異世界に落ちたらみんな似たような顔で転校生の気持ちがよく判った、というお話
このお話はファンタジーでフィクションです。
偶然落ちた系・文明度 中・王族、貴族の顔が似ている・みんな誰かしら親戚・人種が異なる人の顔を見分けるのは慣れるまで難しい・転校生は顔と名前を覚えるのも大変
「やあコトハ、おはよう。ここで君と会えるなんて本当に嬉しいよ。もしかして私のことを待っていてくれたのかな? もしそうならこれから仕事じゃなければこのまま私の私室に連れていきたいくらいだ」
朝の清々しい空気を台無しにするような言葉にコトハと呼ばれた小柄な少女は頬をうっすらと染めて護衛の影に隠れる。その庇護欲をそそる姿に声をかけた金髪の男はこれ以上ないくらい甘い笑みを浮かべて、彼女の愛らしい顔を覗き込んた。
「おはようございます。……あの、今、散歩中で……別に、待っていたわけでは……」
あたふたと言い訳をする姿も愛おしいと邪魔な護衛の背から彼女を出そうと手を差し伸べると、少女は更に彼から隠れるように護衛にしがみつく。その姿に心底残念そうに小さく息を吐いた男は、そのサファイヤの瞳にまるで計算されたような憂いを含んだ微笑みを浮かべて護衛から離れた。
「まだ慣れていいないのは残念だよ。私ももう少し君といる時間が取れればいいんだけど……また今度一緒にお茶の飲みながら異世界の話をしてくれないか? 楽しみにしているよ」
男は忙しい身なのだろう。少女の返事も聞かずに甘い言葉をかけていた割にはあっさりと去っていく。少女はその後ろ姿をじっと見つめて、彼が本当に去ったのを確認してから握っていた護衛の服をようやく離した。
強張っていた体の力が抜けるのと護衛の大きくて固い手が琴葉の頭を撫でるのは同時で、それまで無表情だった護衛の男が笑うのを彼女は下から見上げる。
「で? アレは誰だ?」
護衛の身長は百九十近くあるだろうか。黒髪に茶金の目を持つ三十後半の男は、その体躯に見合う低くかすれた声で琴葉に問う。少女はしばらく唸ってから小さく「第三王子?」と答え、護衛はすぐさま「はずれ」と返した。
「っ……えー……王様の弟の息子」
「違う」
「ええっ! それじゃあ……あの公爵家の」
「遠くなった」
「第二王子は軍服来て髪を結ってる人だから違うし……」
「お前はそういう認識なんだな。そうだとしたら難しかったか。アレは第二王子だぞ」
「ええぇ……」
護衛の言葉に受験に落ちた高校生のようにうなだれる琴葉。
「珍しく私服でいたところをみると仕事は王家の公務だな。公の場にでるから髪も結っていないし、あの姿でも何回かお前に会ってる」
そんなことを言われても判らないものは判らないのだ。なぜなら『こちらの人間』は皆西洋人系の顔立ちなのだから。
千葉琴葉、二十歳。彼女はこことは異なる世界から落ちてきて、この国の客人となった悩める異世界人だった。
琴葉がこの世界に落ちてきたのは大学からの帰り道だった。水たまりがあったとか、影がひときわ濃かったとか、魔法陣が現れたとかではない。本当に偶然に現実の切れ目に落ちたような感覚、琴葉は今思い出してもそう思う。
そして偶然にも落ちたのはこのジャカート王国王宮の、国の重鎮が集まっていた謁見の間だったのだ。もちろん大騒ぎにはなった。なにせ突然なにもないところから人が落ちてきたのだから……玉座に座った国王の膝の上に。
もし運命の女神なるものがいるのなら琴葉は全力で恨んだだろう。けれどすぐに感謝することになったはずだ。運命の女神はハプニングを起こしておいてアフターフォローもしない迷惑な存在などではけしてなかったから。
誰も身動きのできない中、琴葉と五十代後半の国王はしばらく見つめあっていたが、さすがに見知らぬ男性の上にいつまでも乗っていられるほど無垢な時代は過ぎていた彼女は、飛びのいて床に額を付けて叫んだ。
「申し訳、ありませんでした!」
