるかのように複雑に絡み合う。


エミーリアの妊娠を知れば、ヘーゼルダイン侯爵家が動く。侯爵はローレルが泣こうが喚こうが、流産したが子を産める体であるエミーリアを第二夫人に据えるようマクスウェルを唆すだろう。イザベラの血筋だと言って。国と国の話ならば国王であるアンドリューはそんな馬鹿なことに首を縦に振ることはないが、友好国の公爵家が伯爵家に圧を掛けるとなると話は変わってくる。しかも公爵家とは言え、当主は元王子。伯爵家では分が悪すぎる。


シリルはあらゆる可能性を考え動くとオスカーに言った。万が一などないように。

エミーリアが女児を産み、その子がイザベラの二の舞になるなどということがないように。



「そうだ、オスカー、あの子にスプラルタで結婚のお祝いに贈るものを…、ダメね。誰の名前で贈れるというのかしら」

「大丈夫だよ、イザベラ。侯爵の名前を借りればいい。その許可は取ってある。どこの宝飾店が良いか、デザインはどうするか決めてくれれば、後は俺がやっておくから」

「ありがとう、オスカー」


スプラルタ王国では結婚の祝いに二羽のタンチョウの置物を贈る風習がある。オスとメスの瞳にそれぞれの色の石を埋め込んだものを。そして、貴族間では本体の素材に銀を、その瞳の石に宝石を使う。


「ただ、すぐにスプラルタへ行かなくてはならないからデザインを早く描いて。どんなに下手でも、後はプロが仕上げてくれるから大丈夫だ」

「まあ、オスカーったら。あの子は男の子、それとも女の子を産むのかしら?」

「シリル様の手の者が世話係としてつくから、生まれたらどんな子か教えてもらおう。俺達の最初の孫だからね」


イザベラが微笑む。けれど、オスカーは知っている。その笑みに悲しみが含まれていることを。イザベラが後悔をしていることを。


嘗てイザベラは言った。両親に育ててもらった記憶がない自分には子供を育てることは出来ないと。だから、生まれた子供は手放して正解。知らないことは出来ないのだからと。


しかし、セリーナとフィルを育てる中でイザベラは知った。最初から完成された親などいないことを。子供が親を育て、そのお礼に親は子に感謝という名の愛情で接する、それが子を育てることだと。


「そうだ、セリーナに怒られたよ。菓子がいつもより少ないと」

「まあ、あの子ったら」

「実は、半分はあの子が嫁いだランスタル伯爵家への手土産になった」

「そう、気に入ってくれるといいわね」

「ああ」




それから数か月後、オスカーはエミーリアが無事に出産したことをイザベラへ知らせた。

「アルバート君はがっかりしたそうだ。生まれた子の髪と瞳が自分と同じ色だから」

「まあ」

「でも、あの子は喜んだ。愛する人と同じ色の子が生まれて。まだ生まれたばかりで何とも言えないけれど、顔付きもアルバート君に似ているらしい。それがまた彼のがっかり感につながっているって」

「それで」

「うん、大丈夫。全てはしっかり固まっているから。幸せな女の子になれる」

「良かった」

イザベラの目尻から涙が零れ落ちた。





イザベラ・イスカラングは知っている。


自分には長女の名を呼ぶ資格がないことを。一生産みの母だと告げることが出来ないことを。

何故なら、自らその権利を放棄したのだから。


長女が生まれた時、嬉しかった。でも、あの時は自分のことの為に喜んだのだ。これでは自分を産んだ母親と同じ。成りたくなかった、子の幸せよりも自分を取った母と同じだ。


生まれた子の為と様々な理由を付け手放した。手元に残したければ、もっと遣り様はあったというのに。

それまでの人生のせい、それとも取り巻く柵のせい?手放すことへの正当性はいくらでも取り繕えた。

でも、本当にしなくてはならなかったのは断ち切ること。母と同じにならないように。

出来なかったから、イザベラは長女の名を声に出して呼んだことはない。


そして、何も言わなくてもオスカーは理解してくれている。イザベラの罪が軽くなるよう共に背負ってくれているのだ。


「オスカー、ありがとう、教えてくれて」

イザベラは感謝を込めてオスカーに口付けた。


オスカーは微笑む。

イザベラの決意を知っているから。



<おわり>

お付き合いくださった方、今までありがとうございました!

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― 新着の感想 ―
[良い点] とてもとても心に残る素敵なお話でした。
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