白兎事件編2(能力の使い方)
(夏椎)
自己紹介が終わったあと、クラスメイトと色んな話をした。
島の子ども達の間で流行っているゲーム。食べ物。それと、学校で働く先生のこと。
授業もとても新鮮だった。先生が前に立って教えてくれるスタイルも、決められた授業を全員で受けるシステムも面白い。
ここでは、時間割が決められていて、みんなが同じことを学ぶ。ディスカッションの多かったアメリカとは学び方が全然違っていた。
給食もあった。子どもはきちんと食べた方がいいからと高校生まで給食が出るそうだ。何となくそれを決めたのはあの人のような気がして、思わず笑みが零れる。
初日はつつがなく終わった。帰る頃にはもうみんな自分のことを「夏椎」と呼んでいて、それが全然嫌じゃなくて。
嫌じゃないからこそ、隠し事をしているようで少し心が傷んだ。
「別に言ってもいいんじゃねぇの?」
と、ことの経緯を真面目に相談したのに、この人はさらりととんでもない事を言う。
「ごめんね夏椎くん。こいつ思春期通ってないから」
憐れみを含んだ瞳で黛さんはぽんぽんと俺の頭を撫でる。とんでもない事を言った張本人、香流さんはむっと形の良い眉を寄せた。
「それは見た目の話であって、おれの中身は大人だ」
「あっあっ。可愛いからあんまり近付かないで」
黛さんはオロオロしながら俺の後ろにさっと隠れた。どうやら香流さんの見た目が苦手⋯⋯というか、可愛すぎて動機を起こしてしまうらしい。
バイトに行くという翔真と、掃除当番だと真生さんと公さんに連れて行かれた晃と分かれた俺は、警察庁の屋上にやって来ていた。正確には学校の門を出たら黛さんが迎えに来てくれた、が正しい。
警察庁の屋上は地区長に許可された者しか入ることが出来ないそうで、内緒話をするにはうってつけの場所だと黛さんが言っていた。
ここには、だだっ広いコンクリートが敷き詰められた空間に、白い円が引かれている。まるで学校のグラウンドのようだ。
「香流さんだって、翔真と晃にその姿のこと黙ってるじゃないですか」
香流さんは2つの姿を持っている。
黒髪の美人警官モードと、金髪の美少女モードと。
どちらも瞳に地球を宿した美しい顔立ちだけれど、背格好が全然違う。そのことを、翔真と晃には内緒にしていると言っていた。
俺もふたりに言いふらすつもりもないし、どちらの香流さんであっても俺にとっては暴走する中身から救い出してくれた恩人に違いはない。
ないけど、もう少し親身になって考えてくれたっていいじゃないか。
「おれ的にはこっちが仮の姿なんだから言う必要ないだろ」
「⋯⋯そう言えば何でまだ大人の方じゃないんですか?」
俺は素朴な疑問を口にした。嫌がってるわりには、昨日から香流さんが大人の姿をとっているところを見ていない。
「森谷にマナを根こそぎ持ってかれたんだよ」
「森谷⋯⋯って、香流さんの上司の?」
「そう。アイツ曲がりなりにも魔王だから、人の生命力とか精霊のマナとかを奪う能力があるんだって。そのせいであっちの姿を維持できねぇの」
香流さんは忌々しそうに吐き捨てた。
そうか、だからずっと子どものままの姿なのか。ちらりと見たけど、森谷って柚姫さんがパパって呼んでたあの黒髪と金目の人のことだよな。まさか魔王だったとは。
「だから、一緒に学校へ行けなくて悪かったな」
「いえ、石田先生も来てくれましたし⋯⋯。香流さんが呼んでくれたんですよね?」
「呼んではねぇけど、アイツいつもここに泊まってるからな」
石田先生、学校の先生なのに警察庁に住んでるんだ。
香流さんはあぐらをかいて、じっとおれの瞳を見つめてくる。丸くて大きな瞳は確かにずっと見られていると居心地が悪い。後ろの黛さんが小動物のように震え出している。
「話を戻すけど。お前の身体はお前が好きでそうなったわけじゃないんだから、隠す必要はないんじゃないかと思ったまでだよ。なんか⋯⋯大丈夫そうだしな、お前のクラスメイトの話を聞く限り」
「⋯⋯でもまだ初日ですよ」
「お前は友達に能力の話いつしたのよ?」
黛さんが俺の背後から助け舟を出してくれた。
「中川はそもそも知ってて、柳瀬は⋯⋯殴り合いの喧嘩してる時にはバレてて⋯⋯」
「びっくりするくらい参考にならないな、お前の話」
「その時のおれは能力を隠してなかったんだからしょうがねぇだろ。木戸にもなし崩し的に知られてたし」
木戸⋯⋯?
