第21話 ドラゴンが飛べない場所
1
朝、日が昇る。
くべてあった火は消えて、うすい煙を静かにくゆらせていた。
その煙が辺りにとどまっているかのように、川辺一帯は朝もやに包まれていた。
クグー
ココココ コカコカ ココー
ドラゴンたちが日の出とともに目覚めて、背伸びをするかのように、羽をぐーッと広げる。
エヴァンたち3人も目を覚ました。毛布の中で背伸びをした。
ふたたび火をおこして、お湯を沸かし、マーガレットが簡単な朝食を作ってくれた。
日が昇るにつれて気温も徐々に上がっていくが、足を入れた川の水は冷たかった。ハルトムートが石となって発見されたあたりから、ドラゴンの珠を探していく。
エヴァンは、ゴツゴツした川底の石の上を慎重に歩きながら、川の中ほどへ向かった。カーラとマーガレットに浅瀬をまかせた。
ファムを肩に乗せた進む。水の勢いは強まるが、エヴァンの体はバランスを崩すことなく進める。
太ももまで上げたスボンが濡れてしまった。濡れてしまってはあきらめもついた。
澄んだ水だったが、川底の石はどれも珠に見えなくなもなかった。手でつかむと、長細いものから、明らかに大きく平べったいものばかりだと気づく。
――そもそうも、本当に、川底にあるのだろうか。すでに流されてしまっているのでは。
エヴァンは、少しずつ川下に進んでいく。
休憩を一度はさんだときに、コカトリスにどんな珠なのか聞いてみると、いわゆる水晶珠のようなものだという。日はとうに昇り、水面がよりキラキラと反射するようになっていた。
石を握って持ち上げては沈めて、別の石を拾い上げることをくりかえした。
クグ クグー
ファムが何かの気配を感じたように、さっと翼を広げた。ファムが大きくなったことで、翼を広げる際、エヴァンは頭にいつも翼をぶつけられる。それももう慣れたことだった。
ファムは、エヴァンの肩から飛び立った。
5メートルほど先で、ファムは水面近くをぐるぐると旋回する。ときどき、水面に足を一瞬つける仕草をみせた。
――も、もしかして。
エヴァンは、ファムのいる方へ川を下る。
エヴァンがそこへやってくると、ファムはエヴァンの肩に降りてきた。
エヴァンは、水面を見る。キラキラと反射して、川底も水の流れで一方向にゆらゆらとゆがんでいて、他と変わりなかった。
エヴァンは、手を水の中に沈ませて川底の石をまさぐった。ぬめりもありながら、ざらざらした表面の石の中に、手に吸いつくような今までとはまったくちがった手触りの石があった。
つかんで水の中から持ち上げた。
ガラスのように透明な球面を水滴がすべり落ちる。その珠は、ビー玉のように、銀河が閉じこめられているかのようにきれいだった。
――これだ。
エヴァンは、今までにドラゴンの珠を見たことはなかったが確信できた。
「ありました!」
エヴァンが岸に上がると、カーラとマーガレットも早足でかけよって来た。
「きれいですね」
「これがドラゴンの珠」
と、カーラが指先でドラゴンの珠に触れようとしたときだった。
ココココ コカコカ
〈それに触るらせるな!〉
コカトリスが大声で鳴いて、岸から一段上のハルトムート像がある場所から飛んで来た。
エヴァンは、サッと珠を引いてカーラに触れさせなかった。
ココ コカコカ ココココ コカ ココココ
〈それに触れたら、動物の声が聞こえるようになっちまうぞ〉
くちばしで突っつく勢いで鳴きよって来た。
―そ、そうか。そうなったら。
エヴァンは、それ以上言わなくてもわかった。
〈動物の声が聞こえることや聞いたことを話せば、石化する〉
カーラが触れることなく済んで、エヴァンはホッとした。
―でも、俺はすでに持ってしまっている……。
エヴァンは、背筋を凍らせた。
〈いや、オマエは平気だろう。オイラの毒息で石化しないしな。それに、すでにドラゴンの珠を持っていることを他のニンゲンが見て知っている。オマエは石化していない〉
―あ、確かにそうですね。
エヴァンは、自分の体を見回した。石化していない。
〈そのドラゴンの珠、竜王に返すまでオマエが持っていろな〉
―そうした方が良さそうですね。
ドラゴンの珠は自分が預かっておくと、カーラとマーガレットに伝えた。2人が触ってしまって、珠の能力を宿してしまっても困るからだ。
2人もエヴァンが持っていてくれる方が安心するとのことだった。
「あと、このコカトリス、飛んだよね」
マーガレットは思い出したように、飛んできたコカトリスに、目を丸くして驚いていた。
「えぇ、あそこからここへ飛んで来たよ」
カーラが改めて確認した。
コカ……ココ
〈な、なんでそんなに見つめる……〉
マーガレットはコカトリスを見つめていた。
「コカトリスは、飛ばないというより飛べない。跳ねて翼を羽ばたかせることはあるけど……今のは確かに飛んでいた」
ココココ コカコカ ココカ コカココ ココココ
〈飛びたくて飛べるようになったわけじゃない。こんな姿になっちまったら、飛べちまったんだ。別に飛べなくたっていいんだけどな、オイラ〉
エヴァンは、コカトリスが言ったことを伝えた。
「単に大きくなったから飛べるようになったわけじゃなそうだけど、魔力が影響しているのかも」
