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如何物喰い  作者: 蓮の華
遭遇、変異。そして、切り裂くもの
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遭遇、変異。そして、切り裂くもの 陸

何はともあれ、昨日の出来事は夢でも幻でもなく事実で、この状況の原因はどうもあの玉じゃないかってことは分かった。


そうなると、違和感を覚えるのは例のトンネルだが…。トンネルの件は今はどう考えても答えは出そうにない。直ったくらいにでもう一回行ってみよう…昼に。バイトまでは若干の遠回りだが歩道橋使えば問題はないしな。


まぁ分からないことは仕方ないし、後は問題の抽出か。


今のところ問題なのが、とりあえず血塗れだった服の処分と曲がってしまった銀食器の謝罪。

そして目下最大の問題が、空腹感。


増強することは今のところないが、なにかにつけてグーグーなる腹と、単純に空腹感が辛い。


急激に腹ペコキャラになってしまったこの状態。

空腹は、要は栄養補給の合図だ。






どうやら《人間》の食べ物は栄養にはならないようだが…







それでは、何を食べれば…………









頭をよぎった嫌な予想を頭を振り打ち消す。

可能性の中で、一番当たってほしくないそんな予想。



そこでスマホが鳴り、メッセージの着信を知らせる。


現代怪奇研究部のグループ宛に部長からだった。


『所用で一週間ほど部活には出られそうもありません、各自未知への探求を怠らないように』


いつもの調子のメッセージにふっと肩の力が抜ける。


『了解しました』


と英之助からメッセージ。

いつもの日常に、なんだか嬉しくなり


『現在進行形で未知と戦ってますよw』


と思わず軽口を叩くと


『詳しく』

『詳しく』


即座に二人からメッセージ。

食いつくところが本当に分かりやすい。


一人でニヨニヨしながら冗談だと返信を送る。

この件を相談するにも、もうちょい自分で足掻いてからでもいいだろう。









週が開け、月曜日。

今日は一コマからなので七時起き。空腹感は依然として俺をイラつかせるが、我慢できないほどではない。

満たされないと分かっていながら白米と昨日のうちに補充しておいた即席の味噌汁を掻き込む。


そして今日は燃えるゴミの日。昨日のうちに漂白剤漬けから出しておいた衣類。

一日中浸けていたからか、大分マシになっており、黒っぽい染み程度にはなった。

とりあえず今日はジーパンと靴下を不透明のビニールに更に厳重に入れ、家を出るときに他のゴミと共に集積所へ。

次は木曜日の燃えるゴミの日に上着類を捨てればいいだろう。








いつも通りの道を、いつも通り寒い中、いつも通りの時間で大学へ。


大体同じような席に座り、講師が来るのを待つ。


講義中は勿論、静かだ。

内職をしている者もいるし、スマホばかりみている者、寝ている者もいる。

だが、小学生でもあるまいし、大騒ぎして場を乱す者は流石にいない。講師の声ばかりが響く。


そんな中、俺は、というか、俺の腹は大騒ぎ。

比較的後ろの席のために講義自体の邪魔にはならないが、周りの人からは厳しい視線だ。

最初は腹の音にクスクスと笑い声が漏れた位だったが、あまりにも鳴るためにもはや怪訝な表情だ。


腹筋に力を入れてみたり抜いてみたり、ググッと堪えてみたりするが、腹の虫にはなんの効果もない。


腸管の蠕動運動を堪えるにはどうしたらよいか。

そんな生理学に真っ向から挑戦するには俺が取っている講義の知識では些か役不足だった。





講義が終わる頃には、周りの人は興味すらなくなったように視線も寄越さない。