そう、日本人の最大の謝罪方法だが、意外と誰も本気ですることの少ない土下座である。
この時のことを思い出してもいまだに不思議なのだが、琴葉はなぜ土下座をしようと思ったのか覚えてはいない。ただ体が勝手に動いた……としか言いようがなかった。
もちろんようやく動き出した周囲の人間に取り押さえられ、謝ったというのに剣を向けられ、恐怖に震える事態に陥ったのだが、そこを助け出したのは無礼を働かれたはずの国王だった。彼はいきりたつ周囲を一声で宥めると琴葉を見下ろして質問した。
「なぜ謝罪した」
沈黙は許さないという周囲のプレッシャーに、たとえ偶然だろうが嫌な思いをしたであろう相手に謝罪するくらいには大人である琴葉は取り繕うことなく頭の中に浮かんだ答えを口にした。
「み、見知らぬ人の、膝に、断りもなく、乗って、いたので」
逆だったら嫌だなと思いやっての謝罪だと告げると、沈黙の後小さく「ぐふっ」と何かが漏れるような音が聞こえてどこからか「陛下」と小さく呼ぶ声か聞こえた。後で聞いた話では国王が噴き出し、宰相が場を取り繕うためにたしなめた声だったらしい。
「ごほん、顔を上げよ」
取り繕うような咳払いの後の国王の言葉に、琴葉の意思とは関係なく体が持ち上げられて上半身が自由になる。恐る恐る顔を上げて豪華な椅子に座る偉そうな男性を見上げると、彼は面白そうに笑いながら沙汰を下した。
「これから身体検査と身元調査、魔術検査と取り調べをうけることになるだろうが、なにもかも正直に話すがよい。そうでなければ助けてやれぬ。この国の最高に厳重な警備の中で私の膝の上に現れたのはここにいた皆が知っておるから悪いようにはせぬよ」
そう言われた琴葉が頷くと、両腕を拘束していた男たちに連れられて謁見の間を後にしたのだった。
そこからは普通に取り調べられ、魔法まで使って真偽を確かめられ、何度も同じ質問を繰り返されて逆切れ、勢いのまま語った琴葉の世界の常識に驚愕された。
そしてある意味それが転機だったようだ。琴葉が語ったのは小学生の理科知識、空気についてだったが、ガラスコップの中でろうそくの火が消えた事実に魔術師たちが驚き、さらに同じようにガラスコップの中に魔術の火を灯しても消えない事実に琴葉が驚いた。一体これはどういうことだとさらなる実験を魔術師たちと試みようとしたところで呆れた騎士に止められたのはいい思い出だ。
そのあと一応犯罪者ではないと確認されて城の外に放り出されるのかと思っていたら、取り調べていた金髪騎士と金髪魔術師にもっと異世界の話をしてほしいと客人として王城への滞在するように言われ、改めて国王との謁見やら宰相からの確認やらいろいろあって今に至る。
その今に至る過程の中で琴葉の悩みが始まったのだ。
「だってみんな同じ顔と同じ髪の色と同じ目の色なんだよ。年が違えばなんとかなるけど、どうして王子様たちの年齢ってあんなに近いの?」
「まぁ国王がお盛んだったのと、王子の一人は王妃の妹である側室から生まれているからあり得ないほど年齢が近いな。貴族共も国王が仕込んだのを見計らって同じ年に生まれるように仕込むから同年齢が多い。学園で気に入られれば側近に取り立ててもらえるかもしれないからな」
散歩の続きをしながら、朝の爽やかな空気に似合わない大人の都合を語られて琴葉はうなだれる。
国王の顔は判る。数回しか会ったことはないが、膝の上に乗ってしまったという衝撃的な出来事は彼の印象を強く残した。王妃様や王女様方も見分けがつく。女性は自分の個性を出しやすいし、化粧などでも個として主張していたからだ。
問題は男性陣である。
王太子以下、軍部を仕切る第二王子、王太子の補佐をしている第三王子、宰相補佐、近衛騎士副団長、副魔術師長、なんとか公爵家の息子が三人、副侍従長、伯爵子息に至ってはもう数すら分からない。それらが皆、金髪碧眼長髪で似た年齢なのだ。さらに数代前に王妹が降嫁したとか、王子といとこだとか、逆に母親の姉が王家に嫁いだとかで彼らは現地人ですら似ていると思うらしい。