その名前を、俺は覚えている。俺はつい身を乗り出した。
「木戸。⋯⋯木戸、蓮さん?」
「そう、木戸蓮。⋯⋯って夏椎、知ってんのか!?」
香流さんは目を見開いた。大きな瞳が零れ落ちてしまいそうだ。
その可愛さに黛さんが倒れた気配がする。そんな黛さんを無視して、俺は口を開いた。
「はい。俺がおじいさんに叩かれたりしてもみんな無視してたんですけど、木戸さんは手当してくれたり、ご飯くれたり優しかった思い出があります」
「アイツ⋯⋯」
「父さん、アメリカに来る時に志賀組潰すから一緒に行くかって誘ったらしいんですけど、「運命の人を見つけたから行かない」って断られたらしいです」
「アイツほんと鬱陶しいな」
香流さんの顔が歪められた。すごく辛辣な言葉が、ふたりの仲の良さを裏付けるようだ。
「今、父さんと一緒にドイツにいるみたいですよ」
「は!?一緒に!?」
「俺が島に戻ったから久しぶりに会おうぜってなったって⋯⋯。父さんが言ってました」
俺はスマホを開いて香流さんに見せた。
そこには、ビールを片手にこちらを向いている筋肉質な美男子が映っている。長い赤毛を後ろでおだんごにして振り向く木戸さんの周りには、知らない女の人がたくさん映っていた。
「また女侍らせて⋯⋯」
「香流さん。木戸さんの運命の人ってまだ島にいるんでしょうか」
「知らね。おれそういう話は興味ねぇもん」
香流さんはバッサリと切り捨てるように言った。そうなんだ、ということはもう島にはいなくなったのかな。
「憐れ、木戸くん⋯⋯」
俺の背後で黛さんがボソボソと呟いた。
「まぁ木戸はどうでもいいとして。要するにお前のクラスメイトがお前の能力の事をよく思わないかもしれないから不安だって事だろ?」
香流さんが急に図星をついてきた。いきなり本質を突かれて俺は言葉に詰まる。
「確かに相反する力を持つ者は珍しいけど、いないわけじゃねぇ。天使と悪魔のハーフも存在してる。ただお前が異質なところは、器が人間って言うところだ」
香流さんは腰元のホルスターバッグから手のひらサイズの小さなナイフを取り出して、持ち手部分を俺に差し出してきた。
俺はナイフを受け取って、まじまじと刀身を見る。
銀色に光る、とても切れ味のよさそうな美しいナイフだった。
次に、じっと香流さんを見つめる。
「あの⋯⋯?」
「指、切ってみろ」
「え」
「まゆは一旦ここから離れとけ」
「はぁい」
香流さんに言われて、黛さんは軽やかな足取りで扉へと向かっていった。颯爽といなくなってしまう黛さんはこちらを振り返りもしない。
黛さんがいなくなったのを確認して、香流さんは「もういいぞ」と促した。俺は躊躇いながらも、指先をナイフで傷つける。
少しの痛みが奔る。それから、じわ、と玉のように血液が膨らんでいく。
「そこに神経を集中させてみろ。血液の流れを意識して、そうだな⋯⋯。上へ伸びるように」
香流さんは指先を上へ向けた。
俺は言われるがまま血液の流れに神経を集中させる。
心臓から末端。末端から肺へ。そして心臓へ。
そして、その血を上へ。
ぶわ、と。
身体が熱を持つ。目の前に赤い霧が立つ。
あの時とは違う。輪郭を持った赤い霧のかたまりが指先から伸びていた。
「多分、おれがお前の暴発に介入したことによっておれのマナがお前の不安定な中身を固める役目を担ってる。それを何か武器に作り替えれるか?」