どんな風に思われてるかなど俺には関係ない…あとで笑い話にされても恥ずかしくない…恥ずかしく…ない。ないのだ…。


腹ペコキャラとか腹下し系男子キャラとか欲しくない称号だ。





こそこそと二コマ目の講義へ向かうと、見知った顔がやたら明るい髪色の集団と駄弁っているのを発見する。


そうだった、左藤と一緒の講義だった。


怪しくない程度にそろそろとなるべく離れた席へ向かうが、コミュ力が高い連中特有の広い視野が原因かは知らんが、目敏く俺を発見した左藤。


他のフレンズと一緒だからか軽く手を上げての挨拶のみだった。


助かったと言うほどではないが、間抜けな姿を晒さなくて良かった。絶対ネタにされる。


ホッとして着席して講義を受けるが、まぁ相変わらずの腹の音に一コマ目と変わらない状況だったのはお察しだ。








午前中の講義をなんとか乗り越え、ホッと一息つくが、普段なら他の友達といるなら俺へはあまり声を掛けてこないはずの左藤が、俺の元へ半笑いで近づいてきた。

完全にからかいに来たな…結構離れていたはずなんだが…視野だけでなく耳もいいのか…リア充は。


「仏間ちゃんwどんだけ腹へってんのw」


草を生やすな。


「……朝寝坊して朝飯食べる時間がなかっだんだよ…」


「仏間ちゃんが?珍しいね」


うるせいやい、腹ペコキャラ定着などさせぬぞ。


「あ、ほら、仏間ちゃん。ガムでよかったらあげるよ」


「……さんきゅ」


キシリトール入りのミント味。心遣いには感謝するが、未だに半笑いなその顔だと憎さしか沸かん。


「こうー!先いっちゃうよー!」


左藤のフレンズが連れ立って出ていこうとする。その中で、茶髪の女の子が左藤に声を掛ける。


「おぉー!今行く!…んじゃ仏間ちゃん。またね!」


手を振りフレンズの元へ行く左藤。


連れ立って笑いながら話すその姿に、これまた微妙な被害妄想をしそうになる。

わざわざ友達がいる時でも、俺みたいな地味ーズに声をかけてくれるんだから、左藤がいい奴なのは分かるんだけどな。


ネタにされるのも吝かでは…ある。あと羨ましい。俺も女の子に渾名とかで呼ばれたい。









食堂にて昼飯を食う。

部に顔を出そうかと思ったが、購買の弁当の微妙さに食堂をチョイス。


朝飯と同じで満たされないとは分かっているがカツカレー(850円)の大盛りを頼む。

大学特有のチープなメニュー。その中でも当大学のカレーはかなりの異色。

どんだけでかいんだという寸胴鍋で作られるカレー。無論、出てくる量もヤバい。

普通のカレーでも、小盛り、極小盛りの選択肢がある時点で普通盛りが如何に多いかが察せるであろう。


上級生から新入生が、よくネタで大盛りカレーを頼まされるのが春先ではよく見られる。


普段の俺なら小盛りで充分だが、今の俺なら完食も容易だろう。それに150円増しで選択できるなら、そりゃ大盛りを頼む。

食券機に千円を入れ、ろくに見もせずカツカレーと大盛りのボタンを押す。

そのまま食券をカウンターへ。



「はいよ、次は………。アンタ……分かってるんだね?」


急に劇画チックになった食堂のおばちゃん。


「え…、あっはい」


「お残しは…許さないよ」


そこは、しまへんでぇと言ってほしかったが、そんなツッコミも出来ないままおばちゃんが叫ぶ。




「カツカレー!!!雄々盛り一丁っっ!!」


「応っっっ!!!」



辺りがざわっと沸き立つ。

なんだよやめろよ、目立つだろう。




出てきたのは、パーティーでもあまり用途がなさそうな大皿。

こんもり盛られたライスにこれでもかとカレーが掛けられ、申し訳程度に乗ったカツ。

カレーは大量生産で安く提供出来るのだろうがカツは流石にでかくは出来ないらしい。


流石に重い。2キロは余裕であるだろう。講義と講義の間で食うような物じゃない。


