本当の仲間とは与えられるものじゃない。自分で見つけるものだ、というお話
このお話はファンタジーでフィクションです。
勇者召喚/文明度・中/戦う女子/戦えない男子/心からの叫び/魔王の出番はなし/本当の仲間
「勇者様。どうかこの世界をお救い下さい」
淡い光が降り注ぐ広い室内に一人の少女が立っていた。ポニーテールに結い上げたサラサラストレートの黒髪は背の半ばをすぎた辺りで切りそろえられ、勝ち気な茶色のつり上がり気味の大きな目はどこか愛嬌がる。が、今は驚きに大きく見開かれ。赤いリボンが一際目を引く青いブレザーと膝上丈のスカートを身に付け、黒のハイソックスと黒いスニーカーがしなやかな足を覆っていた。
対する言葉を発した人物は金の王冠を被り、白髪と白いちょび髭を整え、この真夏のクソ暑い中白いファーの付いた厚手の赤いマントを羽織った老人だ。まぁ、一目見て王様だなと納得できる衣装でもある。皆が汗を拭き拭き風の抜けない広間にいるというのに、汗一つかかないのは尊き血の成せるワザなのかもしれない。
「は?」
お互いを実況できる程度にはたっぷり時間が経ってから、少女はようやく疑問の声を上げた。大丈夫か、この勇者。かなり鈍いんじゃないだろうな、と招いたにも関わらず失礼なことを考えたのは壮年の宰相であるが、表情に出ることはなかったので誰も判らないだろう。
「勇者様、どうかこの世界をお救い下さい」
間の抜けた状況にめげることなく同じ科白を繰り返した見た目王様。真顔で繰り返すのだからたいした役者である。
「えーと、私の名前はユウシャサマではなくて森ささめです」
ちょっとわざとらしいかなと思いつつも少女は現実から全力で逃避する。当たり前だ。突然こんな事態に陥れば大人でも裸足で逃げ出す。とりあえず名前を名乗るあたり見た目王様より少女の方がよほど落ち着いてはいそうである。
そしていい加減話が進まないと気が付いた見た目王様はようやく落ち着きを取り戻し、少女を謁見室へと招いたのだった。
――――この時点でなんとなく前途多難な気配が漂っていた。
少女が呼び出されたのは魔王を倒すためだった。魔王さえ倒せば元の世界に返してくれるという。
そんなの知らない! 戻す術があるのならさっさと戻して! これからホワイトデーのお返しを山ほど貰える予定なのに!と世界の命運とキャンディやクッキーを天秤にかける少女を見るに、事の重要性は理解しているようだ。正常な人間ならどちらを取るかなど決まっているのだから。
そしてやはり少女は勇者になった。もともと正義感が強かったのもあるし、国の偉くていい歳の親父達が皆で土下座したせいもあるだろう。彼女が勇者になることを承諾したのは後者の理由が八割だと知ったら彼らは報われるだろうか。
ともあれ無事勇者をその気にさせた国は彼女の護衛兼世話係として三人の男性を紹介した。平均年齢が25歳前後の彼らを一目見た少女は「うわ、逆ハーレムかよ」との第一声を放ったらしい。
そんな彼らの一人目はこの国の王子様。鎖骨にかかる長さの金髪の髪と日差しを反射する海のような蒼い目を持ち、シャープな顎と薄い唇が美形度を上げていた。身長は180程でほっそりとしているが、動きは機敏で腕には程良い筋肉も付いているようだ。
第四王子なのでそこまで重要人物ではないようだが、生まれて十八年を一般人として過ごしてきた勇者にとって王族とは未知の生き物だった。
二人目は騎士団で優秀だと言われている侯爵子息だ。襟足にかかるかかからないかくらいの黒髪と王子よりも薄いスカイブルーの目。騎士らしい精悍な顔つきだが、笑うと柔和になるところも魅力的である。騎士らしく身体を鍛えているようだが、俳優のようにしなやかで王子より更に身長が高いが目を引いた。
三人目は文官らしい涼やかな青年だ。一目見て判るほど手入れの行き届いたサラサラの長い銀髪と、全てを見通すような理知的な紅玉の目。顔は中性的だが決して女性に見えることはないくらいには凛々しい。王子とほぼ同じ身長でフード付きローブを身に付けていて、どうやら魔法使いらしい。らしいというのも勇者は彼が魔法を使うのを見たことがないからだ。魔法って面倒なものなのねというのが勇者の印象である。
さてなんとも情けない理由で勇者を引き受けた少女――ささめであるが、残念ながら最初から高い戦いの技術を持っているわけではなかった。才能はあるようなので訓練さえすればすぐに使えるだろうと言われ、城内で訓練した後、実地に出たささめと護衛の三人だったのだが。
「ふざけるなぁぁぁぁ!!!」
城からあまり離れていない草原で吠える勇者が一人。周囲にいるはずの青年達の姿はない。
女性の騎士服を着たささめは周囲に人の目がないことが判っていて叫び続ける。
