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地球の果ての島の物語  作者: 亜滝紅羽
志賀夏椎編
16/29

志賀夏椎編12

(夏椎)


「ゲートはいつでも使っていいからね」

 

 そう言ったマスターさんは、5番と書かれたロッカーの鍵を俺に渡してくれた。

 無事にこの島と家のゲートが繋がったのが何とも言えず嬉しくて、意識せず表情が緩む。

 

「ありがとうございます、マスターさん」

 

 お礼を述べる俺に、マスターさんは目を見開いた。そして、ふふっと微笑を零す。

 

「エリックでいいよ。それとも椎ちゃんもここでアルバイトしてくれる?」

「え、いいの!?夏椎もバイトしようよ!お揃いの制服着よ!」

「もう少しここでの生活に慣れたらね」

 

 まだ学校も始まっていないのにアルバイトは決められない。俺が言うと、翔真は「ちぇー」と言いながら唇を尖らせた。

 

「エリックさん、何から何まで本当にありがとうございます。俺、返せるもの何もないんですけど⋯⋯」

「ふふ、いいんだよ。僕をここに住まわせてくれてる恩返しを地球の方にしてるだけだからね」

「エリックさんはその⋯⋯別の世界の人、なんですよね?」

 

 俺は恐る恐る尋ねた。好奇心の織り交ざった俺の質問にも、エリックさんはきちんと俺の目を見て答えてくれる。

 

「うん。ここからしばらく離れた、違う次元の銀河から逃げてきたんだ。ここへ来たのは偶然だったんだけど、この星の管理人さんが帰るところがないならここで暮らせばいいって言ってくれて」

「管理人?」

 

 俺だけじゃなくて、翔真も首を傾げた。

 

「地球は異星人や異界人からの侵略が多いから、それを守護するための管理人がいるんだって。僕はカフェでのんびりスローライフをしたかったから、その言葉を甘んじて受け入れたんだよ。代わりに、困ってる地球人のお手伝いをしているんだ」

「異星人や異界人⋯⋯」

「この島はどことも繋がっていて、どことも繋がっていない。それを繋げるのは僕の役割だと思ってるよ」

 

 もちろん管理人さんの許可が得られたものだけね、とエリックさんは付け加えた。

 

「じゃあ、俺もその管理人さんの許可があるんですか?」

「椎ちゃんは5年前から許可が下りていたよ。2人からの情報だけだったからなかなか見つからなかったんだけどね。多分、この前お客さんが持ってきたDVDの映像と椎ちゃんのテレビが偶然リンクしたのかな?」

「⋯⋯なるほど」

 

 つまり、翔真がさっき言っていた『ブラック・メン』を見たという話と、俺が今朝見ようとしていた『ブラック・メン』の波長が重なって、俺の情報がエリックさんに届いたと言うことか。

 偶然が偶然を呼んで、ここに繋がったんだ。

 結果論だけど、あのままアメリカにいたところであの人身売買組織に連れ去らわれていたことは間違いない。きっと同じように逃げ出せただろうけど、俺だってあの化け物に食べられていたのかもしれない。

 そう思うとゾッとした。


「君たちは今から翔ちゃんのお家かな?」

「うん!マスター、明日はお店開けようね!おれの制服姿、夏椎に見てもらいたいから!」

「いいよ。でも、学校には行くんだよ?」

 

 ピシッと翔真が固まった。しばらくたってから、しゅんと犬耳が垂れる。

 

「⋯⋯夏椎いないのに?」

「椎ちゃんはまだ転校の手続きが出来てないんだから、いなくて当然でしょ?」

「えーやだぁー。夏椎いないのに学校なんて行きたくない」

「俺も行かない」

「学生の本分は勉学と遊びだよ。今日休んだんだから明日は行きなさい」

 

 エリックさんはニコリと微笑んだ。有無を言わさない迫力があるその笑顔に、翔真も晃も黙り込んだ。

 

「行ってきなよ。俺は明日警察の人と用事があるから」

「えっ、そうなの?初耳なんだけど」

「羽の生えた⋯柊?って言う人と、誰だっけ⋯⋯誰かに会う約束をしたんだ」

「えー、大丈夫なの?夏椎ひとりで行くの?」

「どうなんだろう⋯⋯?」

 

