第20話 ドラゴンの珠
〈あれ、なんで、石化しないの? もう石化し始めていいはずなのに〉
エヴァンの頭の中に、子供っぽい声が流れてきた。
――この声は?
霧の中の影は、さらに近づいてきた。
そして、エヴァンたちは、正面から白い霧を勢いよく浴びた。
〈これで、どうだ〉
「な、なに?」
腕で顔や口をおおってマーガレットのくぐもった声が聞こえてきた。
エヴァンはカーラとマーガレットをかばうように立って動かずにいた。次第に川にそって吹く風が、霧を運んで行ってくれた。
辺りはうす暗くなっていたが、霧でかすんで見えていた影がはっきりと目の前にあらわた。大きな鳥だった。ニワトリと見えなくもないそれは、エヴァンの二倍は大きい。
頭には大きな赤い立派なとさかがあり、ニワトリの体型。
頭部は緑色をしていてニワトリ同様羽毛が生えている。首から胴体にかけて赤褐色に色が変化している。
翼は膜のようにうすく、まるで鳥型の恐竜の翼のようだった。
ニワトリと全く違うのは、尾だった。ウロコのあるヘビの尾。先っぽは矢羽のような形をして、ぱっと見、目のいくチャームポイントでもあった。
「まちがいない、コカトリス。あの老人が言っていた大コカトリス」
背後からマーガレットが言った。
マーガレットの言うように、奇怪な色や体型の鳥で、好みが別れるドラゴンだなとエヴァンは思えた。
「さっきの霧は、コカトリスの有毒な息? 私たち、いっぱいあびちゃったけど……大丈夫そうね」
カーラは自分の手を動かしたり、足を上げてみたりしてみる。確かに、とマーガレットも自分の体を見ていた。
ココココ コカコカ コココカカ
〈なんでしゃべる余裕があるの? あれだけ有毒な息をあびせたのに石化しないなんて〉
―君は、町の人々を石にしたコカトリスなのかい?
エヴァンは、心の中でコカトリスに話しかけた。
ココ カ コカコカ
〈だ、誰の声だ?〉
―正面にいる私です。
エヴァンは、よっ、と挨拶するかのようにスッと片手を上げた。
〈な、なんで、ニンゲンが話しかけられるんだ。しかも、オイラの声が聞けるのか?〉
―はい、そうです。の、能力と言えばわかりやすいかな。
〈バ、バカな。ドラゴンや動物の声が聞けるのは、ハルトムートだけだぞ。言葉を話せるドラゴンなら別だけど〉
「エ、エヴァン? 大丈夫?」
コカトリスにずっと鳴かれて動かないエヴァンを心配して、カーラが声をかけたてきた。
「え、あ、はい。大丈夫です。今、コカトリスと話をしています。たぶん、大丈夫です」
「そう……ええ? コカトリスと話すですって!」
カーラは、驚いて聞き返してきた。
「あ、はい。なんか、クイールシードの一件で、私にはそんな能力があることがわかって。コカトリスと話して、事情を聞いてみます」
「話してどうにかなればいいけど。石化しないことも、聞けたら聞いてくれますか」
半ば驚くも、冷静に話しかけてきたマーガレット。
「はい」
〈お前、ナニモノだ〉
―人間です。元勇者なんですけど、訳あって勇者の記憶がなくなっていますが。
〈勇者なのか、オマエ……〉
―はい、一応。
コカトリスは、翼の先っちょでエヴァンの胸辺りを突っつこうとした。
クグー
肩にいたファムが飛び出して、それをさせまいとコカトリスの翼を追いはらう。コカトリスは驚き慌てて、翼を引っこめた。
〈あー、ビックリしたな、もう〉
「ファム、大丈夫」
―私のドラゴンです。あ、たぶん私が勇者ということもあって、石化の毒息は効かないと思います。私の周囲にいる人たちも。
エヴァンはドラゴンの火をあびた時、自分だけでなく一緒にいたカーラも火の影響をうけていなかった。勇者たるエヴァンがそなえる防御の力があるのだと、もとい平均は考えていた。
〈ふーん、そっ。で、その元勇者ご一行がここになんの用? もうドラゴンと話せる勇者が珠を取りにくる必然性がわからないな〉
―珠? 私たちは、君がどうして人々を石化させているのか理由が知りたいんだ。あと、もとに戻す方法も。
〈ふん、もとに戻す方法なんて知らないよ。戻らなくていいさ〉
―そうする理由はなんなんだい?
〈そもそもオマエらは、『珠』を取りに来たんじゃないの?〉
―珠?
エヴァンは、なんのことかわからず、きょとんとした表情で聞き返した。
〈『珠』を奪いに来たんじゃないの? ハルトムートの〉
―いや、私たちは石化してしまったハルトムートを元に戻せないかと思ってやって来たんだ。君のいう『珠』とはなんでしょうか?
