第9話 黒い竜の独白
私の名前はシュヴァルツ。
悠久の時を生き人間からは破壊を司る黒い竜と畏怖される、--この世界を調整する為の存在だ。
増えすぎた物は減らし、少ない物は逆に増やす。乱れた気脈を正し、時には天候を変え、地を均し、人間の営みに介入する事もあった。
だがここ数百年は全てに飽き、唯己に課せられた役割を淡々とこなしていた。
後は己が身が朽ちるのを待つだけ、早くこの生を終わらせたい。ーーずっとそう願っていたのだ。
そんなある日、エルフの郷にある世界樹ユグドラシルに蕾がついた。
微かな予兆と予感。
淡い期待と大半は諦めで、それでも何かを探さずにはいられなかった。
噴火する火口、大海原の人知れぬ孤島、氷で閉ざされた大地、鬱蒼とした深い森の中、私は狂ったように探した。
そしてある日、朽ちた古木の洞の中に私は見つけた。白く輝くこの世でたった一つの小さな卵。
やがてある晴れた日、まるで祝福するようにユグドラシルの花が一斉に咲いた。
その卵の中から現れたのはーー白く美しい雌の竜だった。
その時の感動は言葉では言い尽くせない。初めて感じる感情。
とうとう見つけた我が片翼、我が番!
竜は初めて目にしたものを親として認識する習性がある。だから私は暫く離れた場所から様子を見る事にした。
動物たちと戯れる姿も、初めての果実を口にした時のちょっと驚いた表情も、白く優美な翼で空を飛んでいる時の少し高揚した表情も、全てが微笑ましくて愛らしい。
早くお前に触れたい。だが怯えさせてはいけない。
片時も目を離さず大切に大切に慈しみ、少しづつ慣らしてから我が元に迎えるつもりだったのに。
ーーー助けてーーー
それは私が遠く離れた地で乱れた気脈を直している時だった。
突然頭の中に彼女の声が響いた。
体中から血の気が引くような感触にすぐさま声の気配を頼りに飛ぶと、彼女が人間に捕らわれているのを見つけた。
憎悪に我を忘れ、薙ぎ払い、その場の全てを焼き尽くした。
だが時既に遅く、私の白い竜は黒い呪いに囚われ傷ついていた。
自分の油断が招いた最悪の結果。
私は傷ついた彼女を巣に連れ帰ると、傷を癒し、その目覚めを待った。
どうか早く目を開けておくれ。そしてその瞳で私を見て、その口で私の名を呼んでおくれ。
もう何物も決してお前を傷つける事はない。私の大切な、大切な、白い竜。
ずっとお前を待っていたーーーー。