「ぶ、武器?」
「剣とか、斧とか⋯⋯色々あんだろ」
そう言われてもすぐには思いつかない。
あわあわしていたら、ふ、と赤い霧が靄となって散ってしまった。
「集中が切れるとダメかぁ。実戦ではまだまだ使えそうにないな」
「いや、実戦って⋯⋯。俺何かと戦うんですか?」
「自衛は覚えた方がいいだろ。外側は人間なんだから、人喰いは勘違いして襲ってくるぞ」
「え」
「対人と対人外じゃ対応も対策も違う。人間相手に通用する事も人外相手じゃ通用しない。空飛んだり魔法使ったりしてくんだぞ。全方向から反撃出来るようにしておくべきだ」
この人はさらりととんでもない事を言う。これで二度目だ。
「香流さんはいつもめちゃくちゃ言う⋯⋯!」
「いや経験則だよ。仕方ねぇだろ、色んなやつらが住んでるんだから」
「そもそもなんで人を食べる種族を追放しないんですか?」
俺はジト目で香流さんを見る。香流さんはきょとんと目を丸くした。
「だって勝手に入ってくんだもん」
「勝手にって⋯⋯」
「魔族の中にはひとの悪意や悪い気に流れて作られるやつもいるんだって。友達が教えてくれた」
「そうなんだ⋯⋯」
そして、香流さん友達いるんだ。当たり前か、香流さんはいい人だもんな。
人を避け続けてきた理屈っぽい俺とは違う。なんだかモヤモヤしていると、香流さんはホルスターバッグから絆創膏を取り出して俺の指に貼ってくれた。ペンギン柄でちょっと和む。
「翔真と晃も言ってたけど、この島は半分地球から抜けてるから、現世からしたら半分黄泉の国みたいなもんなんだ」
「黄泉の国、って⋯⋯天国みたいな場所ですよね?」
「そう。細かく言うとあの世とこの世の境目、三途の川みたいな扱いになんのかな。だからここで異界の人喰いに喰われたら地球の輪廻に入れない。⋯⋯輪廻に入れないってことは生まれ変われないってことだ。それを防ぐために、森谷がこれは俺のってマーキングしてるんだよ」
「森谷⋯⋯魔王、ですよね」
香流さんは黙って頷く。すごいな、魔王まで内包しているのか、この島は。
なんだってそんなことに⋯⋯と思いながらも、何となく聞きづらくて俺も黙り込む。香流さんの表情が険しく見えたからだ。
「ここで暮らしてる人間は、ほとんどが現世で生きることを拒んだ奴らだ。でもまだ生きたいって言ってんのに異界人に喰われて魂まで殺されることもないだろ」
「森谷さんにマーキングされた方たちはどうなるんですか?」
「みんなが森谷のマーキングのことを『迷い子のシルシ』って呼んでるんだけど、それを持ってると魔族に襲われない代わりに現世では死亡扱いになる。もう二度とこの島から出られない」
俺は息を飲んだ。なるほど、そういう仕組みか。だからここは半分黄泉の国だと言っていたんだ。
「現世で喰われてもちゃんと輪廻に入れるんだけどなー。ほら、お前も見た冥界の生き物。アレに喰われた奴らは冥界に直通だったらしいぞ」
「⋯⋯あんまり思い出したくないですけどね」
お腹に口のある3本足の変な生き物が脳裏に浮かんで、俺はぶんぶんと首を振った。
「アイツら現世でいい行いしてなかったから、今頃冥界でこき使われてるってよ。罪を償ったらまた戻って来られるんじゃねぇの?」
「戻ってきてもいいものですかね⋯」
「前世の罪は今世で償うって話もあるしな。まぁその辺はおれの管理外だよ。ゼウスとハデスが上手くやんだろ」
