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地球の果ての島の物語  作者: 亜滝紅羽
志賀夏椎編
17/27

志賀夏椎編13(10年前の邂逅)

(夏椎)


 2度目のショッピングモールへ行って、相変わらずジロジロ見られながらも翔真と晃の警戒のお陰で概ね必要なものは揃えられた。

 歯ブラシ、タオル、着替え、後は晩ご飯の材料。

 2人に何か食べたいものはないか尋ねると、何故か2人してカレーがいいと言うのでカレーに決定した。

 買い物中も、移動中も、2人はずっとご機嫌だった。

 

「おれと晃って小学校からずーっとクラス一緒なんだよね」

 

 翔真が上機嫌で尻尾を揺らしている。

 勝手におやつを入れられたので、俺はそっと売り場へ戻した。人のお金なので余計な買い物はさせない確固たる意志を持つ俺とは違って、翔真はぷーっと頬を膨らませる。よっぽど甘やかされて育てられたことが垣間見えた。

 

「他のクラスメイトってどんな人がいるの?」


 話を変えようと2人に尋ねると、晃の方が即答した。

 

「知らん」

「いや、知らんってことはないだろ⋯⋯」

 

 心底呆れてしまう。一体どれくらい学校へ行ってないんだ、この2人。

 

「色んな子がいるよ。桜の精霊とか、雪女とか、天使とか悪魔もいるよ」

「人間は?」

「うちのクラスには妖怪と人間のハーフしかいないなぁ〜。あ、高校には何人かいるらしいよ」

「そうなんだ」


 アメリカのスーパーとは違って、このスーパーは通路が少し狭い。通り過ぎる人達の容貌がよく見えて、確かに、人間のお客さんのような人達もちらほら見かけた。

 川崎先生も普通の人間と言っていたし、案外普通の人間もちらほらいるのかもしれない。

 父さんは陽気な人だけど、川崎先生はどちらかと言えばおっとりしたタイプの人だった。あの2人がどんな学生生活を送っていたのか少し気になる。

 

「病院ってどこにあるのかな」

 

 ふと、気になって俺は呟いた。すぐに翔真が反応してくれる。

 

「警察庁の裏にあるよ!」

「そうなんだ」

「ちゃんと消防署もあるよ。水の精霊さんや魔法使いが働いてるよ!」

 

 確かに、適材適所だ。

 俺は必要な食材を入れながら話を聞いていた。翔真はカゴの中の玉ねぎをこっそりと売り場へ戻す。

 

「玉ねぎ嫌なの?」

「犬は玉ねぎダメなんだよ」

「へぇ⋯⋯」

 

 だからオムライスの時も、玉ねぎを抜いて欲しいと言っていたのか。単なる好き嫌いかと思っていた。

 そういう事なら別の野菜を入れよう。さつまいもやピーマンをカゴに入れると、今度は晃がこっそりピーマンを元に戻した。

 

「⋯⋯晃?」

「ピーマンが無くても美味しいカレーは出来る」

「嫌いなの?」

 

 晃はこくりと頷いた。素直に暴露したけれど、好き嫌いは看過出来ない。俺はにこりと笑みを浮かべた。

 

「いいよ。その代わり、今度美味しく食べれるように料理してあげるから」

 

 晃は言葉に詰まったようにじっと見つめてくるけれど、俺がそれ以上何も言わないので少ししてから小さく頷いた。



 

 翔真に手を引かれて警察庁へ戻って来ると、翔真は正面玄関ではなく、右側の壁に備え付けられていたキーボックスを開けた。

 慣れた動作で番号を入力した後、ピ、と電子音がしてゆっくりと壁が左右に開いていく。オートロック機能も付いているとは、ますます警察庁と呼んでいいのか分からない。

 中には、こじんまりとしたロビーがあった。

 カウンターの向こうには誰もいない。ロビーの左側にはエレベーター、右側には来客用ソファが2つとテーブルが備えられていた。

 壁には花も飾られている。綺麗に保たれているロビーは、誰かが管理していることが伺えた。

 翔真が軽い足取りでエレベーターへ向かう。エレベーターには21階までの数字が書かれていた。これだけの階数に人や人外が住んでいるとなると、結構な数になりそうだ。

 