同じ日本人でも転校すれば人の顔を覚えるのに苦労するというのに、人種が違えばさらに困難で、その上琴葉の近くに来る男性は皆似ているとくればもうどうしようもなかった。最初の頃などさっきまで会っていた人がまた現れたと思ったら、実は違う人だったなんてことがざらにあったのだ。
この国は親族経営かぁ……なんて遠い目をしていたら、琴葉の護衛をしていたこの男がそれに気づいてフォローをしてくれるようになったのである。
「お前。その調子じゃ誰に口説かれているのかも判っていないな」
護衛中ゆえに派手に笑うことはないが、彼が笑いをこらえているのは声を聞けばわかる。馬鹿にされているが事実ではあったのでむくれると、過去に顔も見分けられず、誰も信用できなかった自分に差し出された頼りがいのある大きな手が差し出された。
「ねぇ。アルフってどんな身分なの?」
そういえば最初の頃から護衛についていたこの男の事を良く知らないと手を重ねながら尋ねると、今更だという表情で男は告げる。
「俺の父親は先々王だ」
「……センセンオウ? 今の王様のお父さんのお父さん? あれ?」
「あたりだ。そうなるな」
軽い調子で返されたので琴葉も気にせず散歩を続ける。
「王様にもこれまで会った王族にも似てないね」
「ああ。俺は本当に先々王の子かと疑われているからな。八十近い年齢で若い侍女に手を付けてできたらしい。先王は自分の兄弟だと認知したらしいが、俺が王族の外見をまったく受け継がずに生まれたことで母が別の男と寝たのではと言われたよ」
よく笑い、砕けた口調で話し、城のみんなからも慕われている彼にもいろいろと苦労があったらしい。それを感じさせないのは年齢の差か、男の見栄か、苦労を苦労と思っていないのか。
「でも私はアルフがいてくれて感謝してるよ。そうでなきゃ人間不信になってたかもしれない」
会いに来る若い男が全員同じ人間に見えてほぼノイローゼ気味だった当時を思い出して身震いすると、アルフはにやりと笑って重なっていた手を握りしめる。
「お前、俺が黒髪だから覚えていただけじゃないだろうな?」
「そんなことないけど、アルフが黒髪で良かったとは思ってる」
琴葉の正直な感想に護衛の男は我慢しきれず噴き出したのだった。
(おまけ)
「アルフレッド様、無事にお生まれになりました。元気な女の子ですよ!」
そういって乳母が抱いてきた小さな生き物の薄い髪は金色。父親のはずの俺にも、母親である琴葉にもまったく似ていない色だった。
「琴葉……」
ようやく入室の許可が下りて彼女の元へと赴けば、彼女は慈愛の笑みを浮かべて我が子を抱きしめる。
「これで長年の疑問が解けたね。この子のこの髪の色はアルフのお父さんに似たんだよ? 私の家族に金髪碧眼はいないもの」
「琴葉?」
言葉の意味が分からず狼狽えた俺は小さな手を伸ばして笑った彼女を抱きしめた。
「お義母さまも言ってたでしょう? 自分たちはちゃんと愛し合って貴方を産んだんだって」
琴葉の気持ちに応える前に語った俺の不安。長く王宮にいたからよく知っている。あそこは人を騙す人間がわんさかいる。年若い侍女を薬で朦朧とさせ、王の子と偽ってまったく違う男の子供を仕込むことも行われないとは限らない場所なのだ。
だから自分が誰の血をひいているか定かでないと語った時、琴葉はこう言った。
『私は貴方の父親の血が好きな訳じゃないわ。貴方が好きのよ』
その時も心が救われた。この俺に不安を口にさせたのは琴葉だから、彼女を心から愛すると決めた。
そして今もまた俺は彼女に愛されていると実感する。両親は愛し合って俺が生まれたこと、そして俺と琴葉が愛し合って娘が生まれたことに。
「愛してる」
こぼれたのは言葉と涙。見苦しいだろう男の涙を、琴葉は笑いながら親指で拭った。
珍しく恋愛書いてみた。
裏設定は活動報告にて。