〈ドラゴンの『珠』だよ。ドラゴンや動物の声が聞けるようになる『珠』〉
コカトリスは、エヴァンたちが危害を加える意思がないことがわかり、ドラゴンの珠について話してくれた。
その珠は、ハルトムートが持っていた物だった。ハルトムートはどこで手にしたのかはわからないが、その珠を持っていた。
コカトリスが知る話では、竜王の娘が持っていると言われる珠のようだった。
その珠を持った者は、ドラゴンや動物の声が聞こえるようになるというのだ。
しかし、ドラゴンや動物から聞いた話を別の誰かに話してはならない約束ごとがある。もし、それを話してしまえば、その珠を持っていた者は石になってしまう。
〈その珠は、まだ川底にある。オイラは、誰にも奪われないように守ってる〉
エヴァンは川を見たが、日が沈んで暗くなって何も見えなくなっていた。
―どうして、君が守る必要があるんだ?
〈もともと、ドラゴンのものだ。ドラゴンが守ったっていいでしょ。それにハルトムートのものでもあるしね。気安く話せるやつらが増えたら困るよ。でも、こんな魔物のようにデカくなった姿のオイラを、町のニンゲンたちからはただでさえ気味悪がられるんだ。オイラを排除しようとしてくる〉
エヴァンは、その珠を使ってコカトリスと話せても、結局はその内容を誰にも話すことはできないのかと、思考が逡巡した。
〈町のニンゲンだけじゃなく、珠の噂をかけつけたニンゲンもいて、オイラはそいつらをどんどん石にした。町ごと石にしてしまえば、誰も寄りつかないと思ってね。ハルトムートが守った町だけどさ〉
―君は、ハルトムートと知り合いだった?
〈そうだよ。ハルトムートが石になる前は、よく森の中で話をしたもんさ。けど、町が洪水に飲まれて、住処だった森も被害をうけて、オイラは一時的に違う森で過ごしていた。そこはまだ魔力が残っていて、気づいた時にはその魔力のせいでオイラはこんな姿になっていたんだ。それで、町に戻れば魔物扱いさ〉
―そうだったんだね。
〈なぁ、勇者。珠をどこかに持っていってくれないか。できれば、竜王か竜王の娘に返してくれないか〉
―返すといっても、竜王というドラゴンがどこにいるのかもわからないし。返しても石になった人たちが元に戻るわけじゃない。
〈竜王の場所は教える。石にしてしまったのは申し訳ないと思ってる。だから、竜王のところに行ければ、竜王が願いごとを三つ叶えてくれる〉
―え、願いごとを?
〈これは嘘じゃない。そこまでの道のりは大変だけど、勇者なら行けると思う。ドラゴンは行けないんだけど。そして、石になった人を元に戻してもらうように頼んでほしい。あと、オイラをもとの姿に戻してほしい。別に魔力なんかいらない。普通のコカトリスでいたいんだ。三つ目は、勇者が好きなことを頼んでいいから〉
エヴァンは、胸が高鳴った。
コカトリスは自分のことを優先して話していたが、エヴァンはいくつか叶えてもらいたいことが頭に浮かんだ。
それは、ディリィを生き返して欲しいこと。
そして、エヴァンの記憶、元のエヴァンを目覚めさせて欲しいこと。
――これでは、願いごとの数がオーバーか。でも、今できることはそれしかない。
―やるだけやってみよう。
〈ほ、ほんとに! ありがとう! やったぁ!〉
エヴァンは、こんな簡単に話をうけてしまったが、嬉しそうにしているコカトリスを見ていると、そうしてあげたい気持ちが強くなった。石になった人が元に戻るなら、町の人もマーガレットも救われる。
コカトリスとの話を終えて、今日はその場に泊まることになった。
どこか別の町まで移動するにも、夜の移動は危険だとマーガレットは言った。野生の飛竜がエサだと思って、襲ってくるかもしれないということだった。
アシェベックの町の空き家に泊まることも考えたが、石化した人々の、ましてやマーガレットの両親が石になってしまっている状況で、屋根のある場所で寝れる気持ちにはならなかった。
マーガレットは、その点、外での寝泊まりには慣れていた。その場で火を起こして、簡単な食事を作ってくれた。
サロとコカトリスは、火から少し離れたところで静かにしていた。
エヴァンは、食事をしながらコカトリスとのやりとりを話した。
ハルトムートの珠のことは、マーガレットも聞いたことはなかったようだった。
ハルトムートは、まさしく自分を犠牲にして町を守って、自ら石になってここに立っていた。火のゆらめく灯りで、ハルトムートの石像は、生きているようにゆらめいていた。
「その珠を狙ってここに来る人たちは、ハンター」
カーラは言った。
「そんな力のあるドラゴンの珠なら、ハンターも放っておかないだろうね。コカトリスがいて、幸か不幸か。なんか複雑」
マーガレットは、ため息をはいた。
「それで、このあと珠を返すのと、石化してしまった町の人々を戻してもらうために、竜王のところへ行こうと思う」
エヴァンが言った。
「話を聞く限りは、それ以外に方法がないみたいだし。私は、それで大丈夫です」
「えぇ、私もいいわよ」
クグー
マーガレットに続いて、カーラも強くうなずいた。
翌朝、川底にあるドラゴンの珠を見つけ出したら、竜王の元へと向かうことになった。
しかし、エヴァンは、個人的な願いごとの内容については言えなかった。




