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第十話 小さいきれいなモノ

 砂山砂子は混乱していた。意味もなくコンビニに入って、上の空に立ち読み。

 耳が熱い。

 津賀のあれは、告白ととってよいのだろうか?

 砂子はそれまで、津賀とはお互いそういう関係でない「親友」だと了解していた。その関係が好きだった。だいたいにおいて砂子にとって、恋は最初から恋。友情は最初から友情、なのである。高校時代は憧れの先輩、大学では合コンで知り合った男と付き合っていて。友達が、ある日急に恋の相手に、という経験は、砂子にはまだ無かった。ましてや、あんなに女子としてダメな部分を見ていた津賀が、自分を好きになるなんて。馬鹿な。

 週刊誌の芸能人のゴシップのページを開いたまま、ぐるぐると砂子の脳みそは活動した。

 コンビニの店員の声はもはや遠い。手元のゴシップ記事には「大物俳優Kの家族が借金」とあり、砂子は思った。

 家族。そう、津賀はまるで家族のようで……。

 そこまでいった所で砂子の中に、あるイメージが浮かぶ。

 それは、隣の悪魔兄弟の姿だった。

 かぞくなんだ。

 砂子が恋のような気持ちで漠然と憧れていたレヴは、彼の家族といつもセットで思いおこされる。

 わたしは、何を求めているのだろうか?

 砂子は自問した。

 男で女で、というお洒落な恋以外の恋というのが、あるのなら、それは……。


 砂子は気付いていなかったが、このとき、コンビニの前をひとりの男が通り過ぎた。

 トゲのような髪の毛、意思の強い瞳を帽子で隠してはいたが、たまにすれ違う人の中には「もしかして」と感じる者も居たかもしれない。

 竜戦士キングドラゴン、炎の戦士こと火村竜二その人であった。

 豪楽園遊園地のショーを終えた火村が、ふた駅離れた小さな町に足を運んだのには理由があった。昨日、確かにこの辺りで、闇竜の玉が作用した時に発する波動が観測されたのだ。しかし、どうもおかしい。仲間である地竜の戦士、土屋が嘘を言うはずがないがこの町は、あまりにのほほんとしている。火村は奇妙に思っていた。

 この辺りのはずだが…

 火村はいつでも魔族と戦えるように気を張りつめながら、周囲を見渡す。けれども、あるのは、そろそろ暗くなってきたのにパカパカ点滅するだけでちっともまともな明かりのつかない外灯、住宅、畑、古びたアパート。そんな風景ばかりだった。

 ガセなのか?いや、そんな馬鹿な。しかし……。

 首を捻っていると、たばこ屋の角から、誰かが歩いてきた。

「ちょっと、きみ」

 声をかけると、男はひゃっくりの混じった妙な声で

「にゃ……はい?」

 と、顔を上げた。眼鏡の、小柄な青年。しかもどうやらさっきまで泣いていた様子。

 津賀賢太郎だった。

「このあたりで最近、魔族……つまりまあ、悪魔的なものだが、そういう輩をみかけなかったか?」

 火村の問いに津賀は鼻をグシュグシュさせながら

「えー、悪魔兄弟なら普通に住んでますけど、何かあったですか?何でまたそんな、」

 と、逆に聞いてきた。火村が少し声を潜め

「あまり公にしないでくれ、俺は実は悪を倒す仕事をしている者だが……この辺りで敵が何か活動を起こしているんだ」

 そう言って帽子の唾を軽く上げてみせると津賀は

「えっ、えっ!?」

 と激しく驚いたあとひどくむせて

「……火村さん!?あの、豪楽園遊園地にきてた?」

 泣き腫らした目で火村を見つめた。

「ああ。そうだ。で、その。住んでるっていう魔族は何処に?」

 言いながら火村はポケットから赤く輝く玉を取り出す。それは一瞬煌めくと、大振りな剣に変形した。それを見て津賀は背中をゾクリと震わせる。

「わわ……あの、あの、たぶん今いないんじゃないかな、多分ですけど、あっ、ええと、」

 火村の手をひいて津賀はコーポ村石と反対方向に歩き出した。

「ちょっと、いますぐ場所思い出せないんであの、ちょっとお茶でも飲んでたら思い出すと思うですよ!行きましょう行きましょう!」

「ああ……まあ、いいけど」

 訝しがりながらも、火村は剣をしまって津賀についていった。とにかく、この男は何か知っていそうだ。火村はそう感じた。

 数分後、火村と津賀はファミリーレストラン・セイデリアの窓際の席に座っていた。

「あっ火村さん何飲みます?ここのドリンクバーいかしてるんすよ」

 浮ついた感じでから笑いする津賀はとても怪しかった。

「ドリンクバーは何でもいいが……お前、名前ぐらい名乗らないのか?」

 帽子に半分隠れた火村の鋭い視線。津賀は目をあわせていられなくなって向かいの席の、老夫婦の頭を眺めながら

「すんません、オレあの、いちおこの辺で、ライザーシャープって正義の味方やってて、津賀っていいます。……つってもたぶん、すぐクビなんだけど」

 と早口に言い、さっと立つと得体の知れない乳飲料を二つ抱えて戻ってきた。

「ま、飲んで飲んで」

 津賀が正義の味方をやっている、と聞いて火村は驚いた。

 こいつが?嘘ぉ?