「ゼウスと⋯⋯ハデス?」
「ハデスは冥界の神様。ベタベタしてくるゼウスより断然マシだよ」
香流さんは肩を落とした。色々大変なんだな、この人も。警察以外の仕事もたくさんありそうだ。
「ま、そんなこんなで現世の人間が島に迷い込んだら警察庁に連絡が入るようになってるんだよ。帰りたいか帰りたくないかを確認して、帰りたくないって言えば森谷がマーキングする。いずれ輪廻に入るための最低限の救済措置ってやつだ」
「帰りたいって言う人もいるんですか?」
「それがいねぇんだよなぁ」
香流さんは腕を組んで心底不思議そうな顔をしている。
「この島に住んでる奴らに現世に帰りたいか聞いても、仕事が楽しいとか、ずっとここに住んでいたいとか、木戸が言ってるみたいに運命の人を見つけたとか言って人外と結婚する奴もいる。何だかんだでだーれも帰りたがらないんだよなぁ」
「それは⋯⋯」
俺は苦笑した。分かる。すごくその気持ちは分かる。この島は人喰い云々はともかくとしてとても居心地がいい。
クラスメイトもいい人ばかりだった。先生も厳しくも温かさがあった。
みんな生を楽しんでいる。その表現が正しいような。
「きっと、香流さんがいるからですよ」
「いや、おれは何もしてないけど⋯⋯」
あなたが、生を、命を、丸ごと肯定してくれるから。
死にたがっていた人も、苦しみを抱えていた人も、ここならやり直せるんじゃないかと思うんじゃないかな。
少なくとも、俺はそうだったから。
嬉しかったから。俺は俺でいいと言ってくれて。
自分の幸せが相手の幸せに繋がると思ってもいいと、そう教えてくれた人だから。
「俺ももうこの島から出ません」
「じゃあ頑張って自分の能力の使い方を覚えろよ。そしたらクラスメイトに話せるようになるんじゃねぇの?」
香流さんがいたずらっ子のように笑った。黛さんがいたら卒倒しそうな微笑みだった。
「⋯⋯がんばります」
俺は頷いた。
確かに、自分の能力を制御出来て、どんなものか説明出来るようになれば話せるようになるかもしれない。
曖昧だから話せないんだ。自分自身が何なのか、よく分かっていないから。
自分を知るためにも、強くならなければ。あらゆる意味で自分自身の生を生きていけない。
「そのナイフはやるよ。異界のドワーフの王様がくれたものだからいい品だぞ」
「いいんですか?」
「俺の部屋にまだ20本近くあるから構わねぇよ」
何故⋯⋯。
どういう経緯でそんなものを手に入れることになったのか。人たらしなのか、この人は。
「⋯⋯なんだよその顔は」
「いいや、何でもないです」
「そうか。じゃ、翔真と晃が帰ってくんまで特訓すんぞ」
「え、また!?」
「当たり前だろ。いつでもおれが駆けつけれるわけじゃねぇんだぞ」
この人、スパルタだ⋯⋯!
父さんとの特訓の日々を思い出す。父さんも容赦がなかった。
悪の組織に単身突っ込まされたことも、アマゾンで置いてけぼりにされたこともあるけど、自分の中の何かをコントロールするなんて体得したことがない。
「ほら、さっさと指切れよ。万が一暴走したら止めてやるから」
にべもなく言い放つ香流さんは、断固として譲るつもりはないようで。
結局、1時間近く赤い霧の制御と戦った俺は、フルマラソンを終えた後のような疲労感に苛まれるのだった。