「15階より上は警察官が住んでるよ。俺たち学生は10階から15階が多いかな。下の階はご老人が多いよ」

 

 翔真が丁寧に解説してくれた。いつもながら、きちんと説明してくれるのはありがたい。

 12階に着くと、右側は行き止まりだった。右手から1、2、3、4、5⋯⋯1205号室。翔真の家だ。

 

「晃の家は1206号室だよ」

「お隣さんなんだね」

「そうそう。1204号室も同じクラスの女の子が住んでるよ」

 

 話しながら、翔真は家の鍵を開けた。

 ガチャ、と音がして扉が開かれる。翔真が壁の電気を付けると、部屋が明るく照らされた。

 廊下の向こうに部屋が見える。廊下の左側には2口コンロの小さなキッチンと、右側にはもうひとつ扉があった。

 

「右の方がトイレとー、お風呂と洗面所。部屋はロフトベッドがついてるけど、3人じゃちょっと狭いかなぁ」

 

 一緒に寝るんだ⋯⋯。


「ま、おれが犬になればいっか!」

 

 そして瞬く間に解決された。

 

「ロフトの下には机もついてるよ!あんまり使わないけど!」

 

 威張ることじゃない。それでも、きちんと教科書が並んでいるのは意外だった。

 部屋も、同じように整頓されていた。床にゴミひとつ落ちていない。

 

「綺麗な部屋だね」

「勉強しようとすると掃除しちゃうんだよねぇ」

 

 あはは、と翔真は笑いながら尻尾をぶんぶん振っている。嬉しそうなその様子に、ついポメラニアンの翔真を思い出して和んでしまう。

 

「キッチン狭いからテーブルで食材切ろっか」

「⋯⋯聞くの忘れてたけど、鍋とかあるの?」

「あるよ!料理の仕方マスターに教えてもらったもん!」

 

 翔真はキッチンの下から鍋とまな板、包丁を取り出した。よく見るとキッチンの上側に食器棚も備えられている。

 

「晃は自炊するの?」

「しない」

「晃の部屋には行ったことないけど、絶対おれの方がきちんとしてると思う」

「間違いないな」

 

 うんうんと晃は頷いた。それでいいのか晃。

 

「そもそも一人の時は何も食わん」

「なっ⋯⋯!」


 そんな雑な食生活なのに、1日3食キッチリ食べている俺の方が小さいなんて。

 納得いかない。黙り込む俺の様子を見てか、翔真がフォローを入れるように話に割り込んできた。

 

「柚ぽんとか、警察官の人達がいつもなんかしら差し入れくれるもんね」

「あいつら俺に食わせようとするからな」

「面倒くさがって食べないの分かってるからじゃない?」

 

 この島の警察官は面倒見の良い人が多いのかな。俺は柚木さんを思い出して何となくそう思った。

 でもあの人がキッチンに立つ姿を想像出来ない。どちらかと言えば、料理をする姿は川崎先生の方が向いている気がする。

 

「さ、カレーつくろ!」

 

 腕まくりをして大張り切りの翔真と、やる気なくパチパチと拍手をするだけの晃。

 俺も翔真に習って腕まくりをした。

 


「まずはニンジンを切ります!」

「翔真、包丁1つしかないの?」

「うん。キッチンバサミならあるよ?」

「じゃあソーセージ切っとく」

 

 晃はのんびり眺めている。


 

「炒めてるから具材入れてってー」

「晃、それくらいなら出来るんじゃない?」

「分かった」ザー

「全部一気に入れないで!」


 

「煮込んでる間ゲームしよ」

「何があるの?」

「乱闘しちゃう?」

「分かった、アイテムなしね」

「えっ」

 


「いや夏椎強すぎない!?」

「対人初めてしたけど楽しいね」

「ねぇ、その指の動きどうなってんの?」


 