 思い返せば約束が曖昧過ぎる。柚木さんは会いに行く相手を知っているようだし、付いてきて欲しいと頼んでいいものなのかな。

 困ったら相談してもいいって言ってたしな⋯。

 知らない人と知らない人に会いに行くくらいなら、出来れば知った顔の人に付いてきて欲しい。それに、柚木さんならこれまでの経緯で信頼出来る。

 

「柚木さんに付いて来てもらえるかどうか聞いてみるから、2人はちゃんと学校行きなよ。俺も手続きが終わったらこっちの学校に通うから」

「おれもついて行きたい」

「聞いてはみるけど、ダメって言われたら諦めなよ」

 

 それが俺に出来る最大の譲歩だった。翔真はしばらく耳を下げて、しばらくすると小さく「分かった」と返事をした。

 

「晃もだよ」

「⋯⋯⋯」

 

 返事がない。じっと見ているとふいっと顔を逸らされてしまった。

 

「ダメなものはダメ。俺だってこんな状況じゃなかったら学校行ってたよ」

「⋯⋯離れたくない」

「あ、影に隠れて来るのもダメだからな。そんなことしたらすぐにアメリカに帰る」

「それは絶対嫌だ」

 

 晃が顔を上げた。縋るような瞳で見つめられても、俺にどうこうできる問題ではないことは確かだ。

 

「その代わりに今日はずっと一緒にいるから」

 

 言いながら、ふと、俺は先程晃と交わした約束を思い出した。

 

「約束、ひとつだけ聞いてやるって言ったけど学校休みたいって言うのはナシだよ」

「⋯⋯先に言うのはずるいぞ」

「学生の本分は勉強だよ。仕方ないだろ」

 

 俺は肩を竦めた。エリックさんから学校へ行くように言われている以上、勝手に学校を休んでいいと言うことはできない。

 

「⋯⋯じゃあ、言うこと聞いて」

 

 晃は真剣な顔で俺を見下ろした。

 俺は首を傾げる。晃は少しだけ間を置いて、ボソボソとか細い声で願いを口にした。

 

「一緒に風呂に入りたい」

「じゃあおれも一緒にはいる!」


 横から翔真が割り込んできた。尻尾をぶんぶん振って、俺と晃の手を握りしめる。


「狭いからおれ犬になってもいいよ!その代わりドライヤーしっかりしてね!」

「逃げ回るなよ」

「だって晃が顔に風かけてくるんだもん!」


 わぁわぁと言い合いを始めるふたりを見つめる俺の脳裏に、突然、小さな子どもが2人で風呂に入っている映像が思い返された。

 傍らに毛むくじゃらの子犬もいる。子どもは2人、1人が1人を洗ってあげている。洗われている方はお世辞にも清潔とは言いがたくて、髪もベタベタしていた。柔らかそうな太った身体が特徴的で、長い髪が泡立たなくて4回もシャンプーした。

 風呂に、入ったことがないと言っていた。

 だから入れてあげようと思って。父さんが仕事中にこっそり入れてあげた。湯船に浸かりたいとキャンキャン吠える子犬を湯船に浸けると、原型を留めないほど小さくなってしまって、慌てて2人でドライヤーしたことも覚えている。

 

 憶えて、いた。

 ―――思い出した。

 

「⋯⋯本当に、いたんだ」

 

 俺は、ここに住んでいた。

 それ以外は思い出せない。でも、その映像はクリアに思い出せる。楽しかった記憶。泡まみれになって、笑って、後で父さんにひとりで風呂に入るのはダメだとこっぴどく叱られた記憶。

 ひとりじゃなかったんだけどな、と内心イタズラ心で笑って。

 それから何度かこっそりと一緒にお風呂に入った。水鉄砲や泡風呂や、父さんも途中から諦めて色んな玩具を用意してくれたのも覚えている。

 あの時は、晃も笑ってくれて。

 いつも暗い顔をして俯いていた晃が、笑ってくれるのがとても嬉しかったんだ。

 

「⋯⋯いいよ」

 

 俺は晃の頭に手を置いた。あの時は晃の方が俺より小さかった。今は随分成長を越されてしまったけど、弟みたいに可愛がっていた時のようにくしゃくしゃと髪をかき混ぜる。

 

「また頭洗ってあげるよ、晃」

 

 俺が言うと、翔真と晃が顔を見合わせる。

 そんなふたりの様子を見て、俺はつい笑ってしまった。

 

「ちょっとだけ思い出せたみたい」

 

 それから。

 この島に帰って来た時みたいに、2人に突撃されてまた床に倒れ込んで。

 ちょっと背中が痛かった。

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