〈オイラは、魔力もいらない。勇者、このこともちゃんと竜王に伝えてくれよな〉
「え、あ、はい」
エヴァンはうなずいた。
2
エヴァンたちは、コカトリスから竜王のいる場所を聞いた。
そして、サロに乗って、アシェベックの町から飛び立った。
竜王のいる場所は、北の海を渡ったブリッツシュラーク大陸だという。このブリーゼ大陸から飛龍船は出ていない。
海には、小さな島がブリッツシュラーク大陸まで点在し、つらなっているから、飛竜でも休みながら渡っていけるという。
しかし、竜王のいる詳しい場所を、コカトリスはそれ以上詳しく言ってくれなかった。行けばわかるとしか、言わない。
ただ、そこはドラゴンが飛べない場所だとも。
もしかすると、だまされているとエヴァンは思った。ここまで自分を頼みにしてくれているから、信頼した。
サロがアシェベックの町上空まで上がり、進路を北に向ける。
サロの高度よりもまだ高い山が前方に見える。そこを巣にしていた飛竜が、その周囲をのどかに飛んでいるように見えた。
しかし、その山に近づいていくと、野生の飛竜たちが警戒するかのように叫ぶ。
そして、近づくなというように、サロの飛行を邪魔してきたのだ。
最初は1匹だったが、仲間を呼んだのか、どんどんその数が増えていく。飛竜にとり囲まれてしまった。
「ちょっと、もう、なんなのよ!」
息のあったマーガレットとサロでも、くちばしをとがらせ、爪を向けてくる飛竜の攻撃をかわすのが精一杯だった。
エヴァンとカーラは、勢いよく動くサロからふり落とされないようにへばりついているのがやっとだ。
――野生の飛竜は、危険だ。
マーガレットに野生の飛竜を捕まえて自分の飛竜にすることを提案されたが、それはとても難しい方法だとエヴァンは認識した。
ココココ ココココ ココココ コカーココ
〈オラオラ、オラオラ、邪魔してんじゃねーよ〉
バッサバッサ翼を羽ばたかせながら、巨体のコカトリスが激突かまわず、野生の飛竜に突っこんでいく。
「嘘、あのコカトリス?」
マーガレットは呆然としていた。
地上では見せていなかった睨みのきいた眼光が、飛竜たちに向けられている。
巨体のわりには、キビキビと宙を飛び回って、サロの周囲から飛竜たちを追っ払っていく。
野生の飛竜たちは、突然のことで、コカトリスの睨みに耐えかねて仕方なくその場から音盛り、山へとちりぢりに帰っていった。
「バジリスクを先祖に持つだけあって、コカトリスに睨まれるとどうなるか、飛竜たちもわかっているようね」
マーガレットは、巨体のコカトリスに感心した。
「ありがとう」
エヴァンは言った。
〈野生の飛竜には気をつけろって、言うのを忘れた。見境なくエサと思って襲ってくるからな、アイツら〉
―助かったよ。
〈こんなところで、オマエとオイラの願いが叶わなくなるのは嫌じゃんか。とにかく気をつけて行ってこい〉
マーガレットは、仕切り直して手綱を振った。
サロは、さらに高度を上げつつ、山から距離をとって飛行する。
日が傾く前には、ブリーゼ大陸に別れを告げて海の上を飛んでいた。
エヴァンたちは、海が夕日でオレンジ色に染まる光景に目を奪われた。海面は、キラキラと光を反射させ、心が洗われるようだった。
――なんてきれいなんだ。まさか、飛竜に乗ってこんな景色を見れるなんて。
エヴァンの心には、言いようのない熱い気持ちが込み上げていた。
もとの世界にも海はあった。海の存在も知っていた。今、目の前で見ているような光景もあったはずだった。
海だけに限らず、ふと見上げる空や道ばたに咲いている花、自然の緑に目を向けることもできたはずだった。
あるとわかっていても見ていなかった。
すべては、自分が仕事をして生きなければならない気持ちにとらわれていたと、エヴァンもとい平均はふりかえった。
最初の宿営する小さな島を見つて、1日目の移動を終えた。
――1度死んでから考えさせられるとは。
打ち寄せるさざなみの心地よい音に囲まれて、今では遠くなった記憶を思いはせて眠った。
翌日もサロは順調に飛び、3日目のお昼前に、ブリッツシュラーク大陸に到着した。
ブリッツシュラーク大陸が見えた時から、ドラゴンが飛べない場所というのが、目に見えて理解できた。
ブリッツシュラーク大陸の空は、ただならぬ真っ黒な雲に覆われていた。
内陸に向かって山をなすように、黒い雲が天へと昇っていたのだ。黒い雲のあちこちで、まるで怒りに満ちた赤い稲妻が走りつづけていた。
――まさに竜王がいてもおかしくない場所だ。
黒い雲に覆われているが、雨は降っていない。大地は乾燥し、植物らしいものはいっさい生えていなかった。
日をさえぎる雲のせいで、内陸は薄暗い。
ブリッツシュラーク大陸に降り立つと、サロはまるで元気をなくしたように翼を閉じてしまった。赤い雷光が、天を駆けまわるたびに怯えていた。
そして、カーラやマーガレットは、体が重く感じるという。
エヴァンは特にそう感じることはなかった。旅の疲れではないかと思ったが、呪われたようなその大地の影響を勇者たる体は受けていなかった。
しかし、見るからに真っ黒な雲と乾いた大地が、人を寄せつけず、ドラゴンでさえも拒んでいるのがわかった。
ここから先は、自分の足で歩いて進むしかなかった。