「お腹すいたぁー」

「もう出来るよ。⋯⋯お米炊いてる?」

「あっ!忘れてた!」


 ピー


「やっとお米炊けた!もうこんな時間じゃん!」

「米なしカレーでも良かったけどな」

「それはカレーライスとは言えない」

「⋯⋯ははっ」

 

 俺は思わず笑ってしまった。

 友達とゲームをするのも、一緒にご飯を作るのも、しょうもない軽口を叩きあうのも。

 全部初めての事だった。全部が本当に初めてで、楽しくて、嬉しくて言葉に表すのが難しい。

 

「早く食べよ。川崎先生来ちゃう」

「本当だ」

 

 言いながらも、口から勝手に零れる笑いが止まらない。

 それにつられて翔真も笑った。

 

「もう、やめてよ笑うの」

「ごめん」

 

 座卓にカレーライスが3つ並ぶ。

 この日食べたカレーライスは、父さんと初めて一緒に作ったカレーとは違う味がしたけど、とても美味しかった。


 

 食べて、翔真も晃もおかわりして、余った分はタッパーに入れて冷蔵庫へ直した。

 2人ともよく食べる。だから背が⋯⋯と考えて、でも食べられないものは仕方ないと開き直った。苦しい思いをしてまで無理に食事を摂りたくない。

 洗い物をしている時に、玄関の扉を叩く音がした。

 翔真がパタパタと駆けていく。「はぁーい」と言いながら、確認もせずに扉を開けてしまった。

 

「翔真、確認した?」

「匂いで分かるもん」

 

 流石は犬。俺にはさっぱり分からない理論だ。


「何回言ってもすぐ開けるんだから」

「ねぇ、川崎先生!それ何?」

「あぁ、差し入れだよ」

 

 呆れる川崎先生は、手に紙袋を持っている。部屋中に香ばしいデミグラスソースの匂いが漂ってきた。

 

「ハンバーグだぁ!食べる!」

「えっ、まだ食べるの?」

「別腹別腹〜」

 

 翔真はいそいそと紙袋とフォークを3人分持ってテーブルに戻って行った。晃もテーブルでスタンバイしている。

 

「さっきカレー食べたばっかりなのに⋯⋯」

「無理に食べなくていいよ。カレー作ったの?」

「はい。おかわりもしてたんですけど、2人ともよく食べるなぁ⋯⋯」

 

 洗い物を終えて俺もテーブルへ戻ると、カレーライスの時と同じようにハンバーグが3つ分セッティングされていた。

 仕方なく2人の間に座って、どうしようか悩む。全部は無理かもしれないけど、せっかくもらったのだから口をつけないのは申し訳ない。

 意を決して口を開く。口に入れた瞬間広がるデミグラスソースの甘さと、ふわりと溶けていくハンバーグの食感が合わさって口の中に幸福に広がっていく。

 

「美味しい⋯⋯!川崎先生、料理すごく上手ですね!」

「いや、そんなことないよ」

「俺、こんなにふわふわに作れないです⋯⋯」

 

 あまりの美味しさに俺は感動していた。翔真と晃は無言で食べ続けている。

 

「ゆっくり食べてね。夏椎くん、スマホ貸してもらってもいいかな?」

 

 川崎先生は柔らかく微笑んだ。俺はズボンのポケットからスマホを取り出して、川崎先生へ差し出した。

 

「はい。表示しているのが父さんの電話番号です」

「もう向こうに着いたかな?」

「1時間くらい前に空港に着いて、さっきホテルに着いたと連絡がありました」

 

 俺からスマホを受け取ると、川崎先生は表示された電話番号の通話ボタンを押した。

 2コールもたたないうちに、スマホ越しに「夏椎!」と父さんの声が聞こえる。

 

「お久しぶりです、志賀先輩」

「ふぇ」

 

 父さんが間抜けな声を出す。電話越しの父さんは俺でなかったことに少ししょんぼりした様子だけど、川崎先生は気にせず会話を続ける。

 

「中学の時にお世話になった、川崎賢吾です」

「川崎⋯⋯川崎、おぉ!剣道部の川崎!」

「良かった、覚えてたんですね」

「川崎は俺が育てたからな!」


 弾んだ父さんの声が聴こえてくる。本当に知り合いだったことに驚いて、そして、俺がここで暮らしていたという確証を得た。

 翔真と晃の言っていた『志賀夏椎』が、俺であったことに内心ほっとする。

 