……んでも、そもそも大盛りってこんなに大盛りだったっけ?記憶にあるのはもっと小さかった気がするんだけどな。今は多いに越したことはないか。

まぁ、昨日の食べ放題に比べればまぁ普通だろう。


水を一杯汲み、スプーンを乗せて席を探す。

重いから手近の席がいいなと見回すと、おあつらえ向きに空いていた席。向かいに人がいるがまぁ対面は広々としてるからまぁいいかと席につく。

どうやら向かいの人も大盛りカレー。福神漬けも大盛りだ。そういや俺にはない。いいなぁ。

やっぱり大食いの人はどこにでもいるもんだと感心しながら俺も食べ始める。




「いただきます」




チープ。

その言葉は決して悪い意味でのみ使われる言葉じゃない。

昔食べた駄菓子が今も旨く感じるように、チープだからこそ栄える食べ物がある。

給食のナポリタンが今でも忘れられない様に、某有名ハンバーガーがたまに無性に食べたくなるように。


そして、カレーこそ、大量にチープに作るからこそ輝くのだと俺は思う。

本来はゴロゴロと裁断されたであろう野菜は原型を留めず、噛む必要も無いくらいに煮込まれ、肉は全然入っていないがそれが稀少さを醸し出す。たまに入っていると、おってなる。

カレーはポーク派だがチキンもビーフも各々が良い。みんな違ってみんな良い。

どちらかというと万人受けする甘口、個人的には中辛くらいがいいが、滲む野菜の旨味が進むスプーンを更に加速する。

ライスも米が立ち、噛めば甘いとかいうほど高い米では勿論ないが、水っ毛の少ない米はカレーとよく馴染む。

そして、たまにカツ。衣が厚く、肉汁が溢れるとは言い難いが、そのまま食べても良し、カレーにつけて良し、カレーに浸して後で食べても良し。飽きそうになる味のアクセントだ。


しっかし、こう皿が大きいと相対的に小さいスプーンだと食べにくい。そういや福神漬けも貰って来よう。

水の補給と共におばちゃんに声をかけて福神漬けを貰い、カウンターからレンゲをとってくる。


再び席に着き、食事を再開する。

向かいの人もモリモリ食べてる。やっぱり旨いよな、カレーは。



装備をレンゲに変えたことで飛躍的に食べるスピードが早まる。ガツガツと食べるにはもってこいだ。昼休憩も限られてるしな。







「ご馳走様でした」


至福の食事を終え、手を合わせる。

結局のところ空腹感は変わらないが、食べている時は気が紛れた。あれほど煩かった腹の虫も食べていると大人しかった。

まぁ、物足りないのは変わらないので


「……売店でデザートでも買うか」


と呟き席を立つ。何か残ってるといいのだが…。


かなり軽くなった皿を洗い場へと持っていくと、おばちゃん達が


「アンタっ!やるね!そのほそっこい体の何処にはいるんだか!」


何故か誉められた。

覚えのない称賛に首を傾げながら、美味しかったと言葉を添えて皿を返却する。

まぁ、確かに昨日ほどではないにしろ。やっぱり量的に大食いレベルだからかな、と納得しながら売店へと向かう。







午後の講義が始まる。

あれだけ食べても活動を再開した腹の虫。本当にどうするかと悩む。

とりあえずさっき左藤からもらったガムを噛む。


噛む。


噛む。



講義は粛々と進む。


新たな発見だ。ガムを噛んでると腹の虫は収まる。左藤には感謝せねばなるまい。


その後の検証で、飴でもお茶でも、食べ物であれば口に含んでいれば腹の虫は収まることが判明した。ペンとか咥えていてもダメだった。食べ物限定らしい。

なんとも不可思議だが、これで腹ペコキャラ回避はなんとかなりそうだ。


まぁ持続力の問題でガムが一番適当だろう。飴は口に含んでいるだけでもなくなってしまうし、水分を口に含んでいると喋れないし笑いの沸点が下がる。講師が途中でどもっただけで吹き出しそうになった。

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