 そう思った。なぜって、目の前の眼鏡の青年からは、全然、気合いとかそういうものが感じられないではないか。

「つまり、じゃあ、お前。ヒーローのくせに、魔族が近所に住んでるのを黙って見てるのか」

 ありえない、という表情でそう聞いた火村に

「だ……黙ってないですよう。ちゃんと、普通に、あの、」

 津賀はそう返して、再び目をそらす。

「普通に、何だ」

「……喋ってます」

「喋ってどうする!」

 火村が机を叩いたので津賀はビクッとなり、困り果てた様子でストローをすすった。

「お、怒んないでよ……」

「もういい、ドリンクバー飲んでる場合じゃない。連れていけ」

 火村は、まだ乳飲料を飲んでいる津賀の首根っこを掴んで立ち上がり、あっという間に会計を済ませると、暗くなった淋しい道路を早足で戻り始めた。

 分かれ道のところで火村は津賀を揺さぶって

「どっちだ?」

「う、右折です、そんであとは真っすぐ……」

 ストローをくわえたまま、縮こまっている津賀を引きずって、火村は走った。走りながら、火竜の玉を剣にする。同時に、一瞬、炎が火村の身体を包み、それは真紅の鎧に変化した。

 しかし、

 道の突き当たりにあったのは、和菓子の「みめ屋」だった。

 大福と書かれた旗を目にした瞬間、火村は微かに震え、

「……嘘を、ついたな?」

 炎を宿した目で振り返る。津賀は電柱の陰に隠れて、頭だけ覗かせながら小さな声を出した。

「ごごごめんなさい、だって、だって教えたらアンタ、グレイム兄弟に、なんか、酷い事するでしょ……」

「倒して、悪の手から闇竜の玉を取り返すだけだ」

「イイ人達なんだよぉ……穏便にすませてくれない?」

「馬鹿な。悪を滅ぼすのはヒーローの務めだ」

 津賀は小動物のような目で火村に懇願した。

「どうしても?」

「そうだ」

 冷静な返答。しばしの沈黙の後、電柱の陰から出て来た津賀は、

「だったらオレ、アンタを止めなきゃ……」

 ライザーシャープに変身した。

「正気か」

 火村は眉をひそめる。津賀はピラピラと手首をほぐしながら

「うう、だって、アンタがあんまりオニだから、しょうがないよ」

 マスクの下で口をとがらせた。火村は剣を握り直し、津賀を睨み据えて観察する。安っぽい素材、殺気の無さ。どう見ても格下の相手だ。火村とて、同じヒーローを斬るのは気が進まない。最後の警告を、発した。

「ヒーローが悪に味方するなんて間違っているとは思わないか?」

 津賀は、蚊のなくような声で。

「でもさ、でもさ……?アンタが悪だと思ってるモノの片隅には小さいけどきれいなモノや、暖かいモノが、結構落ちてるって、思うよ……オレ」

 二人は同時に、地面を蹴って飛んだ。


 暗い外灯が鮮やかに見えるほど、完全に陽は落ちていた。傾きかけたコーポ村石から出て来たのは、ネロとレヴ。ネロはこれから学校に行く所だった。

「中にいちゃん、やっぱりぼく、今日も休んで手伝うよ」

 ネロはそう言って心配そうに振り返ったが、靴をスリッパ履きにしたままのレヴは眠そうに、

「学校たのしいか」

 と、尋ねる。

「うん」

 ネロが頷くと

「じゃ行った方がいい」

 レヴはさりげなくネロの手をひいて歩き出した。

「いいことだ……おれは苦手だったからな、学校」

「そうなの?」

 ネロが見上げたその時、レヴは階段下を見つめて足を止めた。黒い人影が二つ。白根と瓜生だった。

「……なんか用」

 不機嫌そうに階段を降りてきたレヴに気がついた、全身スーツ姿の白根と黒マントの瓜生は

「あっ、」

 と息を漏らした。白根は慌てて紙袋を取り出し

「悪魔ぁ。悪かったよこないだは、これ……つまらないモンだけどよ、弟さんと食べてよ、ね?」

 と、ヘラヘラ笑ってレヴに手渡した。袋には「みめ屋」と書いてある。

「いらない。自分で買う」

 レヴは冷たくそれを押し返したが。

「いや知らなかったんだよ、君がライザーシャープの知り合いで、しかもその子が弟さんだなんて。俺もさ、ご近所どうしをけしかけるなんて、そこまで酷い事するつもりじゃなかったからさ……ね?」

 瓜生はそう言って慇懃にネロにも微笑んだ。

「とにかくさ、謝りたいわけなんだよ君には」

「なー、ホント、許してくれよ」

 瓜生と白根の奇妙なスマイルを不思議そうに交互に観察しているネロを、レヴはそっと自分の後ろに隠すようにして

「別に。許すとか許さないとかないんだけど。普通に、もうお前らとは関係ないよおれは」

 面倒そうに告げた。すると

「うん、勿論もう金輪際、君には迷惑かけないから。ただね……ただ、最後にどうしてもさ、それを回収さして欲しいのよ」

 瓜生が頭を下げた横から、白根も手を伸ばして、ポンとレヴの肩を叩いた。

「すぐ終わるから」

「……回収て、何を」

 瓜生は答えた。

「頭の、受信機」

 デストロイ・ブラック団は、と言うより、瓜生の第七支部は、レヴを操るのに使った受信機の開発に、莫大な費用を投じていた。壊れたからといっておいそれと捨て置くわけにはいかないのである。

 勿体ない。

 それがデストロイ・ブラック団の合言葉なのだった。

 しかし、手術で取り出す事になるわけだから、一度騙されているレヴとしては簡単にOKとは言えない。新たに妙なモノを埋め込まれる可能性だって無いとは言えないからだ。第一、

「めんどくさい」

 特にそれを理由にレヴは嫌がった。

「仕方ないこうなったら」

 瓜生はついに懐から、ビール券とおこめ券までも取り出した。


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