「まずもやし王子!! 確かに王族だから肉体労働なんてしたことないんだろうけど、私でも持って歩くキャンプ道具や食料を長時間持って歩けないって、どれだけスタミナないの!! 深窓の姫君か、貴様は! その上、城からあまり出たことないからって迷子になりすぎだよ! どこの俺様ヒロインだよ!」
更に彼女の叫びは続く。
「次ぎに軟弱騎士! お前が手に持ってる細身の剣じゃ、その辺にいるストンボアの皮すら切り裂けずに折れるわ! その筋肉は見せ筋か! もっと重さも厚みもある剣を使え! そして何より血を見て卒倒するな! 女の子の方が血に強いと言われてるけど、モンスターと戦って悲鳴上げるってどういうこと?! 乙女か! 乙女なのか!」
ここで息が切れたのか荒い呼吸を吐く少女は、それでも戦意を漲らせて拳を握った。
「最後に非常識魔法使い!! お前は加減というものを知れ! 下っ端兵士でも倒せるストンボアに直径10メートルのクレーターを作るような魔法を放つな! 真顔で『やりすぎた』なんて言ったって可愛くないっつうの! それから髪が風で乱れるとか日に焼けるといって、外にいるあいだ結界を張り続けるな! そのせいで肝心なときに攻撃魔法が使えなかっただろうが! アンタは箱入りのお嬢様か! 日焼けを恐れる奥様か!」
ささめの怒りの声は平原を渡り、誰の耳にも届くことはなかった。
結局。勇者が魔物の王様、狼型の魔王を倒したのはそれから一年後だ。
「よくやりましたわね。褒めてさし上げますわ!」
魔王を倒した直後、朗らかに勇者を褒めたのは侯爵令嬢だ。身体にそったドレスで金属の入った頑丈な小手とブーツを身に付け、大きな胸と金髪の縦ロールを揺らして誇らしげにささめを見る。
「本当、よく頑張ったわ。えらい、えらい」
そう言ってささめの頭を撫でたのは一際身長の高い赤髪の女剣士で傭兵だ。こちらは腰に下げた無骨な剣が目を引くが、握りの部分はなめし革が巻かれて使い込まれていた。
「残念。もうちょっとぶっ叩けると思ったのにぃ」
手に持った血で汚れたメイスを名残惜しそうに見つめるのは女性神官である。本来白であるはずの髪と神官服が、なぜか赤いことに誰も突っ込まないのは見慣れた光景だからなのだろう。
「みんな、本当にありがとう。魔王を倒せたのもみんなのお陰だよ! さぁ、国に帰ろう!」
一つに結い上げた黒髪を揺らして頭を下げながら弾んだ声でお礼を言うささめ。年相応の朗らかな笑顔を浮かべていた彼女は大切な仲間達に帰りを促し、彼女たちの足は軽く弾むのであった。
これが私の戦う女子(物理)
使えない男共の描写を頑張りすぎて、女子仲間の描写や出会いを入れられなかったのが残念。
裏設定として
・侯爵令嬢(武闘家)――――祖父が武術の天才で、先の大戦の成果で叙勲された家の出。本人は平民と変わりない価値観を持つものの、貴族としての教育もしっかりとこなした頑張り屋さん。城で嘆いていた勇者を見つけて叱咤激励しているうちに、周りの男共のあまりの使えなさを知って激怒した。王子の代わりに勇者を見守る(国としては見張り)役として魔王討伐の旅に同行した経緯がある。
帰国後。勇者は異世界へと帰ったこともあって、彼女が魔王討伐の立て役者として祭り上げられ、国内外の王族貴族より婚約の打診があったものの、「わたくしより強い方でなければお受けすることはできません」と言い切った。
・女傭兵(女剣士)――――金で雇われた傭兵。ただ強いだけではなく兵法にも明るく、指揮官の器を持つベテランだった。彼女の親友の病を治すために必要な稀少な薬草を探していたところを勇者と知り合い、勇者がそれを国庫から盗んできたのが一緒に旅に出る事になったきっかけ。勇者曰く「必要になるかもしれないという理由で後生大事に取っておくより、余程いい使い道でしょう」とか。それでも旅の途中で見つけた同じ薬草を採取して国に返す勇者を見て、自分の命を懸けてもいいと思うくらいには気に入ったようだ。
帰国後、国からの招聘を断って再び旅に出たという。
・女性神官(回復職)――――前線に立って戦う慈愛の女神を奉ずる女神官。華奢な身体と美しい見た目で毒舌苛烈な性格に、神殿でも持て余していたところを勇者と出会った。やり手の神官長に丸め込まれて勇者パーティーに入った経緯があるものの、「正しい神官」を知らなかった故に彼女の戦闘に引くことがなかった勇者を見て、本人曰く自分の仕える人はこの人だと天啓を受けたらしい。戦うだけではなく強力な回復魔法の使い手でもあり、幾度かあった危機的状況を無事に抜けられたのは彼女の功績が大きいと、後に侯爵令嬢は語ったという。
帰国後。元の神殿に帰った彼女は聖女と崇められるものの、本人は勇者の仲間である事の方が大事だったようだ。聖女として神殿の中に引きこもるのではなく、勇者の仲間として人々を助ける道を選んだという。ただし助け方もいろいろで、時には彼女が歩いた道はご威光で赤く染まったと言われている。