「あれ、どうして川崎が?」

 

 父さんの声のトーンが下がった。

 その瞬間、川崎先生は聞き慣れない言語を話し始める。

 

『帰って来ましたよ、息子さん』

 

 これは一体何語だろうか。

 俺はハンバーグを食べていた手をピタリと止めた。川崎先生はそれに気付かないふりをして、流暢に不思議な言語を話し続ける。

 

『こちらは10年前とは違って、至って平和な島です。まぁごく稀に死人は出ますが』

『志賀組は?』

 

 電話越しの父さんの声が、川崎先生に合わせて知らない言葉を話している。こんな言語、俺は父さんから一度も聞いたことがなかった。

 

『当然、残党も残っていませんよ。志賀先輩が叩き潰したんでしょう。⋯⋯まぁ、それに近しいゴロツキは出入りしてますがね』

『えー、大丈夫なのか?』

『今のところ、人間に被害はありません。柚木達警察官が頑張ってくれていますよ』

『柚木⋯⋯えぇと、夏椎から聞いた⋯。夏椎がお世話になったんだって?今はその子はいないのか?』

『力使い果たして寝てますよ。―――高次の存在が出てきたみたいでね』

 

 父さんの声が止まった。

 

『⋯⋯夏椎は無事なんだな』

 

 その言葉を聞いて、川崎先生は穏やかな表情を隠した。

 一体何の話をしているのか、少しだけひりついた空気に俺達は口を挟めず顔を見合せる。

 

『あの子に傷がついたら、どうなりますか?』

『んんー。こけて怪我した時も、階段から落ちた時も何ともなかったから基本は見守ってくれてるんじゃないかぁ?』

『志賀先輩はご存じなんですね』

『アメリカに渡る時に手伝ってもらったからなぁ』

 

 あはは、と父さんが笑っているけれど、川崎先生はぴくりとも表情を動かさない。

 そのまま、ひとつ小さな息をついた。

 

『地球に手を出さないように伝えておいて下さい』

『それはそうだな。俺も夏椎も地球に住んでるからな!』


 父さんが何かを喋ると、川崎先生は肩の力が抜けたように綺麗に整った眉を下げていく。

 

『それで、夏椎は島に帰りたいって言ってるのか?』

『その辺は親子でどうぞ。こちらとしては受け入れる所存ですよ。保護者不在の子どもも多いので、許可さえもらえれば学校もすぐに行けると思います』

『俺も久しぶりに帰ろうかなぁ〜』

 

 父さんは何だかんだで嬉しそうだ。2人の表情のギャップがすごいけど、父さんは迷惑をかけていないだろうか。

 優しくて陽気だけど、破天荒なところは否めない。俺が心配していると、スマホから耳を話した川崎先生が柔らかな微笑みを浮かべて俺にスマホを返してくれる。

 

「それでは、夏椎くんに代わりますね」

 

 川崎先生の声が日本語に戻った。

 俺はスマホ受け取ると、恐る恐る耳に当てた。すぐに、いつもの優しい父さんの声が聞こえてくる。


「夏椎!学校サボったなんてやるなぁ!」

「そこ褒めるところじゃないでしょ」


 いつも通りの父さんに安心して、心の底から安堵が込み上げてくる。

 良かった、父さんがいつも通りで。

 良かった、父さんに悲しい思いさせなくて。

 たったひとりの家族なんだから、父さんをガッカリさせるような真似はしたくない。父さんに迷惑だけはかけたくない。


「ねぇ、おれも話していい?」

「うん。父さん、俺に幼なじみがいたんだよ」

「⋯⋯そうかそうか!ハロー!」


 それから、父さんがビデオ通話に切り替えて、翔真と晃が自己紹介をした。

 父さんが昔のことを何も話さないから、俺も、父さんに何かを聞くことは躊躇われた。

 当たり障りのない会話だけが続くことに、どこか安心感を覚えながら。

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