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ハルマキは回収される気がない




「おっかえりーあゆちゃああああああ!」


 玄関から音がしたからか、部屋からリビングに出てきた妹が、ソファーに座る俊ちゃんを見た途端に声をあげてまた部屋に翻るように戻っていった。


「……なんかすいません」


「……いや、いい」


 妹は、私も両親も諦めている兄の素行注意を未だに諦めないほどに荒事が好きではないので、厳つい見た目の俊ちゃんが怖いらしい。

 異性関係であれだけ問題を起こしておいて何を言うか、と思わなくもないが、不意打ちを食らった彼女は暫く出てこないだろう。……いや、お腹が空いたら出てきそうな気もする。


 居心地悪そうな俊ちゃんに麦茶を出して、何を言ったものか悩んでみる。駅で、怒ったような態度で怒ったような言葉を言い逃げして、そのままだもんなあ。気まずい気持ちをカラオケで発散してきてしまったせいで自分だけすっきりしていて申し訳ない。


 とりあえず何か言おうと口を開いた瞬間、玄関の方からガチャガチャと鍵が開けられる音がした。嫌な予感がする。


「ただいまー。あゆいるか? 腹減っあああああああ!」


 帰宅した兄が、ソファーに座る俊ちゃんを見た途端に声をあげ、見ていて気持ち悪いほどに素早い動きで自分の部屋に飛び込んでいった。


「…………なんかすいません」


「…………いや、いい」


 我が家族ながら、喧しい兄妹だ。


 俊ちゃんに喧嘩で圧倒的なまでにぼろ負けした記憶が未だに鮮明に残っているらしい兄は、最近少しだけ大人しい。そのことだけは感謝してもいいと妹は以前語っていた。そのくせすぐに逃げ出したのだから、感謝をどこにやったのかと問いただしたいけれど。


 どこに行っていたのかと思えば、兄はハルマキの散歩に行っていたらしい。直前まで隣にいて自分の足を拭いてくれた兄が突然消えたことでおろおろしていた柴犬のハルマキが、開けっぱなしのドアからリビングに恐る恐る入ってきた。


 そして、俊ちゃんを見つけると尻尾をフリフリ、機嫌よく走り寄ってくる。


「おー、ハルマキ」


「相変わらず俊ちゃんのこと大好きですね。私はガン無視ですか……」


 浮気者は今、手前にいた私の横を素通りして俊ちゃんの足にはふはふ甘えている。まだ会うのは二回目のくせにとんでもなく懐いている。しかし嬉しそうにハルマキの頭を撫でている俊ちゃんの顔の強張りが和らいできたように見えて、こっそり浮気者に感謝した。


「俊ちゃん、ごめんなさい」


 ハルマキのはふはふに負けない程度の声量で呟くと、俊ちゃんが驚いたような顔で私を見つめた。


「人への接し方なんて、私が指図するようなものじゃなかったです。態度悪く逃げ出してごめんなさい。遊園地も流れましたし」


「……いや、お前は悪くない、だろ。あのときは俺があいつに不必要にきつく当たってた。……巻き込んで悪かった」


「花菜ちゃんと仲が悪いんですか?」


 尋ねると、言いづらそうに彼は顔を顰めた。


「……瑛一の妹だからたまに話すけど、基本ああいうのは苦手だ」


 ああいうの、とは何を指すんだろう。華やかな容姿か、人懐こい態度か、それとも、彼に向ける好意か。


 もしそれらが彼の苦手とするものだとしたら、私は華やかでなく人懐こくなく恋愛における好意を向けていないから、親しくしてくれているのだろうか。


 彼は前に、私が自分の喧嘩を見ても怖がらないから興味を持ったと話していた。それは誤解だと伝えたことはあっただろうか。先程花菜ちゃんに話したように。


 私が彼から拒絶されない理由がもしそこにあるのだとしたら、私が抱く恐怖は、彼を遠ざける?


「……歩?」


 黙りこむ私の顔を、心配そうな俊ちゃんが覗き込んだ。この優しさは、どうして私なんかに向けられるんだろう。


「俊ちゃんが怖くないのか、花菜ちゃんに訊かれました」


 彼は少し眉を寄せて、相槌の代わりに小さく頷いた。


「喧嘩したり、怒ったりする俊ちゃんは怖いと、答えました」


「……」


「それでも私は俊ちゃんと仲良くしてもらえるのでしょうか」


 理由のわからない好意は怖い。いつその資格を失うかわからないから。


 俊ちゃんから冷たくされる花菜ちゃんを見て、花菜ちゃん自身のことよりも、自分が同じように彼から接されることを想像して恐ろしくなった。自分本意な感情は厄介で、私は自分を少し軽蔑した。だってあの子は悲しそうにしていたのに。


「きっかけは、確かにお前が兄貴を負かした俺相手に平然としていたから、かもしんねえけど」


「……はい」


「人となりを知って仲良くしたいと思ったのは俺だし、仲良くしてもらってんのも俺だ。お前が嫌がるならまだしも、こっちから歩を遠ざけることはない。……歩だって、喧嘩するところが怖いから俺自体避けたいとは思ってないんだろ」


 わふ、とハルマキが気の抜けた鳴き声をあげた。野性を完全に失っているに違いない、間抜けな声だった。


「やっぱり俊ちゃんは優しいですね」


「は……?」


 俊ちゃんの優しさを花菜ちゃんに話したことを知らない彼はきょとんしていたけど、そんな彼をよそについ零れた溜め息は安堵によるものだ。


 花菜ちゃんに、俊ちゃんと仲良くしないって約束しなくて、よかった。あの子の俊ちゃんに向ける好意への接し方は決めかねたままだけど、また会いたいと笑ってくれた彼女とだって私はもっと仲良くなりたい。


「……つかあいつとどこ行ってたの。なんもされてない?」


「カラオケでデュエットとかしました」


「あいつ距離の詰め方えぐいな……」


 えぐいのは絶対に花菜ちゃんだけじゃないけど。






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